タイカンと不穏な者達
馭者が馬車を停めた。
『なんだ、、、何かあったのか、、、』
ムーデは、ミカノのお陰で顔色も戻り痛みも引いていた。
『ーーーー!!』『ーーーー』『ーーーーー!!!』
外で何やら話し声がするが、聞き取れない。
バタバタ、ドサッ。何かが落ちる音がした。
普通ではないという事は、聞こえていなくても、見えていなくても察する事ができた。
『野盗か何かか、、』
ムーデは残る片腕で、剣を握る。ゆっくりと身体を起こし来るべき時に備える。
ガチャ。扉が開いた。
『おや、起きてらしたんで。』
馭者がムーデに語りかけた。馭者が人ではない事は一目瞭然だった。伸びた左手がだらんと垂れ下がっている。
『貴様、、、何者だ。』
ムーデは、静かに馭者に聞いた。
『ちょっと急いでるんですわぁ。寝とってくれたらええのに。面倒くさい人ですなぁ。』
頭を掻きながら、呆れた顔で話す馭者。
だらんと伸びた左手が、ふっと揺れた。
ムーデは見逃さなかった。
シュッと左手がムーデの首元目掛けて伸びてくる。
既の所で見切り、交わす。左手はそのまま馬車の小窓を割った。
『かんべんしてぇなぁ。急いでるっていうてますやんか。』
伸ばした左手を元に戻し、再度繰り出した。
ムーデは、右手の剣で防ぐ。ガンっと鈍い音で左手は止まった。
『面倒くさいなぁ。』馭者の目の色が黒く変色していく。
ムーデは剣を手にすると静かに目を閉じた。
『多勢ならまだしも、一騎にやられる俺ではない。』
目を見開くと、剣は赤い炎を帯びた。狭い馬車の屋形の屋根ごと振り下ろした剣先から、炎が一本の線となり飛び出した。
ズバッ
馭者の右肩に炎の線が食い込んでいる。馭者の身体はみるみる蒼くなっていく。
『そうやったなぁ。あんた、火の精霊使いやったなぁ。はぁ忘れとった。時間もない、、、。』
そう言うと、蒼い馭者はその場を離れ扉を閉めた。
『逃がすかっ!』
ムーデは、急ぎ飛び出すがそこには誰もいなかった。
ひゅう〜ひゅう〜
蒼い馭者は、空に登り何やら呟いている。
『おいっ聞こえとるか?ヴリトラ!おいっ聞いとんのか?』
蒼い馭者が話しかけた相手が答えた。
『。。えっ?何?もう一度。。』
『せやから聞こえとるかって!まぁええわ。撤退じゃ。』
『。。。そうかぁ。。。わかった。』
『時間やねんから仕方ないで。あのお方に怒られんのは、堪忍や。』
『これは借りにしておくよ。』
『なんでやねんっ!』
空の上の人ならざる者達の会話は、我々には届かない。
彼等だけで成立している特殊な方法がある。
ムーデは馬車を走らせ城に戻り、急ぎサモンの元へ走った。切れた腕の痛みなど全く感じていなかった。
『サモン様っ!』
『!!』
『サモン様、急ぎ親方様と面会の機会をお願いします。』
慌てて話すムーデの姿は、初見のサモンには痛々しく映っている。
『何事か!砦の事なら既に周知の事実。今更何を伝えようというのか。』
『違います。魔族です。魔族が現れたのです!』
『な、なんだと。』
サモンは、片腕で必死の形相のムーデの話しを詳しく聞くまでもなく信じ親方様の元へ共に走った。
『親方様ー。サモンでございます。火急の用向きがあります。謁見をお赦しください!』
親方様がいる屋敷の奥へ辿り着く手前から、走りながら大声を上げるサモン。
ドタドタドタドタ。バンッ!
