タイカンとミカノとヴリトラ
空から見た光景は、不思議に思えただろう。
雨を降らせていた雲の隙間から見えるのは、落ちる雨ではなく、登る蒸気。上空から見えたその一点は、赤い蒸気に包まれている。
ゆらりゆらり
『丁度いいよ。運命を感じてしまうじゃないか。』
ヴリトラはゆっくりと、赤い蒸気に近づいていく。
ぼうぼう。ぼうぼう。
『ほら、昨日よりも凄いんだ!って一人だけど。』
ぼうぼうぼうぼう
『ムーデさんは、炎を飛ばしたりしてたなぁ。飛ばしたいけど、それは怒られちゃうよねぇ。』
ぼうぼうぼうぼう
『不思議だなぁ。ぼくは、全く熱くないのに地面は焦げちゃうし、ムーデさんも熱い熱いって大慌てだったなぁ。』
ぼうぼうぼうぼう
ぼうぼうぼうぼう
『やぁ。お元気だったかい?』
ぼうぼうぼうぼう
『うん。この通り元気だよ、、、?』
ぼうぼうぼうぼう
『そうかい、それは何よりだね。』
一人しかいない筈の広場で、誰かが話し掛けた。ミカノは声のする方へ振り返りながら話した。
『誰?お城の人?、、、!!!』
炎の揺らめきの先に立っていたのは、砦に訪れた人ならざる者だった。
『お、お前は!』
ぼうぼうぼうぼう
『覚えていてくれたんだね。光栄だよ。特別な子。』
『お前!何しにきたんだっ!また、変な玉を投げるつもりだな!』
『変な玉とは失敬だね。キミに会いに来たんだよ。興味深く、特別な子。』
『ぼ、ぼくに?何だ!何の用だ!ここには、タイだって、ムーデさんにサモンさん達もいるんだぞ!』
ぼうぼうぼうぼう
『ふふふ。私が興味深く注視しているのは、キミだけさ。他の矮小な者など、そこらの虫と同じさ。』
『、、、ちょっと意味が分からないけど、何か馬鹿にしてるんだろう!!)
『ふふふはははっ。キミは本当に面白い。私に出会っても下がらずに、ずっと話しをしているなんて。』
確かにミカノは、慄く事もなくその場に留まっている。
最初に砦で見た時は、タイカンが対峙した様子を眺める事しか出来なかったのに。
ぼうぼうぼうぼう
『結局、お前はなんなんだよ!』
『私は、【神徒】ヴリトラ。キミ達を葬る者だね。ふふ。』
『ほおむる?ぶり?ちょっと、もうちょっと大きい声で喋ってよ!聞こえにくいのにっ!』
『あははははっ。私がどう見えているのか、教えて欲しいぐらいだ。私は、キミ達を殺しに来たんだよ。』
ぼうぼうぼうぼう
『今のは、ちゃんと聞こえたよ。殺しに来たって言ったんだね。』
ぼうぼう、、ぼうっぼうっ
ミカノは、大きく広げた炎の膜を最小限にした。炎は身体を這うようにミカノに巻き付いている。
『ほう。そんな風にもなるんだね。興味深い。実に興味深いよ。特別な子。』
『特別な子ってやめてくれない?ミカノだよ。ぼくの名前は、ミカノ。わかる?』
『ははは。分かるよ。ミカノというのかい。』
ぼうっぼうっ
『ミカノ。もし、私があの時の玉を今出したらどうするんだい?教えてくれるかい?』
『そんなの、だめに決まってるじゃないか!ぼくが、そんな事させないっ!』
ぼうっぼうっ
ミカノは、構えた。朱の刀を持参せずに来ていた為、素手での戦いになるが、そのような事を気にする素振りも無かった。
『そうかい。それは楽しみだよ、、、』
ヴリトラは、掌をミカノに向けた。ゆっくりと玉が出来ていく、、、。
『!!だからぁ〜だめだってっ、、』
ミカノは、大地を蹴りヴリトラへ突進した。目にも止まらぬというのは、この速さを指し示すかもしれない。
『言ったでしょっ!』
炎を纏ったミカノの右手が、ヴリトラの顔面を捉えた。
ダンっ!!
ヴリトラは、ミカノの速さに付いて行けなかったのか、驚きの表情と共に弾かれ、広場を囲む木々に背中を打ち付けた。ミカノが踏み込んだ地面は、タイカンの時と同じように抉られていたが、その内側は黒く焦げて煙が上がっていた。
『、、、、?!』
(何だ?私は、殴られたのか?)
口から溢れる血を拭い、頬に残る痛みを感じていた。
『ぶりなんとか!ぼくの話し聞いてないの?馬鹿なの?』
『くくくく。馬鹿とな、、、私が?』
『そうだよ!サクが言ってた!馬鹿は話し聞かないし、勝手なんだよ、馬鹿だから!』
ヴリトラは、銀髪をかき上げると黒い眼を見開いた。
『ミカノ、、、私を殴るとは、身の程を、、』
ダダンっ!!
『!!』
ミカノはヴリトラの話しを聞かず、再び突進し拳を腹にめり込ませた。先程とは違い、ヴリトラと木の間に弾け飛ぶ空間はなく、身体ごと木の幹にめり込んだ。
『ぐはぁっ!!』
ヴリトラは、腹に穴でも開いたのではと思う程の衝撃を受けた。やはり、ミカノの動きは目で追えなかった。
(ど、どういう事だ、、、。)
ダン!ダダン!!
ミカノは、兎に角殴る蹴るを繰り返した。
『はっ!よっ!ふっ!どうだっ!』
その度に、ヴリトラの身体が木や地面に当たり弾ける。
『ちょっ、、ちょっと、、待てっ!』
ヴリトラは、やっと声に出せた。
ぼうっぼうっ
『なに?どうしたの?』
『は、話しを聞かないのは、キミの方じゃないか!』
『ん?なんで?何の話し?』
『はぁはぁ。くそもういい、馬鹿はキミだよ。』
整っていた銀髪もくしゃくしゃになり、蒼い顔も身体も焦げたような痣と砂埃で汚れていた。
ゴンっ!
『馬鹿って言ったらだめなんだよ!』
ミカノは、銀髪の頭部目掛けて炎に纏われた踵を勢いよく落とした。
『がはあっ、、、』
ヴリトラは、辛うじて意識を繋いでいるものの、初めての体験が心を蝕んでいた。特別な子によって、敗北という経験を刻まれてしまった。
跪くヴリトラに、雨粒は容赦なく降り注いだ。