タイカンと複雑な話
雨が降り続く時期が終わりを迎え、陽射しが大地を成長させる。木々の葉は、強く暖かい太陽の光を浴びようと精一杯背伸びをする。大地の草木達も、我先にと陽射しを求める。蓄えた水分を成長に変える季節がやってきた。
怒涛のような朝の時間が嘘のように、城下町には平和な時間が流れている。次の花火を待っていた人々も、日常へ戻っていった。
「いつもの部屋」では、ヴリトラが部屋に戻りお気に入りの紅茶を楽しんでいる。
『ヒミコとやら、キミが淹れる紅茶はこの世界の宝物だね。この豊潤な香りを作りだすなんて、キミの図々しさからは、想像もできないよ。』
城内ではヴリトラだけが、日常を取り戻していた。
『ヴリトラ、今はそれより聞きたい事が、いっぱいあるんだよ。』
ミカノは、呆れた表情でヴリトラを見ていた。
城門の前の石畳には、二つに分かれたバエルの死骸が横になっている。門番は、降ってきたバエルに驚き、心臓が止まりそうになったという。
門番からの報告を受け、文官や兵士たちがバエルを囲んで騒いでいる。サモンやベンテン、ベンテンの上司も騒ぎに駆け付けていた。
「いつもの部屋」
『ミカノ、とりあえず私は下に行きサモンさん達に事情を話してくる。ヴリトラと部屋にいてくれ。』
『うん。分かったよ。』
『そうですか。ではヒミコとやら、紅茶をもう一杯貰えるかな?』
『ちっ!』
ヒミコは舌打ちしながらも、紅茶を注いでいる。
『はいっ!どうぞ!!自分で淹れたらいいじゃないっ!』
『いやぁ。キミが淹れる紅茶が、宝物なんだよ。それが大切なんだ。マスターも、そう思いませんか?』
『そ、そうだね。ヒミコさんの紅茶は、格別だよ。』
『もう。坊っちゃんまで。』
ほのぼのとした部屋と、騒然とした城門では同じ敷地とは思えない温度差があった。
階下に走り、サモンの元へ駆け寄った。
『サモンさん!』
『タイカン殿、、、これを』
サモンが指し示すのは、二つに分かれたバエルだった。
『はい。知っております。先程、ヴリトラが討ち取りました。』
『ヴリトラが!?、、、魔族が魔族を、、、』
『はい、、、親方様の目の前で、、』
『なっ!親方様はご無事ですか?』
『はい。私達は部屋の中から見ていただけでしたので。』
『そうでしたか。それは良かった。』
『何や、またタイカン殿がらみですか?』
ベンテンが顔をだす。
『ベンテンさん。私がらみとは、、、そうですが、、、』
『ほんま、タイカン殿が来てから、飽きる事がありませんな。ブーンちゃんの次は、魔族。その次は、死んだ魔族やなんて。』
『はあ、、、そうですね、、、』
『ほんで、これは何ですの?』
『魔族としか、、、』
『そやなくて、何があったんですか?』
サモンとベンテンに、部屋で見た事を話した。
サモンが重い口を開いた。
『、、、フクジュ様の仇を、魔族が討ったと、、、』
『複雑な話しやな、、、これは親方様次第か、、、』
『サモンさん、砦で何があったんですか?』
『タイカン殿は、聞いて無かったのですか?』
『ええ、朝方に親方様が怒鳴り込んで来られたと思ったら、こういう状況でして。親方様も、断片的なお話しかされませんでしたので。』
サモンは、砦から担ぎ込まれた兵士から聞いた報告を話した。砦の櫓が撃ち落とされ、幾人もの兵士が生命を奪われた事や、この国最強であり英雄のフクジュが、惨たらしい最期を迎えた話しまで全てを伝えた。
『フクジュ様は、この地に精霊学を広めた功労者でもあります。慕う者も多く。私もその一人です。』
『そうでしたか、、、そんな凄惨な事が、、、そうであれば、ヴリトラを疑うのも無理ありませんね。』
『私も昨晩その報告を聞いた時は、そう思っておりました。親方様の指示を仰ぎ、ヴリトラを問い詰めようとしていた矢先の騒ぎでしたので。』
サモンとの会話にベンテンが加わった。
『しかしヴリトラも、情け容赦ない奴やなぁ。なんぼミカノくんを馬鹿にしたからいうて、同じ魔族を一刀両断にするとは。』
『ヴリトラにとって、ミカノはそういう存在のようです。』
『タイカン殿だけなくて、ミカノくんまで大概やとは。ほんまに、どえらい人達や。』
『大概、、、。』
『さっきも言うたけど、やっぱり親方様次第ですわ。フクジュ様が魔族に殺されたんは事実やし、その魔族を旧友や言うてる魔族がここに居るっていうのは、納得できん奴おりますでしょうから。』
サモンも口を開いた。
『ベンテンの言う通りかもしれません。私とて、話を聞き理解はしたものの、何処か解せない部分がありますから。』
『親方様次第ですか、、、。』
『ちょっと宜しいかな。』
声を掛けてきたのは、ベンテンの上司だった。宴席で顔を拝見した程度で、話をした事がなかった。
『タイカン殿、うちのベンテンがお世話になってます。』
会釈をし挨拶を交わした。
『作戦本部部長のナガラです。』
『こちらこそ、ベンテンさんにはお世話になりっぱなしで。それで、ナガラさんどうされましたか。』
『私も、親方様にお伝えしたいお話しがあります。タイカン殿も行かれるのでしたら、ご一緒にお願いします。』
『一緒にですか?私は構わないのですが、親方様はどうなのでしょうか。』
『親方様には、その時にお赦しを乞います。』
『それでしたら、大丈夫ですよ。一緒に参りましょう。』
ベンテンの上司である作戦本部部長ナガラは、陸海部隊の配置や人選などから、城下町の商店の配置まで多岐にわたり、親方様に助言をしている。角の値段についても、助言していた。ナガラの助言なくして、あの高額な取引は成立していなかったと言っても過言ではない。
私は、ミカノとヴリトラ、そしてナガラを連れて親方様の部屋に向かった。
親方様次第という、ベンテンの言葉。
親方様はどのような決断をするのだろうか。




