タイカンと雨の日
雨の中の城下町。石畳が敷かれた場所は滑りやすく、外れると泥が跳ねる。演芸を披露する芸人は雨天休業で、往来に人だかりはない。露店も屋根付きだけが出ており、普段の半分も無い。それでも行き交う人は多く、傘や合羽で雨を凌ぎながら日々の買物や、銭湯、散髪と変わらぬ生活を送っている。裸足で歩く人が増えるのは、雨の日特有か。
【狩猟組合】で起きた虚しい出来事に落胆しながら、城へと続く道を行く。
(魔物退治をしている者達と楽しく話しが出来ればと思っていたが、、、あぁ。忘れよう。)
城門も軒下を右往左往する人影が見えた。
(雨の中、何をしているんだろうか?)
近付くにつれ、人影の正体が分かった。ベンテンだった。
『ベンテンさん。雨の中、何をしているんですか?』
私を見つけ慌てている様子だ。
『あっ!あっ、いや、、いやぁ〜降りますねぇ』
『そうですね。でも、人は多かったですよ。皆、活発だ。』
『ははは、、、ほんまねぇ~。』
『何か探しものですか?それとも待ち合わせですか?』
『ま、ま、まあそんな所ですわ。タイカン殿、【狩猟組合】へは?』
『あーー。行きましたよ。』
『そ、そうですかぁ。ほら良かったぁ。』
私が辿り着けたか心配だったのだろうか?優しい人だ。
『地図のお陰で迷う事なく。それに、肉の包蒸しも美味しくて、これ土産に持ち帰りました。』
袋を掲げベンテンに見せた。
『そうですやろぉ〜。美味しいんですわぁ。他には何かありましたか?』
『何か?何でしょう?』
『いや、何もなかったらそれでええんです。さっ、そろそろ入りましょか。』
『そうですね。ベンテンさんも、ご一緒に食べませんか?多く持って帰ってしまいまして。』
『いやいやいや。私はまだ仕事が残ってますんで。』
『そうですか。残念ですが、仕方ないですね。今日はありがとうございました。』
『ええ、ええ。ほな、また。』
何だか不思議な会話だったが、私の事を気にかけてくれていたのかと思うと、先程までの虚しい気持ちが晴れた。
城内に入り、「いつもの部屋」へ向かう途中に侍女と出会ったので、皆への土産と肉の包蒸しを渡した。ミカノへは別の機会に買ってやろう。もし何をしていたかと聞かれてしまうと、思い出してまた虚しくなってしまう。
『ベンテンさん。どうでした?』
『何も無いって言うてたけどなぁ。』
『雨の日の呑み屋に行ったのに。』
『まーーーー。なぁ。普段と変わらん様子やったし。』
『雨の日のやっつけ隊と会ったのに。』
『むーーーー。忘れよ。もう、忘れよ。仕事や仕事。』
ミカノとムーデは、城の中にある稽古場にいるようだ。熱気が籠もる稽古場は、雨の湿気も相俟って蒸し風呂のような状況になっていた。
『ムーデさん、もっと練らないと!』
ムーデは、ミカノが言う【練る】というのが、なかなか上手くいかない。
精霊の力は、その人が元来持っている才能に大きく左右される。故に放出する術は、個々に委ねられ癖がある。
ムーデは剣を握る事で炎を纏う事が出来るが、ミカノのように何も無い状態で力を放出する、というのが理解できない。ミカノは、身体の内で力を練っているという。下腹の辺りに力を集めるというのだが、少し熱を感じる程度。
座禅を組み小一時間、汗が頬を流れる。
『ぶはぁっ!』
前のめりに倒れ込むムーデに、ヒミコが駆け寄った。
『大丈夫ですか。これを飲んでください。』
汗だくのムーデは、ヒミコがくれた甘酒を口にする。
甘酒は、兵士たちが好んで飲んでいた。疲れを癒やす効果に加えて、干上がる身体に染み渡り、体力が戻る。
『ありがとう。はぁはぁはぁ。』
『今のだと、まだ身体のいろんな所にある感じ。』
『ミカノ殿は、身体の内でどう感じているんですか?』
『そうだなぁ。水を飲んだら、すぅーっと流れていくから、それと同じかなぁ。』
『喉を通って、腹の中。』
『うん、それが頭、手足、背中とかいろんな入口からここに流れていくんだよ。』と、自分の下腹を叩いた。
『分かりました。もう少しやってみます。』
姿勢を正し、水を飲むのを想像しながら下腹に力を流す。
精霊使いは、一握りの存在である。ミカノの拙い説明であっても力の巡りを感じてきた分、コツを掴むめば成長は早い。
『ん?あっ!ムーデさんそれだよっ!』
ムーデも下腹に今迄とは違う熱を感じていた。
『ミカノ殿、来ましたっ!』
と立ち上がった瞬間。
『あー。消えちゃったよ。』
確かにあった筈の熱が消えた事を、ムーデも気付いた。
『次は維持する事ですか、、、ふぅ。』
『でも、流れていくのは分かったと思うから成長だねっ』
『はい!ミカノ殿!』
年齢は、倍以上違う二人。大きく歳の離れた子供相手に、敬意を持ち接するムーデは、何処かの誰かと違い、間違いなく好青年だ。
『次は、火の精霊を見せて貰ってもいい?』
ムーデは、得意分野の披露とあって喜んだ。
『勿論です。では、ちょっと離れてください。』
剣を手にし、目を閉じる。剣は徐々に赤い炎を纏っていく。
『わぁー。本当に火の膜が出来てる!』
『はい。私はこれを振り下ろして、炎をぶつけている感じです。』
『伸ばしたりしないの?』
『伸ばす?どういう事でしょう?』
『うーん。火が伸びたら棒術みたいになるかなって。』
『なるほど。上に伸ばす、、、』
ムーデが槍を想像し目を閉じると、みるみる剣からは炎が伸びた。
『ムーデさん!ちょっと!ダメだよ!』
ミカノの声で目を開けると、剣から伸びた炎は稽古場の天井を焦がしていた。慌てて力を消した。
『あっ、危なかった。』
『びっくりしちゃったよ!でも、出来てたんだね。』
『いや、私も驚いています。こんな事、初めてです。練っていた効果でしょうか。』
留まっているように見える蝸牛も気付けば見失う程に進んでいる。進む事に歩幅や速度など関係ない。どれ程短い歩幅であってもどれだけ遅くても、それは確実に進んでいる。嘆く事も悲観する事も不要である。それは確実に進んでいる。