タイカンと城下町
夜更けから降り出した雨は、明け方には瓦屋根を弾く音が強くなっていた。本格的に降り出した雨は、10日ほど、強弱を繰り返し降り続くという。島とは違う気候の巡りがあるようだ。海上の天候はどうだろうか。そろそろ【ナーラン】の港から出航した所だろうか。
昨晩から始まったミカノによる稽古は、遅くまで続いたようで、ミカノは寝間に戻るなり泥のように眠っていた。
今日も早朝から稽古をすると言い、太陽と共に目覚めたミカノは、あっという間にムーデの元へ。どのような稽古をしているのか聞く間もなかった。充実しているのだろう。悩み苦しむ姿を見るよりは健全で良い。
(さて、そろそろ行くか。)
私は「いつもの部屋」へ向かわずに、サモンがいる執務室へ向かった。
トントントン。
『サモンさん、タイカンです。今宜しいでしょうか?』
(返事が無いな。今日は何処かに行かれたのだろうか。)
執務室を後にし、ベンテンがいる作戦本部の事務所へ向かった。途中出会う侍女たちに会釈をし朝の挨拶をする。
トントントン
『失礼します。』
事務所では、数人の文官が書物とにらめっこをしている。皆一様に難しい表情を浮かべていた。その内の一人が私に気付き、声を掛けてくれた。
『はい。何か御用でしょうか?』
『すいません。ベンテンさんはいますか?』
『あーはい。少々お待ちを。』
文官は、事務所の更に奥にある扉を開け入っていった。
『ベンテンさん、お客さんですよ。』
『誰や?何か約束しとったかなぁ』
『事務所の前でお待ち頂いてますんで。』
『そうかぁ、ほな行くわ。』
扉からベンテンが出てくる。私の顔を見ると、エビスと同じように、くちゃっと笑う。
『タイカン殿やないですか〜。私を訪ねてくるやなんて、珍しいですねぇ。何か御用ですか?』
『忙しい所すいません。ここらに魔物退治を生業にしている者がいると、以前エビスから聞きまして。』
『あぁはい。狩猟組合の事ですねぇ。』
『狩猟ですか。』
『えぇ組合の中に魔物専門にやっとる【矢衝隊】いうのがありまして、そこに居ますわ。』
『やつけたいですか。今日いますかね?』
『そればっかりは、行ってみんと何とも。』
『遠いのですか?』
『いえいえ、城下町の中ですから、歩いていけますよ。行かれるんなら、地図書きましょか?』
『いいですか?お願いします。』
『ほな、ちょっと待っててください、、、雨やから今日は、おるかもしれませんねっ、、、っと。』
ベンテンは、紙に地図をさらさらと書いた。
『あっ、せや。もうちょっとお待ちを。』
紙を握ったまま奥の部屋に入っていった。
『これやこれや』
ベンテンの手には先程の紙と封筒が握られていた。
『タイカン殿、これが地図で、、こっちが精霊、あっすんまけん。サクヤさんからですわ。』
『サクヤから?』
『ええ昨日文官に言伝がありまして、滞在中の駄賃にと、預かってるお金からタイカン殿に渡してくれと。』
封筒には10万シンカが入っていた。
『いや、渡しに行く手間が省けましたわ。すんませんね、取りに来てもろたみたいになってしもて。』
『いえいえ、こちらこそ。地図まで書いてもらえて。』
『この時間やったら露店も準備出来てるやろうし、つまみながら行ってくださいな。お勧めは、肉の包蒸しですわ。』
『そうですか、寄ってみます。では。』
『ほな、お気を付けて。』
私は渡された地図を元に城門から、城下町へ出た。
『ベンテンさん、よろしいんで?』
『何がや?何かアカンかったか?』
『いやぁ。【やっつけ隊】、大概の奴らですよ。何も起こらなければいいですがぁ。』
『うーーーーー。そやったなぁ。行ってしもたしなぁ。』
『何も起こらなければ、、、ねぇ。』
『すーーーーー。そやなぁ。大丈夫やろ。』
『雨ですし、居ますよねぇ。』
『おーーーーー。おるなぁ。』
関所から一本道ばかりを通っていたので、路地へ入るだけで趣きが変わった。雨足は強く、合羽に当たる雨音も大きい。それでも露店からは湯気が立ち、往来の人は何やら美味そうに頬張っている。
『すまん、いいかな?』
『へい。いらっしゃい。何しましょ?』
物腰の柔らかい主人が迎えてくれた。
『初めてなんだが、肉の包蒸しはあるかな?』
『えぇありますよ。お一つ?』
『一つは今食べるんだが、何個かは持っていきたいんだ。』
『そうですか、そしたら如何ほどに?』
『そうだな、20個包んでくれるかな。それとは別に1個貰うよ。』
『へい。そしたら全部で21個で6300シンカだけど、300は負けておくよ、6000シンカで。』
『そうかい?ありがとう。ではこれで。』
『へい。またご贔屓に。』
湯気が立つ肉の包蒸しを頬張った。柔らかく弾力のある包の中に、濃く味付けされた小粒の肉が詰まっていた。合羽に当たる雨で体温も少し下がっていて丁度良い。
『ほっほっほっ。これは美味い。帰りにミカノにも買っていくか。』
肉の包蒸しを頬張りながら、貰った地図を見る。雨粒でぼやけているが、簡単な道筋で難なく辿り着いた。
入口には【狩猟組合】の文字がある。
(ここかぁ。大きな建物だな。)
合羽を脱ぎ雨粒を払い、扉を開けると想像とは違っていた光景が広がっていた。
『三番に酒がまだだよー』『おいっこっちが先だろう!』
『酒を追加してくれー』『まったく商売上がったりだ。』
『はいよーいまいくから待っとくれぇ。』
小さな円卓が幾つも並べられ、何人もの男女が飲み食いをしている。隙間を縫って、酒や料理を運ぶ者が忙しく走り回っていた。
『いらっしゃいっ。空いてるとこ、好きに座って。』
走る足を止め、女が声を掛けてくれた。
円卓は避けて、奥の長い机の席に座った。目の前では、料理をしている者が慌ただしく動き回っていた。
(これが組合か?本当に合っているんだろうか?)
土産に買った肉の包蒸しを隣の椅子へ置き、唖然としながら調理場を見つめていた。