タイカンとヒミコ
難しくややこしい話しが続き、ミカノは退屈そうにしていたが、重い空気を感じとっているのか大人しく座っていた。合間にサクヤや紅茶を淹れてくれる女と話していたが、我儘は言わずにじっとしていた。
『タイカン、どないすんねや?行くんか?』
『エビスは、私が助けに行く事に不満か?』
『不満っちゅうことはないけどやなぁ。』
『では、サモンの部下が壊滅してもいいと?』
『そんな訳あらへんがな。あのおっさんは嫌いやけど、あいつらの中には、知った顔もおるし。それに、副長とは筋肉達磨の愚痴を言い合ってた仲やし、、、何とかしたいっちゅうのはおんなじ気持ちや。』
『ならば、答えは決まっている。ただ、準備が必要なだけだ。私はこの国の事も、相手の事も知らなすぎる。』
『タイカン、、お前、、、』
『エビス、ここから【カヤマ】に行って帰ってきても、夜の宴には間に合うか?』
『えっ?【カヤマ】か。そりゃ全然間に合うが。』
『そうか、ならば案内の手配をお願いしたい。ミカノとサクヤを連れて、新しい剣を買いに行きたいんでな。』
【カヤマ】と【新しい剣】を耳にしたミカノは、蘭々と目を輝かせていた。
『そりゃ勿論かまへんけど。それも準備か?』
『ああそうだ。それに道中で、この国の事を見て回ろうかと思ってな。』
『まぁそない時間がある訳やないから、ある程度で帰って来てくれるんならええけどな。』
『ああ、分かっているさ。親方様を待たせる訳にはいかないからな。街に詳しい者がいると助かるんだが。』
『そしたら、ヒミコが適任やな。』
『あっ!紅茶のおねぇさんだね!』
『なんやミカノくん、名前知っとんたか。』
『うん!さっき話していたから。』
『そうか、ヒミコさんて言うのか。』
『そや、ヒミコは【カヤマ】の出身で、俺が紹介しようとしてた鍛冶屋の娘なんやわ。』
『それは、本当に適任だな。頼めるか?』
『ほな、言うてくるし門の外で待っててくれや。』
雨が降ってはいたが、木々の葉が雨除けになっている。
門前に着くと馬車が一台停まっていた。
『タイカン殿ですね。エビス様より聞いております。お乗りください。』
『ありがとう。あと、もう一人来るんだが』
『ええ、聞いております。間もなく来る頃かと思います。』
遮る物がなくなったか雨粒は、馬車の屋根を叩く。
ミカノはサクヤに、あんな剣が良い、こんな剣がいいと楽しそうに話しを弾ませていた。
『すいません。遅くなりました。』
馬車の外から女の声がする。
『ヒミコさんですね、どうぞ入ってください。』
馬車の扉を開け招き入れた。
服に着いた水滴を払い、いそいそと私の隣に座った。
先程までは気にしていなかったが、目鼻立ちがしっかりとして美しい顔をしている。
『ご挨拶が後になってしまいまして、申し訳ございません。侍女のヒミコと申します。宜しくお願い致します。【カヤマ】は故郷ですので、何かお聞きになりたい事がございましたら、何なりとお申し付けください。』
頭を下げる仕草も気品があり、しっかりとした教育を受けているのだろう。挨拶を済ませると、馬車は動き出した。
『ヒミコさんっ!ぼくの剣を買いたいんだっ!』
『左様でございますか。では、坊っちゃんに合う物を探さないといけませんね。お好みはあるのですか?』
『カッコイイやつだね!』
『それはそれは、中々に難しいお題でございますね。』
『、、、無いのかなぁ〜。』
残念そうな表情をするミカノに、ヒミコは続けた。
『坊っちゃん。お任せください。このヒミコが、とっておきの鍛冶屋にご案内いたします。』
『えっ!本当にぃっ!やったぁ!!サク、とっておきだって!絶対、カッコイイの見つかるよ!』
『ふふふ。そうね、ヒミコさんに来てもらって良かったわ。ヒミコさん、ありがとうございます。宜しくお願い致します。』
『滅相も御座いません。私のような者が、お役に立てるか分かりませんが、精一杯努めさせて頂きます。』
ガタガタゴトゴトと進む馬車、屋根にボッボッボツと雨が当たる音が鳴る。心地よい旋律に、ミカノはぐっすりと眠ってしまった。
『ヒミコさん、聞いてもいいかな?』
『はい。タイカン殿、何でございましょうか。』
『ヒミコさんは、【カヤマ】で生まれ育ったのですよね。』
『はい、、、いえ。育ったのは、これから行きます鍛冶屋の家でございますが、私は孤児でございますので生まれまでは分かりません。』
『それは、すまない事を聞いてしまった。』
『いえいえ、父は男手一つでしたが、何不自由なく私を育ててくださいましたので。お気になさらず。』
『では、他国の事を聞いてもいいかな?』
『はい。私の知る事は微々たるものかもしれませんが、よろしけばお答えいたします。』
『どんな事でもいいんだが。【サカノオ】について知っている事はあるかな?』
ヒミコは、【サカノオ】と聞き顔が少し曇った様子だった。
『答えづらければ構わないから。』
『申し訳ございません。そういう訳ではございませんので、大丈夫です。』
『そうか、なら良いが。』
少し曇った顔と、薄暗い中に降りしきる雨が重なる。