タイカンとブーン
砂漠の夜は真冬のような寒さ。乾燥した大地と吹き続ける風は、日中の陽の暖かさを溜め置く事ができず、気温を下げる。何の準備もせず夜に砂漠に入る者は、自死を望むものか、大馬鹿者のどちらかだ。
吹き抜ける風に砂が運ばれてくる。人一人を隠すなど造作もない事なのかもしれない。私は遠のく意識の中、アグモや、水辺に残した皆の安否が気になっていた。それに、ブーンという新たな友も出来たばかり。ミカノとサクヤにも見せてやりたかった。
『ーーー殿!ーーーーカン殿!』
(夢か天国か。とても暖かい。毛布で包まれているようで、心地いい。)
『おーーーいっ!タイカン殿ぉーーー!』
(あれ?サモンさんの声がする。夢かな、、、今日も大きな身体と鋭い眼光で、エビスを怒っているのかなぁ。)
『タイカン殿ーー!!』
ぽと、、ぽと、、顔に水が当たる感触がある。
(夢じゃないのか?)
重い瞼をゆっくりと開けた。綺麗な星空の下、サモンが私を呼んでいる。
『タイカン殿!お目覚めですか?』
よく見ると、サモンに加えて、ベンテンやイクマキ、兵士達がぞろぞろと窪みの上にいる。
『うーん。寝てしまっていたのか、、、痛たたた、、、』
『タイカン殿ぉーー!そちらの方に、我等の説明を頼みますーーー!』
(何故、遠くから叫んでいるんだろうか。こちらへ来てくれれば、良いのに。)
『お願いします!我等、少々嫌われておりますーー。』
振り返ると、私を包む暖かな毛布の正体が分かった。筋骨隆々、つぶらな瞳のブーンだった。
『やあブーン。君だったか。とても心地が良い。』
『ブッブフーーーン』つぶらな瞳一杯に貯めた涙が、次から次へ私の頬に当たる。大粒の雨が、降っているようだった。
『心配かけてしまったんだな。すまない。また、助けられたようだ。ブーン、ありがとうな。』
力の入らない腕を上げると、ブーンは頭を下げて差し出した。ゆっくりと撫でた。大粒の涙が、止まらない。
『タイカン殿っ!ゆっくりしてるとこすまんけど、早く誤解を解いてくれへんかなぁっ!』
『ベンテンさんも、サモンさんも一体どうしたんです?こちらへ来てください。友達を紹介しますから。』
『俺等その友達に、体当たりで殺されそうになってましたんやぁー!俺等も友達や、言うてください!!』
『ブーン、そんな事をしていたのかぁ。ははは。』
『笑い事ちゃいますよ!俺、2回も轢かれそうになったんやからぁー!2回やでぇ!!』
改めてブーンを皆に紹介した。ブーンにも、私がお世話になってる者達だと紹介すると、無視や威嚇をやめた。
『流石ベンテンさんだ。ブーンの体当たりを、避けるなんて。私でも一度ぶつかってしまったのに。』
『いやいや、ちゃいますねん。驚いて後ずさりしたら、たまたま躓いてこけてもうて、外れましてん。2回も。』
『はははは、、痛たた、、笑わせないでください。』
サモンがいきさつを話してくれた。
私が走り去った後、アグモをイクマキに託して、ベンテンと兵士を連れて後を追った。目印の窪みは、分かりやすく真っ直ぐに水辺まで来る事が出来たという。先に出た筈の私がいない事や、筋骨隆々のブーンに驚いたそうだが、側にいたホエルが事情を話したそうだ。その頃には、気絶していた者達も意識を取り戻し、兵士と共に歩いて町へ帰ったという。そこにホエルも付いて行ってしまった為、筋骨隆々つぶらな瞳のブーンと、彼等だけが残った。
私の友達だと言っても、首を横に振るばかりで無視されたという。暫くしてブーンは突然走り去って、また暫くすると今度は私を引きずって戻ってきたという。
私の手当をしようと、ベンテンが近づいたら先程の体当たりの事故が起きたという。
『そこからは、私達を窪みにすら入らせずに、ずっとタイカン殿を抱えてまして、、、』
『そうでしたか。皆、戻れたんですね。良かった。』
三人で話している後ろで、イクマキがもじもじしている。
私は、少し身体を起こして、話しかけた。
『痛た、、イクマキだったね。アグモは無事か?』
『うん。無事、、、』
『そうか。良かった。あいつは最後まで【山案山子】に挑んでいた。勇敢な男だよ。』
『、、、うん。』
『ふんっ!イクマキ、礼を言わんかっ!』
『ちょっと!今言おうとしてたんじゃないっ!黙っててよ!筋肉達磨っ!』きっ、とサモンを睨むイクマキ。
『イクマキ、礼には及ばないよ。それに、、、一人死んでしまった。間に合わなかった、、、。』
『うん。ホエルに聞いた。でも、アンタは悪くないさ、、、』
『そうか。聞いていたか。、、、残念だった。』
美しい星空と月の明かりが、大地に届いている。
『うん、、あの、、タイカン、、さん。』
『急にどうしたんだ?調子が狂ってしまうな。』
イクマキは、空を見ながら叫んだ。
『もうっ!初心者!ありがとう!!』
『ははは。いえ、どういたしまして。』
『ブフフーン』ブーンも笑っていた。
『さて、ほな皆で帰りますか。丁度砂煙も収まってきましたし、月明かりで帰れそうやし。それに寒くて、そろそろ限界ですわ。』
『そうしましょう。ブーン、背に乗せてくれるかい?』
『ブフンっ』大きく首を縦に振った。
『ふんっ!タイカン殿。双頭の首は、私と兵士で運びますので、ご安心ください。』
『サモンさん、ありがとう。でも、先に岩陰で眠る彼を家に帰してやりたい。毒の正体が分からず、そのままなんだ。家族がいるなら、尚更早く帰してやりたい。』
『分かりました、大丈夫です。そちらも我々が自宅までお送りしますので。ご安心ください。』
『アタシも一緒について行くから、アンタは心配せずに城に戻りなっ!』
『そうでしたか。サモンさん、何から何までありがとうございます。イクマキも、ありがとう。彼の事宜しく頼む。』
ブーンの背。心地よい揺れと瘤から伝わる温もりで、再び寝てしまった。寝ても落ちないのは、余程私の身体と瘤の間の相性が良いのか、ブーンが上手く調整しているのか。
【山案山子】の王。
聞いていた話しよりも大きく、そして強い魔物だった。
そのお陰で、私は精霊の力を用いた身体能力の増幅が使えるようになった。しかし、力に身体が付いていかないという課題も見つかった。身体が出来上がるまでは、精霊の力を制御する必要があるだろう。度々倒れていては、使い物にならない。
私一人では、そんな細かな芸当を習得できない。
ミカノとムーデの稽古に、私も交ぜて貰おう。
手土産には、肉の包蒸しが良いな。やっと、私にも用向きができた。やる事があるのは、素晴らしい。