タイカンと二番砦の始末
二番砦が強く暖かな光に包まれている。湖面に反射する様子は、太陽が落ちてきてそこで留まっているかのようだった。サクヤが合流し大粒の涙を流している頃、城内では親方様とサモン、エビスが緊急に会談を行っていた。
エビスは、城内の洗い出しと守護を任された。出自が明確で信用の置ける者を側に付け、城内の動きに注視し魔族の再来に備えていた。
親方様とサモンは、親方様直下の精霊使いであるフクジュとダイコクを連れ砦へと馬を走らせていた。
『サモンっ!道中も気を抜くなっ!何があってもおかしくないぞっ!』
親方様の檄に頷き、鋭い眼光を周囲に向けた。
『親方様っ!間もなく一番砦です!このまま駆け抜けましょう!』
『無論!はいやぁ!』
フクジュの問いに、馬の腹を蹴り応えた親方様一行は、速度を上げ二番砦へ向かう。
『親方様っ!二番砦に光が!』
フクジュが気付いたのは、ミカノの【光壁】だった。
『なんと、、、』
親方様は、驚きの表情と共に馬の足を緩めた。
『皆の者、安心せえ。あれは、精霊様の力だ。フクジュ、ダイコク。その目に焼き付けよ。あれは、お前らが目指すべき到達点だ。』
『はっ!』
フクジュとダイコクは、【精霊使い】と言われる一握りの存在だった。【ケーハン】では、この二人とムーデの三人のみが精霊使いとして戦場にでている。精霊の力を扱える者は、多数いる。しかし、戦場で役立つ力はより特殊な物だった。力を具現化し、放出する事で攻防の一端を担う。
時には致命的な一撃を見舞う主砲となり、時には万の大軍から要を死守する堅牢な盾となる。
それほど特殊な力の根源である精霊様は、神として各地で崇め奉られている。【ケーハン】も例外では無い。
『親方様が来てくださったぞぉー』
砦の兵士が橋を渡る一行に気付き、砦中に知らせた。
親方様は手を上げ応えている。
一行は、親方様を中心にフクジュとダイコクが前を固め、サモンが眼光鋭く後ろについている。
馬上の親方様に砦中の兵士が羨望の眼指を向けていた。
一介の兵士にとって、親方様を間近に見る機会はそう無い事なのだ。一生涯会えない者がいる、神格化し崇める者もいる。兵士にとって親方様はそのような存在だった。
馬上から降りると、親方様は先頭に立ち私達の元へと歩みを進めた。
『タイカン、無事で何よりだ。』
『ありがとうございます。しかし、このような騒ぎになってしまい申し訳ございません。』
『何を言う。よくぞ、砦とワシの兵を守ってくれた。礼を言うぞ。タイカン。』
『タイカン殿、、、』
親方様の後ろに見える巨躯の男サモンが口を開く。
『タイカン殿、ムーデを始めとし皆の事を守り抜いて頂いた御恩は忘れませぬ。』
『サモンさん、ムーデは無事に城に着いたんですね?』
『はい。お陰様で。肩の荷が降り安堵したのか、眠りについております。』
『それは、良かった。ムーデ程責任感の強い者はなかなか見当たらない。大事にしてやってください。』
『タイカン、そのムーデが爆発音を聞いたと話しておった。砦でも何かあったのか?』
砦で起きた出来事を話した。
暴徒と化した者達の末路、人ならざる者との事を詳細に伝えた。
『なんと、ここにも魔族が来ていたのか、、、』
『親方様、ここにもというと?』
『ムーデが城に戻る道中に出会っているんだ。お前達を運んだ馭者を覚えているか?』
『はい。前日も【カヤマ】まで送って貰いましたから。』
『そいつは、魔族が変化していたまやかしの姿だったそうだ。兵士を一人殺め、ムーデの一撃を受けても平然と話し、姿を消したと聞いた。』
『その状況で、ムーデが無事に着いたのは不幸中の幸いでしょうか。』
『そうかもしれん。ムーデが辿り着かねば、ここまで迅速に事態の把握は出来んかっただろうな。』
『そちらに現れた魔族も銀髪の者ですか?』
『その特徴は言っておらんかった。ただ、左手を異常な程伸ばし仕掛けてきたと。』
『違う者かもしれませんね。』
『ああムーデが対峙した時分に、爆発音を聞いているからな。お前達が対峙した者は、別物だろう。』
『タイカン、精霊様はどこにおられる?』
『サクヤなら、砦の補修をとあちこちを回っております。』
『そうか、この光の守りの事も礼を言えていない内に、そのような事までして頂けるとは。痛み入る。』
『あっ。親方様、この光はミカノです。』
『ん?』
『この光の守りは、ミカノが作ったものですよ。』
『な、、なんとっ!あの子が?!、、、ワシの部下に大見得を切った所だぞ、、、まさか、、、こんなにも強大な力を持っているとは、、、ふぅ。末恐ろしいな。』
『ははは。私も同感です。』
『さて、後はここの始末だな。』
『親方様、ここは私にお任せください。』
ずずいっと前に出て、サモンが名乗り出る。
『待てサモン。お前は陸上部隊を率いなければならん。ここで砦を守るだけでは、役不足だ。』
サモンは苦渋の表情を浮かべるが、従うしかなかった。
『おいっ!ここにマダイが来ておると聞いている。何処か!前に出よっ!』
ざわざわとなり皆辺りを見渡した。
『はいっ!!ここにおります!今参りますゆえ。お待ちください!』
親方様の周りに集まる兵士を掻き分けて、前に出る。
『マダイよ、大義であった。』
『滅相もございません。タイカン殿とミカノ殿のお陰でございます!』
『まあよい。折り入って頼みがあるんだが、聞いてくれるか?』
『はっ!何なりとお申し付けください!身命を賭してお受け致します!』
マダイは、身命を賭す事が好きなようだ。
『では、お前をここの後任とする。エビスにはワシから話しを付けておく。やってくれるか?』
『はっ!身に余る光栄でございます!身命を賭して、、』
『もうよいっ。いちいち身命を賭すな、馬鹿者。』
親方様も私と同じ思いだったようだ。
『では皆の者、ムーデの後任はこのマダイに任せる事とした!異論無いなっ!!』
砦中の兵士が一斉に応えた。
『はっ!』
『フクジュ、ワシが声を掛けるまで近くで様子を見てくれ。まだ油断は出来んでな。』
『はっ!仰せのままに。』
マダイ、フクジュを残し私達は城へと戻る。疲れ切ったミカノはサヤノに抱えられ帰路についた。ミカノを抱く姿を見たのは久しぶりだった。重たいだろうに、サクヤも満足気な表情を浮かべていた。