タイカンと魔族たちの事
二番砦、魔族、惨劇、フクジュの死。親方様は伝えられた情報を冷静に分析するなど出来なかった。情報を単語としてしか処理できずにいた。
二番砦、魔族、、、親方様は自身の刀を取ると周囲の制止する声を無視し、怒りの形相でタイカン達がいる部屋へと乗り込んだ。
バンっ!朝の紅茶を楽しんでいた私達の前に現れたのは、鞘から抜いた刀を手に、憎悪の感情を隠す事なく全面に打ち出した親方様だった。
私は、堪らずに声を掛けた。
『ど、どうたんですか!親方様!』
『煩いっ!そこをどけ!叩き切ってくれる』
親方様の目線は、一直線にミカノの斜め後ろを見ていた。
そこには、銀髪の蒼い魔族ヴリトラが立っている。
『あははは。昨日の今日で、約束を反故にするとは。人族は、なんて野蛮な種族なんだい。』
『ヴリトラ、やめて。』
ミカノがヴリトラを止める。
親方様の刀の柄を握る手に力がこもる。
『貴様、貴様のせいで、、、』
そう言うと、私達の動揺を無視して切り掛かった。
私は、咄嗟に【深淵】の剣で親方様の刃を受けた。
乾いた金属音が狭い部屋に響く。
『親方様、、、待って下さい、、。』
『タイカンどけえ、、、』
『親方様、、話しを、、』
『煩いっ!お前達も、魔族の仲間に成り下がったか!』
怒りに任せた刀は、力強く押し込んでくる。
『な、、、何故、そのような事を、、、』
私達を見ていたヴリトラが笑った。
『はははは。やはり、約束など守るつもりも無かったようだね。こんな早朝に討ち入りなんて、何て野蛮なんだ。』
『やめろって!ヴリトラ、黙ってて!!』
笑うヴリトラに、親方様は怒り狂う。
『貴様ぁ!!貴様が砦を無茶苦茶に!フクジュを、フクジュを、、、』
私は、刀を受け流し身体ごと親方様を抱えて止めた。
『親方様!何があったんですか!!ご説明下さい!』
私達の前にミカノが立った。
『親方様、ヴリトラが何かしたのなら、ぼくのせいです。でも、ヴリトラは昨日からずっとぼくの側にいるんだ。だから、何があったのか教えてほしい。』
親方様は、ミカノの話しを聞いても尚、力を緩める事は無かった。
『砦が、、、フクジュが、、、殺されたのだ!!そいつに!そこの化け物になっ!!』
親方様は依然として、ヴリトラを睨む。
ヴリトラは、飄々と答えた。
『物騒な話しをするもんだね。私が、誰を殺したって?フク?ん?何て言ったんだい。もう一度いいかな?』
ミカノが割って入る。
『ヴリトラ!いい加減にして!外に出てて!』
ヴリトラは、跪き服従する。
『申し訳ございません。マスター。』
ヴリトラは、窓からゆらりゆらりと外に出る。
親方様が部屋に来る前の話し。
ひゅう〜ひゅう〜
背中に氷の針を刺した長い腕の魔族が、ヴリトラを探す為に飛んでいた。
『あ〜腹が立つ、、、あの爺、、、』
裂傷を負った指は、まだ痛々しい姿のまま。
纏う衣服も、穴が開き所々破れている。
『ヴ、、ヴ、、ヴリトラァーー!どこにおんのじゃーー!』
バエルが叫んだのは、親方様が切り掛かり、タイカンが【深淵】の剣で刀を止めている時だった。
バエルは、二番砦でフクジュを殺した後、傷を癒そうと【ジェベルエン山】に戻ろうとした。しかし、人族にこのような怪我を負わされたと知られれば、性格の悪い【神徒】に何を言われるか分からないと、鉱山に隠れ休息を取っていた。そしてヴリトラが言っていた、興味深い特別な子がいるかも知れないという理由から、陽が登り始めると人族が多く住む城下町の上空を飛んでいたのだった。
バエルの予想は、見事に的中する。
特別な子も、ヴリトラもそこにいる。
但し、バエルは知らない。ヴリトラが特別な子をマスターと呼び、敬愛し服従している事を。
バエルが城下町の上空で叫んだ声は、城下町を往来する人々にも届いた。
『なんだ?』『な〜に?大きな声』『おいおい、まだ朝も早いのに誰だよ。煩いなぁ』『うっせぇぞぉ〜』
城下町の人々は、空に魔族がいるなんて思いもしない。
ひゅう〜。ひゅう〜。
『ほんま、、、あのアホどこにおんねん、、、念話に出ろっちゅうんじゃ、、、』
バエルの目には、うじゃうじゃと集まる城下町の人々と、凛々しく立つ城の姿だった。
苛立つバエルは、合掌し黒く澱んだ塊を作る。
『ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、なっと』
城下町の人々に身体を向ける。
『う〜ん、、、やっぱ、こっちやな。』
身体を翻すと城に向けて塊を放った。
櫓を撃ち落とした快感が忘れられないのだろう。
鬱憤を晴らすには、櫓よりも大きく凛々しい姿で立つ城は、丁度良かった。
ミカノに怒られてしまい、少し哀しげな表情のヴリトラは、部屋の窓からゆらりゆらりと外に出た。
その時ヴリトラの目に映ったのは、何度も見てきた馴染みの塊だった。
『あれ?なんだ、こちらへ来ていたのかい。バエル。』
塊がマスターのいる城へ向かって飛んでいる。
『バエル、それはダメだよ。』
ヴリトラは、黒い塊を掌で弾いた。
バチンっと弾かれた塊は、角度を変えて城の上空へ上がり爆発した。
大きな衝撃音と振動が、城の中や城下町に響く。
「いつもの部屋」にもそれらは届いていた。
親方様を抱えて止めている時に響く、衝撃音と振動。
親方様は、驚き戸惑った。
『な、、何があった!やはり、あの魔族が何かしたのではないのか!!』
ヴリトラが外に出た途端の出来事。そう思われるのは、必定だった。
私達は、真偽を確かめようと窓の外を見た。
そこには、浮遊するヴリトラと、もう一人の魔族が向かい合っていた。
ミカノが外に向かって叫んだ。
『ヴリトラ!』
『マスター、お怪我はありませんか?』
『えっ?う、うん。大丈夫だよ。』
『それは良かった。旧友が失礼をしました。』
『ヴリトラ、あれはヴリトラの仲間なの?』
『残念ながら、そういう時もありましたね。』
バエルは苛立っていた。
放った塊を弾かれた事、ヴリトラが特別な子をマスターと呼び親しくしている事。目の前で起きている全てに、苛立っていた。
『ヴリトラぁー。何してんねん、、何かの冗談か?何かの遊びか?説明してくれやぁ、、、』
怒りを噛み殺すように、絞り出して話をしている。
ゆらりゆらり
上空に浮遊する二人の魔族。
飄々としたヴリトラと、苛立ちを隠せないバエル。
親方様や私達の目の前で、何かが起きようとしていた。