タイカンとサカノオの過去
雨足が少し緩くなり、馬車の小窓から見える空から雲が白くなっていた。鍛治の街【カヤマ】に向かう道中で、鍛治屋の娘ヒミコに【サカノオ】について話しを聞いた。
『行った事はないのですが、元々田畑も無く荒れた土地と聞いております。民も貧しく、先代の国王が自国を庇護してくれるよう、【ケーハン】に頼み込みにやって来たそうです。親方様の御父上が窮状を嘆き、無償で食料と薬をご提供されたと聞きました。先代が【ケーハン】に来る前に、私財の全てを売り払い民へ配ったという話しを聞き、親方様の御父上は国でけではなく、先代とも個人的に懇意にされていたようです。』
『貧しくも、人格者であったと。』
『そうです。民からの信頼も厚かったと聞いております。』
『それが、なぜこのような事態に?』
『それは、、、、今の国王が、、、』
『ヒミコさん、言いづらい事ならば、、、』
『いえ、お話し致します。今から会って頂く父にも関わる事ですので。』
『お父様に関わる事ですか。。。』
『10年前の事です。【サカノオ】に薬の原料となる草の栽培に成功したと、【カヤマ】でも噂になっていました。私達鍛治をする者は、【ラクヨ】の手前にある鉱山で鉄を取っていましたし、骨が丈夫な魔物も生息していましたので、【ラクヨ】と近いあの国の状況を理解しているつもりでした。荒れ果てた大地は変わらず、【サカノオ】は鉄の採掘を生業としていましたので、薬草の栽培という話しはすぐに信じられる話しではありませんでした。』
『荒れた土地に薬草ですか。』
『その噂があった翌年から異変は起きたのです。鉄の供給量が急激に減ったのです。私達も採掘はしていたものの、大半は【サカノオ】産のもの使っていましたので、大騒ぎでした。親方様の御父上が、使いを出しても門前払いで取り合わなかったそうです。』
馬車は【カヤマ】へと続く道をゆっくりと曲がる。
『更に翌年になると、遂に鉄の供給は途絶えました。鉄を卸してくれていた方も来られなくなり、私達は【サカノオ】の事が全く分からなくなったのです。何度か親方様の御父上にご相談させて頂きましたが、門前払いは続いていたようで、それに業を煮やした私の父が、数人の鍛治師を連れて【サカノオ】に行ったんです。父が命からがら戻ったのは、翌日の朝でした。』
『なんとっ。大怪我を負われたのか。』
『はい。父は、【サカノオ】は魔族だ。魔族になったんだと呟き意識を失いました。それから、あの国は魔族に通じているという噂が流れました。』
『一緒に行かれたという鍛治師の方々は、どうなされたのですか?』
『父ともう一人戻りましたが、、、』
『お一人ですか。』
『戻った時から様子がおかしくて、余程の事があったのか震えるばかりでした。回復する事もなく、その数日後には、、、ご自身で、、、』
『自害されたのか。なんと、お辛いことだったか。』
『幸いにも父は意識を取り戻し、【サカノオ】で見た事を話してくれました。父が国境に着いた時から様子がおかしかったようです。』
ヒミコの話しでは
【サカノオ】の国境付近、【ラクヨ】を越えた辺りには糞尿が散乱し、悪臭が漂っていた。鍛治師の皆は、それでも現状を知ろうと歩を進めると、数人の男と女が見えた。
「おーい。ワシらは、【カヤマ】の鍛治師じゃー」
声を掛けたが、こちらを見ずにその者達は、ごそごそと何かを囲んでいた。
「おーいっ!ちょっと、話し聞かせてくれへんかぁー!」
距離を詰めて呼ぶが、こちらには反応しなかった。
その内真後ろまでやってきて
「おいっ。聞こえへんのかっ」
そう言いながら、女の肩を掴んだ時に異様な光景が目に入った。ぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃ。
振り返った女の口元は、血が滴り、手には臓物がぶら下がっていた。
「うわぁあー。」
手を掛けた鍛治師が驚き後ろに転がると、皆振り返った。
数人で囲んでいたものは、魔物の亡骸だった。彼等は、魔物を素手で解体し、臓物を引きずり出し食っていた。
口から魔物の臓物をはみ出しながら、男が叫ぶ。
「ああああああああ!」
人と思えぬ叫び声が、辺りに響いた。
鍛治師達はたじろぎながらも、後ろに下がろうとした。
「た、助けてくれ!」転んだ鍛治師が手を伸ばした。
バキィっと乾いた音がした。
掴んだ手の先を見ると、転んだ鍛治師の足はあらぬ方向に向いていた。男が踏み折ったのだった。
「キサマぁー!何をするんやぁーっ!」
別の鍛治師が叫びながら、足を折った男に掴み掛かった。
血まみれの口元。目は真っ黒に染まり白目の部分が無かった。どこを見ているのか分からない。胸ぐらを掴んだ鍛治師は、掴んだ事を後悔した事だろう。
胸ぐらを掴んだ鍛治師の手を握ると、鍛治師は声を上げた
「ぐわあああ。」
鍛治師の手首は握り潰され、原型を失くしていた。
足を折られた鍛治師は、いつの間にか女に担がれていた。
細い腕と身体の何処に、そのような力があるのか。
そこで起きている全ての事に恐怖した。
手首を握り潰された鍛治師も気を失っていた。ヒミコの父上は、その場から走りだし逃げた。どこをどう走ったのか分からないまま、ただひたすらに目を閉じ走った。気付けば、坑道が崩れてできた裂け目に落ちていた。
辺りは静かで、何の気配も無い。ただ暗い裂け目で、むせび泣いたそうだ。明るくなった頃に裂け目を這い出て街に帰ってきた。手足の骨に加えて、腰骨も折れていた。その状態で裂け目から這い出て、辿り着いた事は奇蹟だった。