タイカンとヴリトラとバエル
城の上空で爆発が起きた。衝撃音と振動が周囲に響いた。
城下町の人々は、花火でも上がったのかと騒いでいる。城では、何事かと右往左往する兵士たちがいた。
昨日二番砦に魔族が現れ、この国最強と言われた英雄が無惨にも殺された。その翌朝に聞こえた爆発音は、魔族の襲来を想像するのに、充分だった。
新たに魔族が現れたのか、それともミカノが連れてきた魔族の仕業か。城の中は、その回答を得ようと右往左往していた。
「いつもの部屋」から見える二人の魔族。
『ヴリトラぁー。説明せぇやぁ。どうなっとんねや、、』
『おはよう、バエル。折角の晴れ間なのに、どうしたんだい?そんなに汚れてしまって。』
ヴリトラの話を聞かない態度はいつも通りだったが、今のバエルはそれを受け流す余裕は無かった。
『やかましいわ!説明せぇって言うてんねん!』
『やれやれ、旧友が野蛮というのは恥ずかしい事だ。マスターの心象が悪化したら、キミのせいだよ。』
『だから、そのマスター言うのは、何の冗談やと言うてんねん!早よ説明せぇ!ヴリトラ!!』
やり取りは、「いつもの部屋」にも届いている。
親方様は、黙って状況を整理しようとしていた。先程までの取り乱した姿は、そこに無かった。
『タイカン、、、あれは見た事のある魔族か?』
『いえ、、しかし長い腕というのは、、、』
『馭者に化けていた奴か、、、』
ひゅう〜。ひゅう〜。
『そうだ、バエル。』
『何やっ!』
『教えてくれるかな?』
『何でやねん!何で質問してくんねん!アホぉ!』
ヴリトラは、耳を塞ぐ仕草をする。
『大声出さないで、くれるかな。気持ちの良い朝が台無しじゃないか。はぁ〜、、、』
『あぁ〜苛々するわぁ~、、、何やねん!答えたるから言えやっ!その代わり、俺の質問にも答えろ!ボケェ!』
ゆらりゆらり
ヴリトラは、親方様が怒り狂った理由は、バエルだと気が付いた。
『キミ、昨日何したの?』
『あぁ?何やねん!』
『キミ、昨日何したの?聞こえてるかな?』
『聞こえとるわアホっ!お前を探しとったんじゃ!』
『それだけかい?』
『見たら分かるやろ!それだけちゃうわ!何で探すだけで、こんな事になんねん!』
バエルは、自身の指や背中に刺さる氷の針を見せて怒っている。
「いつもの部屋」からも、その傷は見えた。
『あの氷は、、、』
『親方様、何か分かったんですか。』
親方様は、フクジュが繰り出す力を思い出していた。
氷の矢を破裂させ、無数の針を飛ばす。その針は、軍勢の勢いを止め、数を減らす。
『あの氷は、フクジュの物だ。フクジュの精霊の力。』
『では、あいつが、、、』
ひゅう〜。ひゅう〜。
『やっぱりそうか。キミかぁ。』
『あぁ〜、その話し方何とかせぇや!何やねん!俺は、答えたんやから、次はお前が答えろや!!』
『キミがした事なのに、私が疑われてしまったんだよ。』
『答えろや!』
『ちょっと待ってて、バエル。』
ゆらりゆらり
「いつもの部屋」の前に浮かぶヴリトラ。
『親方様とやら。どうやら旧友が、しでかした事のようだ。キミを誂ってしまった事、謝罪するよ。』
『、、、』
親方様は、事実は理解したが何も答えられなかった。
『困ったね。どうしようか。私はマスターの側にいたいだけ。でも、旧友のせいでそれが危うくなってしまった、、、困りましたねぇ、、、あっ。』
ゆらりゆらり
ヴリトラは、再びバエルの前に浮かぶ。
『おいっ!何を話してたんや!何やねん!』
『バエル。キミのせいで、私はマスターの側に居られなくなるかもしれなかったんだ。』
『だから、マスターって何やねんって、ずっと言うてんねん!!』
ヴリトラは「いつもの部屋」の親方様を見る。
『謝罪の言葉より、こちらの方が分かりやすいですか?』
『、、、』
『無言は承諾と受け取りましょう。親方様とやら、少し待ってて下さいね。』
『おい!ヴリトラ!何や、親方様とかマスターとか。お前どないしたんや。』
『バエル、私は出会ったんだ。この世界で、唯一私が愛慕の心を向ける方に。』
『あ、あいぼ?何やそれ』
『深く深く愛し、慕う方だよ。』
『なんやそれ。そんな奴どこにおんねん!ここにおるのは、汚らしい虫ばっかりやないか!』
『バエル、、、マスターを愚弄する事は、、、』
『何や、、、』
『万死に値する。』
ヴリトラは言い終わると同時に、腕を黒く澱んだ光で纏い、バエルを手刀で一刀両断にした。
バエルは何が起きたのか、分かっていなかった。
ヴリトラをやっとの思いで探し出せば、訳の分からない事を言っている。挙げ句の果てに、一刀両断。
しかし、バエルはこの出来事に声を上げる事が出来ない。
真っ二つに別れたバエルは、何も聞けないまま絶命した。
ゆらりゆらり
ヴリトラの目の前で、半分に別れたバエルが落ちていく。
『はぁ。どうしようもない旧友だったよ。残念。』
「いつもの部屋」
私は目の前で繰り広げられた事態に戸惑っていた。親方様の考えを知りたかった。
『親方様、、、』
『タイカン、後であの者を連れて部屋に来い。』
『親方様、、、』
『話しはそこで、、、今は整理させてくれ。』
怒涛のように様々な事が起きた朝。
城下町では、次の花火はまだかまだかと騒いでいる。
城内では、状況を掴めない兵士たちが右往左往。
私達の目の前で、ヴリトラが魔族を一刀両断にした。
皆、混乱していた。
雨の季節は終わりを告げたのか、強い陽射しが城を照らしていた。