親方様の返事を聞く前に扉を開けた。
『親方様、火急の用向きです。人払いを!』
礼を失したサモンと、片腕の無いムーデが親方様の部屋に押し入った。親方様は、サクヤと精霊の力について意見交換をしている所だった。
『構わぬ、話せ。』
『はっ。ムーデ、話せっ』
ムーデは、砦の事はさて置き先程目の前で起きた馭者の話しをした。さらには、二番砦の方角でかなり大きな爆発音が二度した事を伝えた。
『何と魔族が来たと、いや魔族がこの城に入り込んでおったというのか。なんたる事か。』
『サモン、エビスを呼べっ!』
『はっ!』
サモンとムーデは部屋を飛び出した。
『ホテイ、魔族が出たという話し嘘では無さそうですね。』
『ええ。精霊様がおられる城内に、そのような者が紛れ込み気付けぬとは、何と申し開きをすればよいのか。』
『私の事など、些末な事です。それより、タイカンとミカノが向かった砦の事も気掛かりです。私は一足先に砦へ向かいます。宜しいですね。』
『勿論です。こちらも態勢を整え、直ぐに向かいましょう。』
『ホテイ、外に繋がれた馬を一頭借りますよ!』
サクヤは、人馬一体の様相で【ラクヨ】近くの二番砦を目指した。
二番砦では、銀髪の人ならざる者が残した余韻が漂っていた。砦そのものに被害は無かったが、それぞれの記憶に刻まれた畏怖の印は深く深く残っていた。
『タイカン殿、あれは何だったのでしょうか?』
『、、、分からない。しかし、勝てる相手ではなかった。』
『タイ、サクは大丈夫かな?あいつ、ここにだけ来たのかな?』
『それは大丈夫だろう。飛び去ったのは、【サカノオ】の方角だった。【ケーハン】の者達も皆、無事なはずだ。』
『そうだよね、、、。うん。』
不安気なミカノの顔。頭を撫でるしか出来なかった。
『マダイさん、残る者達も動揺している事でしょう。ここで、暴徒が再びくれば防げるか分からない。何とか士気を上げよう。』
『はっ。仰せの通りに。』
『ミカノ、すまないがもう一度力を貸してくれるか?』
『、、、うん。何をすればいい?』
『門の前に【光壁】を再び展開しよう。ミカノの光は、あいつの衝撃を退けたのだ。それは皆の希望になる。』
『分かったよ!今度は全力でいくね。』
ミカノは門まで走り目を閉じた。身体を覆う膜は先程より厚く濃い。手の先に光の膜を集約させ、一気に放出した。
眩く暖かな強い光が砦全体を包んだ。門だけではなく、砦全体が光の半円の中に入っていた。
精霊の力の中にいる兵士達の表情には力が戻り、その瞳には光が戻った。
『はぁはぁ、、、できたぁ〜。』
ミカノは、バタンと倒れた。
『ミカノ!大丈夫か!!ミカノっ!』
倒れたミカノが心配で駆け寄る。
『ミカノっ!ミカノっ!!』
『大丈夫だよぉ〜〜。使い切っちゃっただけぇ〜』
弱々しい声で答えたミカノは、笑っていた。
『すまないな。無茶をさせてしまった。でも、助かったよ。皆に英気が戻ったようだ。』
パカラパカラっパカラパカラっ
『ミーカーノー!!!!』
甲高い声が砦中に響いた。猛烈な速度で走り切った馬が、へたり込んでいた。その馬を放置し飛び降りたサクヤは、一目散にミカノの元へ走り寄る。
『ミーカーノー!!!』
『あ〜サクだぁ〜、無事でよかったぁ〜』
弱々しい声で、サクヤの無事を喜ぶミカノに大粒の涙を流すサクヤが抱きしめていた。
生きている者は、常に自身や大切な者の死を肌で感じなければならない。生と死は遠いものではなく、今この瞬間も繰り返し起きている事だと認識する事で、より強く生に感謝するのだ。