タイカンと山の暮らし
【シガ】の街の崩れた城壁を出たのは、日も沈み辺りが暗くなってからだった。
オニの臭いを付けたとはいえ、山の中に幼子一人。
取り返しのつかない状況になってはいないかと、今になって焦る。急ぎ【ミカノ山】へ向かう。
山の夜は一際暗く静かだ。私が踏みしめる落ち葉の音が響いている。道中に獣道が何本か見えた。それらが私を焦らせる。
山の中腹につく頃、月明かりに照らされた囲いが遠目に見える。木々の隙間から見える光に気が付いた。
(月明かりか?いや、地面付近が光っている。獣の目か?いやそれにしては、全体が光っている。)
何者か分からない光が更に、更に、焦らせる。私の足にも力が入る。
(オニの臭いに近づく獣などいる筈がない。ましてや、人が来れる場所でもない。大丈夫だ。大丈夫。)
言い聞かせながら、走り続けた。
光の元にたどり着き、安堵と共に驚いた。
『お前が光っていたのか。。』
落ち葉の上で、変わらずに眠る幼子が光を放っていた。
強烈な光ではなく、ぼんやりと幼子を包み込むような光は母が子を抱いているようにも思えた。
(良かった。。。のか。。。揺りかごから抱きかかえ、今に至るまでの間ただただ眠り、光を纏う子。オニの子はひかるのか?)
『お前が目を覚まさずに、眠り続けるならばそれも良いのかもしれないな。』
(人でいえば、一歳になる頃か。もし目覚めたとすれば栄養が必要か。ここにも、【母の木】があればいいが。)
樹液の栄養価が原乳に近く、母乳代わりになる事から【母の木】と呼ばれる自然の恵みは、この島では珍しいものでは無かった。辺りを見渡し、特徴的な葉を探す。
月明かりに照らされた樹木の中で、容易に見つける事ができた。
『お前は運がいいな。いつでも、空腹を満たす事ができるぞ。口に合うかは知らないが』
そう言いながら、私の服を掛けながら幼子の頭を撫でた。
(ここで何年暮らす事になるのか。明日は生活に必要なものを揃えないとな。その前に、小屋を建てるか。なんにせよやる事は多いな。)
考えながら、ぼんやりと光る幼子の横で眠りについた。
翌朝、不思議な事に幼子を包んでいた光は消えていた。眠る幼子を置いて、手頃な樹木を木材へ加工する。オニを殲滅した【深淵】の剣は、樹木を切り倒し加工するには最適とは言えないが、不足はない。
午前中は伐採と加工に費やし、午後からは組み上げだ。
『ふぅ。そろそろ腹が減った。私も【母の木】で満足できればいいが、そうもいかないのが残念だな。』
(とりあえず組み上げて、昨晩の獣道を探ってみるか)
加工した丸太を組み上げていく。小屋といえば小屋だが、ただただ組み上げただけの簡素な造りの物が出来上がる。
幼子を寝かせる場所には切株を置き、落ち葉を敷く。
(もう少し我慢してくれ。買い揃えれば幾分かは、快適にはなるだろう)
昨晩の獣道を通り、食事を探す。途中の樹の実やきのこ等、オニの殲滅に費やした3年の旅で得た食事の知識が役に立つ。
それに【ミカノ山】は人が入っていない事もあって、自然の恵みは十分に育っていた。
【シガ肉】といわれる、丸々と太ったシシを探したが、中々に見つからない。
(仕方ない。今日は肉は諦めて、自然の恵みで満たそうか)
樹の実を頬張りながら、小屋に戻る。
変わらずに眠る幼子の寝息を確認する。
(街に戻り買い出しをするか)
長の言葉に救われたけれど、まだ幼子を連れていくのは抵抗があった。それに急に幼子を連れた私が街を訪れて質問攻めに合う事も容易に想像できた。
(何を聞かれて、何と答えて良いのか。連れて行く前に、長に相談できれば)
復興に沸く街の往来で、皆々が笑顔で声を掛けてくれる。
中には私に両手を合わせ祈る者もいた。
挨拶もそこそこに、生活用品を揃えに向かう。幼子の寝床を充実させる事が一番だろう。
『やぁタイカン。昨日は挨拶できずだったから、今日会えて嬉しいよ』
明るく声を掛けてくれたのは、目指す商店の主人だった。
『ちょうど、お店に行く所だったんだ』
『そうかい。じゃあ一緒に行こうかね』
『布団や座布団、あとは大判の布はあるかな』
『そんなものが欲しいのか?タイカンの家にもあるだろう?』
街を出た3年前に、退路を断つという思いと、戻れない時にいつまでも私の物が残る事が嫌で、家ごと整理していた。
『整理してしまって、手持ちにないんだ』
『そうか。そうだったなぁ。それなら、また家ごと用意して貰えばいいじゃないか。お前はこの街の英雄様だ。家の一軒や二軒貰ったってバチは当たらんよ。』
『ハハハ。いや、訳あって今は【ミカノ山】で暮らそうかと』
『なんでまた、辺鄙な所で』
『。。。無いとは思うけれど、残党がいるならば見晴らしのいい所でと思ってね。』
『残党?オニの?』
『いやまぁ、念の為だよ。鬼神は間違いなくこの手で殺したから。心配はしないでよ。見張るのは、私の自己満足だから。』
『そうかい。タイカンが見ててくれるなら、何があっても安心だけどな。おっついたな。さぁ好きに選んでくれ。』
数枚の大判の布と、布団や毛布等を適当に選んだ。
『お代はいらないよ。これぐらい、させてくれよ英雄様』
何度か払うと言って食い下がったが、店主は英雄からお金は貰えないと頑として受け取らない。
『では、お言葉に甘えて。』
『これぐらいじゃ、足りないぐらいだ。また何か必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれよ。』
商店を後にし、往来で声を掛けられながら、そのまま街をでた。
(感謝されて嫌な気持ちはしないものの、なんだかむず痒いな。ほとぼりが冷めるまでは、山に籠もるか。)
まだ明るい山道に歩を進めた。