タイカンと【山案山子】
砂漠にある唯一の岩陰。そこは黄色の砂を寄せ付けない、極上の安息地であり、王の塒。誰も入ってはならない特別な場所だった。
ズズズズ、ズズズズ。
黒と赤の市松模様をうねらせて這いずる様は、畏怖の対象としては十分な貫禄を示していた。全長は不明な状態だが、圧倒的な大きさは双頭の部位だけで容易に想定できた。通常の【山案山子】の体長は、大人の男が並んで少し足りない程。それの倍と言われていたが、実物は更にその倍とも感じられる。幾度も脱皮を繰り返し、この巨大な体躯を作り上げたのだろう。里の者は、幾度か前の抜け殻を拾い、倍として依頼を書いていた。
『な、な、な、な、なんじゃこりゃあ!』
『た、隊長。こんな大きさ、聞いてた話しと全然違うじゃないですか!』
『シュー、、、』
どぷんっ。
市松模様の首元から、液状の物が飛び出した。
粘り気のある液体は、宙を舞い隊員の一人を覆った。
『うわっなん、、、、、ごぼぼぼ。』
覆われた隊員は、声を上げたが溺れるようにもがいている。助けようにも、その液体は人を寄せ付けないような異臭を発し、見るからに触れてはいけないものだった。
『うわああぁーーーー』
岩陰の安息地から一人が飛び出した。目を閉じ、ひたすらにその場から離れる。砂に足を取られ、何度も転倒を繰り返し、震える膝を立て直して進んだ。溺れる仲間や、鞭で弾かれ倒れている仲間にも目をくれず、ただ必死に逃げていく。
必死に逃げて、逃げて辿り着いた先に私がいた。
『そんな事が、、、そうか。分かった。お前はここで休んでおけ。私が行く。動くなよ。』
『へ、へぇ。もう二度とあんなの見たくねぇ、、、。』
『ブーン、悪いがこの者が言う岩陰が分かるなら、私を連れて行ってくれないか?』
男は、私が話しかけた先にいるブーンに、やっと気が付いた。それ程に動転していたのだろう。
『うわぁっ!ま、魔物!!』
『ブフンっ!』首を横に振る。
『落ち着けっ!ブーンは、私の友達だ。何もしやしない。安心しろ。』
男に伝え、私はブーンの頭を撫でる。
『え?え?友、だち、、、お前も魔物の類、、なのか、、』
『どう取ってもらっても構わない。兎に角、ここにいろ。』
『ブーン、どうだい?分かるかい?』
『ブフンっ』
『そうか。では頼むっ。』
ブーンの背に乗り、岩陰に向かった。
(異様な程の大きな双頭の蛇。【深淵】の剣がどこまで通用するのか、、、)
ざざざざざっざざざざざっ
ブーンは、馬より早く駆けていく。
『ブーン!見えた!あれだな!!ここでいいっ!』
岩陰の間近ではなく、離れた場所で降りた。
砂煙は少し落ち着き、細めた視界に大蛇を捉えた。
『ブーン、ここから先は危険だ。私一人で行く。』
『ブーン、、、』
『心配するな、生きて戻る。』
ブーンをその場に残し、屈みながら近づく。他の獣を狩る時と同じように、風下から気配を消しながら近づく。
(なるほど、確かに頭二つ。確かに大きい。)
大蛇の側には、生死の判断は分からないが、四人が静かに横たわり、一人は立ち上がり【山案山子】に向かい剣を掲げ何か叫んでいた。
(確かに大きいが、【鬼神衆】に比べればまだマシか。)
【鬼神衆】の中には、【酒天】という名持ちのが者がいた。
下から見上げても、顔の全容を掴むのは難しく、私の背では、膝を越えるのがやっとであった。その巨体で棍棒を振り回す度に大風が吹いた。
そろりそろりと、砂煙の中を進む。剣を掲げているのは、アグモだった。頭や背中から血が流れ、肩で息をしている。限界が近いのは見て取れた。
(良くないな。)
【深淵】の剣を抜き、砂の大地から駆け寄った。
『シュー、、、』
私に気付いた【山案山子】は、身体を伸縮させ、しならせた尾を伸ばしてきた。
びゅんっ!
ブーンの背で運ばれ、水を飲んだ事により、体力を回復させた私には、伸びた尾の軌道から皮膚感まで目で捉える事ができた。
(うん。蛇は蛇か。これなら切れそうだ。)
通り過ぎる尾を見送り、蜷局から出ている首へ向かう。
【深淵】の剣を真一文字に滑らせ、輪切りを狙う。
スッ、、、
【山案山子】は、器用にも剣筋の部分だけを後ろに曲げて避けた。
『おお。避けれるのか。図体の割に、ちゃんとしている。』
どぷんっ
首の後ろから液体が舞い上がる。
(これか、、聞いておいて良かった。)
私が距離を取ると、【山案山子】も少し下がった。
重たそうな頭二つを更に伸ばしてから、大きく前に出す。
臨戦態勢といった所か。双頭は、交互に上下運動を繰り返していた。
『アグモ!聞こえるか!!』
アグモは片膝を付き、剣を支えに何とか持ちこたえていた。
『はぁはぁ、、聞こえとるわい、、初心者ぁ、はぁはぁ。』
『ここを離れろ!こいつは、私だけを狙っている!』
『はぁはぁ、、煩いっ!ワシは、こいつ等の隊長だ、、放って逃げるなど、、、はぁはぁ。』
『、、、、好きにしろ。だが、こいつの首は私が貰う。』
『はぁはぁ、、、やれる、、もんなら、、、、、頼む、、。』
ムーデにしても、このアグモにしても仲間を思い、窮地に陥りながらも見せる気概は、嫌いではない。
『その願い、しかと受け取った!』
アグモは、そのまま前のめりに倒れ込む。背中が動いている事で息を確認した。
『ジャアーーーー!』
【山案山子】は、私達の会話が終わるのを待っていたかのように、仕掛けてきた。双頭が上下になりながら大口を開けている。唾液が絡み付き糸を引くそれぞれの牙は、全て私に向けられていた。左の頭が先に私に到達した。
バクンっ!既の所で躱す。右の頭が、避けた私の頭上から大口を開けて迫る。バクンっ!後ろに下がり避ける。
次は左、そして右と休む事なく続く。
(よし、見えている。)と思った矢先、私の踵に違和感があった。いつの間にか、背後に長い尾がきていた。
【山案山子】の頭に気を取られ、背後に回る尾を見ていなかった。
(情けない。私はまだまだ弱い。)
【山案山子】は好機とみて、後ろに回した尾を内側へ巻き付け、私の身体を足元から腰に掛けて締め付ける。
ズズズズ、、、
『ぐぐぐ、、、これしきの事で、、、勝ったと思うな、、、』
右手に持つ【深淵】の剣を、巻き付く尾に刺そうと振り降ろす。【山案山子】は、それを許さないと大口を開けて私の上半身を狙い迫る。
(まぬけ。こっちが、本命だ。)
振り下ろす剣を止めて、迫る大口の端を切った。
ズバっ
『ジャアアァッ』
右の頭は、口の端を切られ首を後ろに反らした。その反動は左にも伝わり、全身が下がる。締め付けも弱まった事で脱出することに成功した。
『ふぅ、、【山案山子】の王、見くびっていた事謝ろう。』
砂煙舞う大岩の前。【山案山子】の鳴き声が響いている。