タイカンと親方様
エビスと共に城内に入った私達に、いよいよ親方様との対面が迫っていた。途中で出会った、ベンテンやサモンというエビスのお仲間の事は、とうに頭から抜けていた。
サクヤにしては珍しく、肩に力が入っていた。
重責を与えてしまったのではないかと感じていたが、掛ける言葉も見つからない。
トントントン。扉を叩く音がした。
『俺や、タイカン。入るで。』
エビスは、入った途端に重い空気を察したようで
『なんやぁ〜葬式でも始まんのか?、、、ちゃうかっ。』
『ははは、、、はぁ』
サクヤは愛想笑いを浮かべるだけで、顔は強張っていた。
『やっぱり緊張しとんなