タイカンと成長
半円の光に包まれた二番砦は、柵の新設や補修を終えていた。【ラクヨ】にある国境付近、三番砦まで押し返す事が出来れば、より良いのだろう。暴徒と化した者達もあの日以来、大人しい。
『マダイさん、補給が来ました。確認お願いします。』
砦内に立つ櫓の中で、マダイは任された砦の運営を取り仕切っていた。
前任のムーデが片腕を失ってまで守り抜いた砦の運営には、想像以上に重圧がのしかかる。
『マダイさん?』
『ん?ああ、すまない。柵の件だったか?』
『いえ、補給が届きましたので確認をと』
『そうだったか。分かった、今行く。』
『はい。宜しくお願いします。』
椅子から立ち上がる身体が重い。
『大丈夫ですか?少しお休みになられては。』
『いや、これぐらいの事。ムーデに比べれば大した事ではない。』
マダイもまた責任感の強い者だった。砦で起きた人ならざる者の事件から今日まで粉骨砕身で取り仕切っていた。
半円の光も日に日に薄くなっている。とはいえ、こんなにも持続する事がもはや奇跡だった。
マダイは、補給の確認をしつつ空を見上げる。
『ミカノ殿の光が無ければ、ここまで順調に進まなかったかもしれない。改めて御礼を伝えたいな。』
『ーー。以上で補給物資の確認は終わりです。』
『ああ、ありがとう。いつも通り倉庫に運んでおいてくれ。雨に打たれて冷えただろう。それが終わったらお茶でも飲んで少し休むといい。』
この国には、責任感だけではなく仲間を思いやる者が多くいる。それは個の強さだけではなく、集団としての強さを発揮する。国家間の問題だけではなく、魔族との争いが起きたとしても、重要な強さとなるだろう。
ゆらりゆらりと雲の上を飛ぶ。
『雲の下は雨か、、、濡れてしまうのは、気分が悪い。』
ゆらりゆらり
『でも、会いたいな。この間は、タイカンにしか会えなかったしな、、、。どうしようかな、、、。』
雲の上を飛びながら【ラクヨ】の街を越え、三番砦、二番砦、一番砦と順に進んでいく。
ゆらりゆらり
ヴリトラは気の赴くまま飛んでいる。
稽古場では、今日も朝から三人は励んでいる。
昨日より、今日という感じでそれぞれの課題が改善していく。自分の何歩も先を歩く者と過ごす濃密な時間は、成長する速度を上げる。短時間の間に、挫折と達成感を繰り返し急速に成長している。
稽古場で、私はミカノと談笑しながら一休みをしていた。
『やった!やりました!!出ました!!』
ムーデが叫んだので、振り返りその姿を見た。
ミカノは満面の笑顔で、ムーデに駆け寄る。
『ムーデさん!』
ミカノが駆け寄ったムーデの身体の一部が炎を纏っていた。失った筈の左腕の部分を炎が形造っている。
『すごいよ!本物の腕みたいだ!』
『ああ!剣に替わる依代をずっと考えていたんだ!』
ムーデは、剣に替わる物を考え抜いた。ただし、それは物や武器ではない。身体の中で造らないとならない。ミカノの炎を纏う姿、炎の伸縮、依代、維持、色々と考えながら失った左腕を見て閃いた。
ここに腕があるとすれば、、、そう思った途端に炎が吹き出し形造ったという。身体の内側ばかりに気を取られていたが、発想を変えた事が功を奏した。この方法ならば、剣の時のように垂れ流してはいない。常に体内で循環している。丹田で力を練り、左腕で循環する。勿論、永遠に継続できる訳ではないが飛躍的な進歩を遂げた。
私はそんなムーデを見て、口をついた。
『怪我の巧妙か。執念か。この国は凄い人が多いな。』
喜ぶミカノと、達成感で満足気なムーデ。
(追いつかなければ。私も強くなりたい。)
『ムーデさん、手合わせをお願いできますか!』
『は、はいっ!勿論!是非!』
新たな力を試したいムーデと、強くなりたい私は手合わせを繰り返した。汗を拭う時間も惜しい、喉を潤す時間も惜しい、全ての時間をここに集約したかった程に集中していた。二人がぶつかる度に、稽古場が揺れていた。
ミカノは、そんな二人を見て嬉しい気持ちと羨ましい気持ちが交差し複雑な表情を浮かべていた。
『ずーーるーーーいーーーー!!!』
突然ミカノが叫んだので、手合わせをしていた私達は止まり、ミカノを見た。
『ど、どうしたんですか?ミカノ殿?』
『そうだぞ、急に大声なんて出して。驚いたじゃないか。』
ミカノは頬を一杯に膨らませていた。
『ぼくも交ぜて欲しいっ!』
ミカノの気持ちも分かるが、成長を感じている私達はもう少しこの手合わせを続けたかった。
『すまん、ミカノ。でも、もう少し続けさせてくれないか。何か掴めそうなんだ。ムーデさんはどうだい?』
『はい。私からもお願いできますか。』
ミカノは私達の回答に、再び大きく頬を膨らませた。
『もういいっ!今日は、ぼく一人で稽古する!』
そう言い残し、稽古場を出た。
『だ、大丈夫でしょうか?』
『まあ大丈夫でしょう。ミカノの力は、完成しているように思いますし。それに、今のあの子と手合わせすると此処まで築き上げた自信を根こそぎ刈られそうで、、、』
『ですね、、、凄まじいですよね、、、』
『ええ。この間の魔族が可愛く見えるかもしれません。』
『、、、それ程ですか?』
『ははは。少し冗談ですが、ほとんど本気です、、、。』
『あははは、、、凄まじい。』
私達は苦笑いを浮かべた後、手合わせを再開した。
ミカノに負けてられないという思いは、二人の共通の思いになっていた。稽古場はより激しく揺れている。
降りしきる雨を気にもせずに、ミカノはあの広場に立っている。
『もう!二人で楽しんじゃって!いいもん、どうせあそこだと全力で戦えないしっ!』
目を閉じ、数秒で目を見開く。
辺りは再び水蒸気で覆われた。昨日よりも厚く濃く覆っている炎は、高さも木々の背丈も超えていた。
私達と共にいる事で、ミカノも成長を遂げていた。
ゆらりゆらり
浮遊するヴリトラの眼下に、雨が消え霧のような水蒸気が見える。
『あら?雨にも当たらず、あの子もいる。丁度いいね。』
ヴリトラは気の赴くままに飛んでいく。