タイカンと珍妙な声
澄み切った秋の青空が葉の間から除き見える。
赤や黄色に染まっていく木々の中に、【母の木】の青々とした葉がよく映える。落ち葉を踏みしめながら、帰路につく。
(幼子を育てるには、どうすればいいものか。樹液だけで育ってくれればいいが、そんな筈もないし。そもそも、ずっと寝てる事が普通とは思えない。それに光ってたてし)
荷を抱え秋の山道を歩きながら、これからの事を考えていた。子育てを遠目に見た事はあっても、体験した事はない。
(まぁ。何とかなるだろう。孤児だった私も何とかこうして生きている。)
小屋に近づくと、中から珍妙な声が聞こえた
『あばばばーー』
(なんだ!?誰かが小屋に入っているのか!?)
咄嗟に荷を降ろし、【深淵】の剣を鞘から抜き出し構える。
幼子が危険かもしれないと、そっと小屋の扉を開ける。
ガタっ
簡素な造りの丸太小屋。忍ぶように扉は開かない。
扉の音を聞くなり、剣を構える間もなく私に向かって
『この馬鹿親がぁーーーーー!!!』
目の前で大口を開けて叫ぶ女。
『あんたねぇっ!昨日からこんな赤ちゃんを一人にして、ぶらぶらほっつき歩いてるなんて、どういうつもりっ!』
狼狽える私をよそに女は続けた
『子供を捨てにきたのかと思って様子を見てたら帰ってくるし、迎えにきたと思っていたら、適当な小屋造ってまた葉っぱの上で放置するって、あんた馬鹿なの!?いや馬鹿だわ。馬鹿に決まってるわっ』
一言も返す隙間がなく続く
『この子の生命力が高いからってね、放置しても良いって事じゃないのよっ!そもそも、赤ちゃんを放置するって発想がないわぁ。なんでそんな発想をするのか。。あっ馬鹿だからか。ほんとかわいそう。あんた、こんなに可愛い寝顔見てて、よくこんな事ができるわね。普通はできない。。あっ馬鹿だからか。』
いよいよ、腹が立つ
『いい加減にしろっ!馬鹿だ馬鹿だとさっきから!お前は何者だっ!!』
私達の叫び声の間を縫うように幼子が声を上げた
『オギャーーーオギャーーー』
『起きたっ!』
『起きたわっ!』
幼子が眠る切株を囲み、泣き顔を覗き込む。
ムソウから託されてから二日目、初めて聞く幼子の声。
涙を浮かべ大きな口を開けて、泣き喚く幼子の顔は、愛おしく忌み子である事などは微塵も感じない。
私が声を掛けるより先に、女が幼子を抱き上げた。
『あらぁーおきたのぉーー。びっくりしたねぇーー。もう大丈夫よぉー。あばばばー』
大きな泣き声が、少しずつ和らいでいった。
『あばばばー。かしこいねぇ。もう大丈夫だねぇ。』
珍妙だと思っていた声は、幼子にとっては心地の良い音のようだった。
『サクヤ』
女は幼子をあやしながら、背中越しに私に話す。
『サクヤ?何が?そいつの名はまだないが』
『私の名前よ。何者か聞いてたじゃない。ほんと馬鹿だわ。ねぇーあなたのお父さんは、バカでちゅねぇ』
『なっ。。誰が馬鹿だっ!!』
咄嗟に言い返した。
『オギャーーーオギャーーーーー』
『ちょっと、大きな声出さないでよ!!赤ちゃんが、怖がるじゃないの!!あばばばー。大丈夫でちゅよ。あばばばー。こわかったでちゅねぇー。』
『ごめん。。』
『母親はどこ??』
『えっ』
『この子の母親はどこかって聞いてんの!』
『いや、その子に母親はいない。多分。』
『何それ?もしかして、あんた人攫いっ?!』
幼子を強く抱きしめながら、疑惑の目を向けてくる。
『違うっ!そうじゃないっ。そうではないが。。。』
『何?はっきりしないわねぇっ』
『。。。その子の母親も父親も生きているのかは分からない。。。が、恐らく片方は死んでいる。』
『訳わかんないわ。』
『私はタイカン。麓の【シガ】の街出身だ。決して人攫いではない。必要であれば、【シガ】の長とも話してくれていい。』
『で、この子は?』
『。。。。』
いつの間にか、幼子は泣き止んでいた。
サクヤの袖をぎゅっと握る姿を見て、嘘を付かず話しをする覚悟を決めた。
『その子は、オニと人の子だ。オニから託された子だ。』
『ふ~ん。そういう事かぁ。』
『驚かないのか?』
『この異常な生命力を見ればね。』
『生命力?』
『あなた達、人族には分からないかもしれないけど。私達には感じる事ができるのよ。まぁあなたの生命力も異常だけどね。』
『人族?サクヤは違うっていうのか?』
『そう。私は精霊よ。あなた達は、山の神って昔は言ってたけどね。』
『精霊。。山の神。。。様』
袖をぎゅっと握り、きゃっきゃと笑う幼子が啞然とした私の時間を埋めていた。