タイカンと来訪者
親方様との交渉も上手く進み、一旦解散となった。夜には私達を招いて宴を開いてくださるという事で、私達はエビスと共に元いた部屋へ戻った。エビスは何を急いでいるのか、足早に私達の前を歩いていた。
バタン。部屋に入り、扉が閉まるや否や
『精霊様ってほんまかいなぁ〜!』
目を丸くする私達を他所に続けた。
『あかんっ!色々ありすぎて、頭ん中がわやくちゃや。』
『サクヤさんは精霊様やいうて、ミカノくんは光の精霊術を使えて、ほんで、、、ほんで何やった?あぁ〜筋肉達磨の事は、もうええか。しかし、あのおっさんが謝っとったんは、おもろかったなぁ。ちゃうわ、、え〜、、、ほいで、、、』
『落ち着けエビス。黙っていたのは、悪かった。』
『タイカン、俺は怒ってる訳やないんやで。驚いて驚いて堪らんだけや。この間会ったばかりやから、知らん事は多少あっても仕方ない事やけどやな、まさか精霊様って。』
『エビスさん、黙っていて本当にごめんなさい。あんなに良くして貰っていたのに。』
『いやいやいやいや!やめてください。エビスさんとか言わんとってください。エビスで構いません。あれやったら、「お前」でも「おいっ」でも構いませんので、「さん」は付けんとってください。親方様にしばかれます。』
『ふふふ。では、タイカンと同じようにエビスと呼ばせてもらいますね。ふふ。』
トントントン。部屋の扉を叩く音。
『は〜いっ誰やぁ?いま取り込み中やで』
『サモンだ。開けてくれ。』
扉越しの会話。
『隊長、何の用でっか?まさか舌の根も乾かん内に、まだ文句がありますのか?』
『ふんっ。そんな事はない。折り入って頼みがあってきた。取り込み中なら後にするが。』
エビスが私に視線を合わせた。
『入ってもらいましょう。』
エビスにそう伝えると、エビスは部屋の扉を開けた。
『ほな、どうぞ。タイカン様と精霊様が構わんって言うてますから。』
無愛想極まり無いが、エビスとサモンは本当に仲が悪い。
『サモンさん、サクヤに用事ですか?』
『いや、タイカン殿に相談があってな。』
『私にですか?』
サモンは、神妙な面持ちで立っていた。
『そんな部屋の入口で立ってんと、こっち座って話ししたらええやん。紅茶淹れるから、さぁ早よ座り。』
流石に、エビスもサモンの様子から無下に扱う事をやめて、部屋に迎い入れた。』
『どういうお話しですか?私にできる事なら、協力はしますけれど。』
『貴殿の腕を見込んで、頼みたい事があるのだが。』
『腕?何か揉め事でもあるのですか?』
『東の【ラクヨ】の事は聞いているか?』
『え〜と。【ラクヨ】、、、エビスから道中に聞いた街の事ですね。今はこの国から離れたとしか聞いてませんが。』
『何やサモン隊長、また境目で暴れとるんか?』
エビスが話しの内容を聞き出した。
『ふんっ。まあ、そういう事だ。』
『あいつら、好き放題しよって。』
『サモンさん、聞かせて頂いても?』
サモンの話しでは
元々【ケーハン】の国に属していた【ラクヨ】の街は、隣接する【サカノオ】の国に寝返っていた。
寝返った理由には様々な憶測があったが、表向きは【ラクヨ】の守護者の娘と、【サカノオ】の王家の者が婚姻した事が原因となっていた。その【サカノオ】には、良からぬ噂が絶えずあり、その中に魔族との繋がりがあるという噂も流れていた。【サカノオ】に寝返ってからというもの、【ケーハン】と【ラクヨ】の国境で揉め事が頻発して起きていた。
『お話しは分かりました。それで、頼みというのは?』
『先日、国境を任せていた副長が、片腕を失くす大怪我を負いました。今までは、揉め事と言っても互いに牽制する程度だったんだが、ここに来てかなり手荒な事を繰り返しているという。』
『そうですか。それは、心配でしょう。』
『サモン隊長。あんた、タイカンに代わりに行って倒して来いって言うてんのか?それは、あかんで。これは、俺達の国の話や。巻き込んだらあかんわ。』
『いや、そこまでは、、、。』
『ほな、何や?何をしてもらおう言うねん?』
サモンは剃髪された頭を机にぶつける程に下げた。
『タイカン殿、私の部下達を助けに行ってはくれないか。』
『サモンさん、とりあえず頭を上げてください。』
サモンは、頭を下げたまま話した。
『タイカン殿、私の部下は今もあいつらと睨み合いの状況が続いていると報告を受けています。頑強な砦まで下がったとはいえ、副長が倒れた状態では、壊滅もあり得る状況です。』
『事情は分かりました。分かりましたが、、、なぜサモンさんは動かないのです?あなたの部隊が危機的状況になっているのに、こうしてここにいるのが理解できません。』
サモンは顔を上げようとせず、私の問にも答えない。
『タイカン、俺が代わりに話すわ。せやけど、俺はタイカンが出ていく事やないと思ってる。だから、理由は言うが手を貸す貸さんは、しっかり考えてくれ。』
エビスが説明したのは
今、【ケーハン】は【サカノオ】以外にも【キイト】【ヨゴ】の国ともそれぞれの国境で揉めているということだった。特に【キイト】は国力も強く、三国の中で【ケーハン】と同等の力を有しているという。その【キイト】との防衛戦が主戦場となっている。だから、【ラクヨ】に人を割けない状況が続いているのだ。ましてや、隊長であるサモンがここを離れる訳にはいかないというのが、顛末だ。
『まぁ、そういう話しやねんけどな。実は俺達海上部隊も、【ヨゴ】との緊張は続いてんねやわ。』
『そうか。国とは厄介なものなのだな、、、。』
『いいかしら。』
サクヤが割って入った。
『タイカン、事情は聞いて分かったけれど、魔族との繋がりは凄く気になるわ。軽はずみな返事は、サモンさんにも部隊の方々にも失礼だと思うの。もう少し考えさせて貰った方がいいんじゃないかな。』
『サモンさん、お顔を上げてください。』
サモンは顔を上げた。でこは赤くなり、眉間に皺が寄っているが怒りの表情ではなく、切なる願いをしている表情が読み取れた。
『快諾したいとは思いますが、サクヤの言う事も正しいかと思います。どうでしょうか、今晩の宴の席でお答えしますので、待って頂けませんか。』
『それは、勿論です。無理な事を承知で話していますから。何卒、宜しくお頼みします。』
そう言い残し、紅茶に手を付ける事なく神妙な面持ちのまま部屋を去った。巨躯な背中は、当初の印象よりも小さく丸みを感じた。エビスから依頼された魔物の討伐とは違い、国同士の争い事。さて、どうしたものか。