タイカンと幕間の時
星空がよく見える月明かりの中、砂漠を越え、山道を通り、【カヤマ】を抜ける。
私がブーンの背に揺られ寝ている最中に、里や【カヤマ】ですれ違う人々は、ブーンに驚き尻もちをついていたという。その度、ベンテンが『友達や』『友達や』と声を掛けて回っていたらしい。いい人だ。
関所に着く前に目が覚めた。先程よりも、身体が軽く感じた。ブーンの瘤には、しっかりと私の涎が付いていた。
(ごめん。)ごしごし。ごしごし。
『あっ、起きましたぁ?よう寝てましたね。もう着きますから、着いたらご飯にしましょか。お腹空いたでしょ?』
『ベンテンさん。はい。ありがとうございます。』
ざっざっざっ。
ベンテンさんと私とブーン。関所にいる文官と兵士は、遠目に見えた月明かりに照らされる私達の影に驚いている。
『あかん。またや。』
『ベンテンさん?』
『あー。ブーンちゃん。ちょっと待っててな。』
ベンテンは、私達の元を離れ走って関所へ向かった。
何やら文官と兵士に話しをし終えると、振り返り手招きをした。
『おーい。もうええでぇ。ブーンちゃーん、おいでぇ。』
ブーンは、ベンテンの呼びかけに応じて歩きだした。
『ブーン、ベンテンさんとも、仲良くなったんだな。偉いぞっ。偉い偉い。』
首元を撫でてやった。
『ブフフーンっ』つぶらな瞳をぱちぱちしている。
会釈しながら関所を通った。
ブーンをまじまじと見る文官と兵士は、通り過ぎる私達を見送ると、ごにょごにょと話しをしていた。
『さて、ブーンちゃん。どこに泊まりましょかね?』
『ブフン』
『馬小屋っちゅうのは、、』
『ブフンっ!』
『そやな、そらアカンな。』
ベンテンは、ブーンが首を振らなくても会話が成立する程に、分かり合っていた。本当に感心する。
『ベンテンさんは、本当に凄い人だ。何か特別な力があるのでは?』
『え?やめてくださいよ。そんなもんありません。何となくで生きてきたら、何となくここに辿り着いただけですわ。ほんまあるとしたら、運ですかね。ははは。』
『そうですか?でも、強運は羨ましい。』
『タイカン殿も、大概ですよ。【砂の王】と友達になるって、歴史上で初ちゃいますか?』
『すなのおう?』
『何や、知らんと一緒におったんですか!?ブーンちゃんの事ですよ。そやから何処行っても、皆腰抜かしますねん。今や、幻の魔物でっせ。』
『ブフンっ!』
『あっ、、すまん。幻のブーンちゃん、、やな。すまん。』
『ブフンっ』
『へぇ。ブーンが【砂の王】とは、、、確かに強運だ。』
『ブーンちゃん、俺の家に来るか?広くはないけど、ブーンちゃんの寝る所ぐらいあるで。』
『ブーン、そうさせて貰いなさい。城には、ブーンの事をちゃんと紹介してから行こう。』
(ちゃいますよ!あんたも一緒やで!!)
『ブフンっ!』首を横に振った。
『あのぉ〜、タイカン殿も一緒に来てくれると、嬉しいんですが。俺もブーンちゃんも。』
『いいんですか?』
『ええ、そりゃもう。ミカノくんなら、ヒミコにお願いしてるんですよ。ほら、勝負は3日間やったから。』
『そうでしたね、、もう遅いですし、、それでは、ご厚意に甘えさせて貰います。』
『ほな、そういう事で。行こか、ブーンちゃん。』
(危なぁ〜。ちゃんと言わんと、この人には通じへんねやぁ。危なぁ〜。ブーンちゃんと二人って、、、怖ぁ〜)
『本当に、ベンテンさんは良い人だ。』
『何です?何か言いました?』
『いえ、何でもないですよ。行きましょう。』
その夜は、ブーンと共にベンテンさんの家に泊まらせて貰った。一人暮らしとはいえ、作戦本部に務める身。街の人よりも、大きな邸宅を充てがわれていた。
遅めの夕食は、ベンテンが閉店間際の露店から余り物を買ってきてくれた。ブーンは、お腹は空いていないようで水を飲んで寝ている。
(一宿一飯の恩は、きちんと返さねば。)
そう誓い、私も三度眠りについた。
『痛ぁーーー』
ベンテンの叫び声が、朝の幕を開けた。
『ブ、ブーンちゃん!痛いっ!痛いて!!』
『ブフフフ、、、ブフフフ、、、』
『どうしたんです、、か?』
ブーンが、ベンテンさんの頭をしがんでいた。つぶらな瞳は閉じられているので、寝ているのだろう。可愛い、、、。
『まつ毛が長いな、、、』
『ちゃーーーーう!まつ毛どうでもええわぁーー!』
『あ、、、ごめんなさい。つい。ブーン!ブーン!起きなさい!離しなさいっ!』
『ブ、ブフン??』辺りをきょろきょろ見回している。
『夢でも見ていたのか?ははは。しょうがない奴だ。』
『いったぁー。笑い事やないでぇ。』
しがまれたベンテンの頭は、ぐしょぐしょになっていた。
『何やこれぇ。粘っこい、、臭いっ、、最悪やぁ。』
ぐうぅ〜。ぐうぅ〜。ぐうぅ〜。
目覚めたブーンは、腹の虫を豪快に鳴らしていた。
少し恥ずかしそうにしているのが、可愛い。
『夢に見る程やったんやな。せやけど、何食べるんや?ちょっと露店に行って、見繕ってきますわ。』
そう言うと、玄関の扉を開けた。
『何やこれぇーーー!!』
またしてもベンテンの声が、部屋に響いた。私も慌てて見に行った。
玄関を開けると、そこには棘の生えた砂漠の木が大量に置いてあった。
『な、何やこれ?悪戯?えっ?』
『あっ、砂漠で見ましたね。これ。』
部屋からブーンが隆々の身体を揺らし、物凄い勢いで走ってきた。その勢いのまま、ベンテンを轢いた。
どーん!
『いたーーーー!!』
『だ、大丈夫ですか!?』
『な、な、何すんねん!ブーン!!』
轢かれたベンテンが起き上がりブーンを見ると、むしゃむしゃと砂漠の木を毟り食べていた。
『ブフフーンっ』つぶらな瞳がらんらんとしている。
『ブーン、それが好きなのか?』
『何で家の前に、ブーンちゃんのご飯があんねん?』
転んだベンテンの手元に手紙があった。
「砂の王様へ 私達の元へ権現して下さりありがとうございます。供物をお持ちしましたので、是非ご笑納下さい。【砂の王倶楽部】会長ヒミコ」
『って、ヒミコかーーいっ!!!』
ブーンの好物と、【砂の王倶楽部】の会長が判明した朝。今日も晴れ間が続いていた。この時期に晴れ間が続くのは、本当に珍しい事だという。幻のブーンの恩寵なのか。