タイカンとアグモとイクマキ
番所では城下町で起きる揉め事に関して、仲裁や裁定を下していた。城下町の人々は揉め事以外にも、何を失くした。何を落としたと困り事も相談にくる。その度、無下にせずに応対するので、彼等はよろずの事を解決するとして【万所】と書いて【ばんしょ】と呼ばれていた。
【狩猟組合】から、タイカンを探しやってきた二人。
アグモは、組合内にある【矢衝隊】の隊長。イクマキは、そこの受付を任されていた。二人共に気性は荒く、似た者夫婦と呼ばれていた。
『初心者ぁ!さっきは、ようもやってくれのぉ!』
『アンタねぇ!不意打ちだなんて、卑怯な真似して最低よ!!』
ベンテンを挟み、二人はタイカンに詰め寄っている。
『不意打ちとは何という言い草か。恥ずかしくないのか。』
『タイカン殿、その辺にしときなはれ』
『何だとっ初心者ぁ!まともに立ち合ったらお前なんぞ、粉々にしてやるわっ!!』
『アグモさんも、ほら、周りに人もいますし。』
『あの程度の力で粉々にできるものなんて、砂糖菓子ぐらいではないのか?』
『タイカン殿!それは言い過ぎちゃいますかなぁ』
『アンタみたいな甘ちゃん素人、アグモに掛かれば綿菓子みたいにしちゃうんだから!』
『イクマキさん、それはもう何を言うとるのか、さっぱり分かりませんから。』
騒ぎを聞きつけ、やって来たのは城内一の巨躯の男サモンだった。
『ふんっ!何をやっておるか!ここは、親方様の城内であるぞ!!』
アグモは、サモンにすら動じずに凄んだ。
『何じゃ何じゃ!陸の筋肉達磨!ワシらは、【馴染み】持ちじゃ!親方様が怖くて、魔物退治何てできるものかっ!』
『ふんっ!身の程知らずが!表へ出ろ!親方様を軽んじた発言、許せぬっ!!』
『おうおう!出てやろうじゃねぇか!』
アグモが、サモンと番所を出ようとする。
『アンタ!馬鹿なのかぃ!今は初心者だろ!』
イクマキは、アグモの背中を叩き止めた。
『ふんっ!初心者?何だそれは!』
『あぁ!てめぇ等が匿ってる、このガキの事だぁ!』
アグモの指の先が、ベンテンを通り越し私に向いている。
『ふんっ!本物の馬鹿がっ!この方は、親方様のお客人であるぞ!貴様なんぞが指さして良い方ではないわ!』
『そんなもん、知らねぇって言ってんだろうが!』
『そうさ!そこの初心者と、ウチ等とで勝負させな!』
『ふんっ!鼻から勝敗は分かり切ったものを、誰が受けるものか!馬鹿も休み休み言え!』
『受けよう』
サモンとベンテンが驚き振り返る。アグモは聞き取れていなかったのか、返事が想定外だったのか。
『怖くて勝負なんて出来ないか?初心者ぁ!』
『よく聞け、受けようと言っている。』
『ア、アンタ!泣いて逃げても許さないわよっ!』
『煩い。受けると言っているのだ。さぁ、表に行くか?それともここで先程のように蹲るのか?さぁ選べ。』
二人は、鮮明に覚えている。アグモは、腹と背に残る痛み。イクマキは、隊長の旦那と5人の隊員があっという間にやられた事を。何せまだ数時間前の事だから。
『うーーー、、、アンタ!勝負は魔物狩りだよ!!勘違いしてんじゃないよ!』
『お、おぅ、そうだそうだ!また汚い真似するかもしれん!魔物狩りなら、正々堂々勝負が出来るわ!』
イクマキから咄嗟に出た苦し紛れの対決内容に、アグモはすかさず飛び乗った。
『魔物狩り?魔物を狩る事が勝負になるのか?』
『そ、そうさ!どっちが先に狩るかで決まるのよ!』
『ほう。面白ろそうだな。して、どこのどんな魔物を狩る?』
『ふんっ。タイカン殿、こんな奴らに付き合う事はないです!お辞めください!』
『せやせや、タイカン殿ぉ〜。やめときましょう。』
『サモンさん、ベンテンさん。これは私が撒いてしまった種です。私が全て刈り取りますので、お赦しください。』
『そうさ!外野のアンタ達は、黙ってな!』
『おう初心者!逃げんなよ!イクマキっ!あの魔物退治の依頼書持ってこいっ!あれで勝負だ!』
『あーあれね。分かったわ。初心者!泣いて謝っても許さないんだから!!』
イクマキは勢いよく番所を飛び出し、【狩猟組合】へ行き
「あの魔物退治の依頼書」を取りに行った。
アグモは、番所の椅子にどすんと腰掛け腕組みをする。
タイカンも、アグモの目の前に椅子を移動し腰掛け腕組みをする。
『タイカン殿ぉ〜。やめときましょう。ほら、サモンさんも止めたってぇなぁ〜』
ベンテンが助けを求めサモンを見上げた。
『ふんっ!これは、男と男の勝負!私が見届ける!』
サモンは二人の間に椅子を移動し、腰掛け腕組みをする。
奇妙な三角関係にベンテンは天を仰いだ。
『ぶふっ、くくくくっ』
番所の入口で、文官が肩を揺らして笑っていた。
バタンっ!
イクマキが依頼書を片手に乗り込んできた。
バンっ!
勢いのまま依頼書を机に叩きつけた。
『これが、勝負を決める魔物退治さっ!どうだいっ!』
一斉に机を見る三人。
『!!!!!』
ベンテンは、見逃さなかった。依頼書に驚きの表情を向けたのは、アグモだった。それは、イクマキも同じだったようで、小声でアグモに話す。
『アンタ、何驚いてんのさ。アンタが言ってた「あの依頼書」だろ!やってやんなよ』
小声のイクマキより、更に小声で返すアグモ。
『お前、これじゃねぇだろ。こんなバケモノ無理に決まってんだろ。ワシが言うてたんは、魔兎の事に決まってんだろ。』
『なにさ、魔兎なんてすばしこいだけじゃないか』
『だからだよ。あれはコツがいるんだ。馬鹿女』
イクマキは、旦那の言い草にも腹を立てた。
『煩い!勝負はこれだよ!初心者かアグモか、どっちが先に狩るか!文句なしの一本勝負だよ!』
『ああ構わない。受けて立つ。』
タイカンは、立ち上がりアグモを見下げる。
アグモも覚悟を決めて、立ち上がる。
『ったりめぇだ!この野郎!やってやろうじゃねぇか!』
サモンも二人の決意を称え、立ち上がる。
『二人共、よく言った!明日の夜明け、関所に集合して勝負開始だ!』
ベンテンは、天井の染みを数えている。
『あーーーー。あかん。もう、あかん。』
ベンテンが憂鬱に思う事は、ただ一つ。この責任を取らされて無職になってしまうのではないかという恐怖。
文官が側に寄ってきた。
『ベンテンさん、運がいいですねぇ。』
『どこがやねん。最悪やないかぁ〜。』
『何でです?サモン隊長が見届け人ならこの話は、ベンテンさんではなく、サモン隊長の責任では?』
文官の話しに、満面の笑みを浮かべるベンテン。
『ほーーーー。ほんまやぁ〜。』
ベンテンは、文官を抱きしめた。無職になる事が避けられた上に、サモンが見届け人として責任者となっている。そして、終始争いを止めていたベンテン。完璧な逆転劇がここに完成した。