タイカンとミカノの剣
馬車は田畑の間を進み、人の往来が増えてきた。馬車の外は人々の話し声で、騒がしくなっていた。
『ヒミコさん、辛い記憶を思い出させてしまい申し訳ありません。』
ヒミコから聞いた【サカノオ】の話しは、想像を絶するものだった。サクヤも声を失っていた。
『いえ。【サカノオ】と仰った時に【ラクヨ】の街の防衛線に行かれると思いましたので、全てをお話ししました。』
『そうでしたか。』
『タイカン殿。今の話しで分かって頂けたと思います。決して近寄りませぬように。お命がいくつあっても、足りなくなってしまいます。』
『心配してくれて、ありがとう。』
ガタガタ、ガタッ。
『タイカン殿ぉ〜、着きましたよぉ〜』
馭者が声を掛けた。
『あぁ。ありがとう。ミカノっ!おいっミカノ、着いたぞ。起きないか!』
『ふぁ〜、、、あれ、寝ちゃってたのか〜』
『坊っちゃん、着きましたよ。ここが、私のとっておきです。さぁ、ゆっくり見てください。』
ヒミコが鍛治屋の扉を開けると、中には白髪の鍛治師がいた。杖をつき腰を曲げて歩く姿と、先程ヒミコから聞いた話しが重なった。
『おぉ〜ヒミコかぁ。よう来たなぁ〜。なんじゃ、お連れさんも一緒かい?』
『ええ、こちらはタイカン様とご家族の方です。』
『よぉ〜来てくださった。ヒミコが世話になってるんかのぉ。足りない事もあるかもしれませんが、堪えてやってください。』
『お父様、私達がお世話になっているんですよ。こちらへ案内して頂いたのも、私達の子供の為にと連れてきて貰った次第です。本当に素晴らしいお嬢様ですよ。』
『いやぁ〜娘の事を褒めてもらえるなんて、こんな嬉しい事はないですなぁ〜。良ければ嫁に如何ですかぃ?』
『こらっ!なんて事言うの!』
『あちゃ、奥様もおいででしたなぁ〜。しもたぁ〜。』
『ふふふ。面白いお父様ですね。』
サクヤに笑顔が戻って安心した。【ラクヨ】で私が戦う事を考えていたのだろう。ヒミコの話しを聞き終えるてから、ほとんど話しをしなくなっていた。
『ヒミコさんっ!あるかな??ねぇ、あるよねっ!』
『うふふっ。坊っちゃん、少し待っていてくださいね。』
ミカノをなだめると、ヒミコは鍛治屋の奥へ行った。
『なんじゃヒミコ、何か目当ての物を決めておるんか?』
『父さん、昔さぁ私がねだって叩いてくれた刀、残してたわよね?』
『あるにはあるが、それがどないしたぁ?まさか、それか?目当てのもんは?』
『そうよっ。坊っちゃんに見てもらうの。』
『なんじゃぁ〜。刀が欲しいのは子供なんかぁ〜』
『そうだよっ!ぼくの剣を買いに来たんだっ!』
『ほうかぁ、僕の刀かぁ。だけど、あいつの刀はよう切れるぞぉ。危ないんやないか?』
『かたなぁ?ん〜。切れる方がいいよっ!だってぼく、木剣しか持ってないもんっ」
『んんっ。僕も戦っとるんか?」
『そうだよ!この間もね、羽がついたやつを倒したんだよ!今日はそのお金で買いにきたんだ!』
『んんんっ!なんとっ!あの岩礁の魔物を退治したのは、僕だったんかぁ〜!たまげたなぁ〜。』
『えへへっ。でも、ほとんどはタイがやっつけたけどね。』
『いやぁ、たまげた。あの魔物退治の話しは、ここまで噂になっとって聞いとるけど、まさか退治した方々が来られるとはのぉ。たまげたたまげた。』
『父さん、何処に置いたかなぁ?』
『あ〜。どれ、、、おっ、それだ。赤いの。ほれ赤い箱。』
『あっ!あったわ。よいしょっ。』
箱に付いた埃を払い、朱に染まった細長い箱をミカノの前に置いた。多少の傷は付いているが、大切に保管していたのだろう。染められた朱色は鮮やかだった。
『開けていい?』
『勿論ですよ。気に入って貰えると嬉しいですが。』
丁寧に封がされた箱をゆっくりと開封する。上蓋を取ると中には私が使っている剣とは異なる物が現れた。
『はあ、、、』
『坊っちゃん、お気に召しませんか?』
『違うよ。凄いキレイだよ。』
『ミカノ、どうなの?気に入ったの?』
『サク、これ凄いよっ。凄くキレイなの』
『そう、良かったわね。』
『ねぇ、鞘から出してもいいかな?』
『勿論ですよ、坊っちゃん。』
朱色の布で覆われた柄を持ち、朱色で染められた細い鞘からゆっくりと抜いた。細見な刀身は、ミカノの顔が映るほど美しく研がれていた。ミカノも見惚れていた。
『凄い、、、カッコイイ、、、』
そう言いながら指で刀身を触ろうとした。
『これっ!いかんぞっ』
ヒミコの父上が咄嗟に声を上げた。
『あっ、、、ごめんなさい。』
『すまんすまん。僕なぁ、これはなぁ刀と言うてな。』
そう言いながら、ミカノの手から刀を離し、朱色の柄を持ち話した。
『ええか。この反ってる方は触っても大丈夫じゃ。しかしな、こっちの刃先はいかんぞ。すぅっと引いただけで、指が飛んでしまう。この切先も気を付けなさい。』
ヒミコの父上は、丁寧に刀の名称を教えてくれていた。
どうすれば切れるのか、どう抜き、振れば良いのか。保管方法に至るまで、子供相手とは思えぬ程熱心に教えてくれた。
『僕、持ってごらん。』
頷き、再び刀を手にする。柄を持ち刀身を立てた。
『タイ、ぼくこれにする!これがいいっ!』
『あぁ。よく似合っているぞ。』
『坊っちゃん。気に入ってくれて、嬉しいです。』
『ヒミコさん、お幾らだろうか。』
『これは、私からの贈り物として受け取ってください。』
『ダメよ。ちゃんと買うわ。こんなに凄い刀、見た事ないもの。』
サクヤの言う通りだ。
『まいったのぉ〜。娘が貰ってくれ言うとるしなぁ。』
『ねぇ!ぼくが買うっ!自分で買う初めての剣なんだ!お願いっ!』
『坊っちゃん、、、』
『タイ、ぼくが倒した分を貰っていい?』
私は、エビスから受け取った封筒を全て渡した。
『全部使いなさい。』
『うん。ヒミコさん、どうぞ。これで売ってください。』
ヒミコは封筒を受け取ると驚き困っていた。
『坊っちゃん、いけませんっ。このような大金を貰う訳にはいきません。』
『ヒミコや、有り難く受け取りなさい。この子の気持ちを無下にしてはいかん。』
『父さん、でも。』
『ヒミコさん、受け取ってやってくれないか。』
『分かりました。有り難く頂戴いたします。』
ミカノは遂に自分の剣を手に入れた。細見で美しい刀。朱色がよく映える。後で聞いたが、ヒミコの父上は封筒の中身を知って気絶したという。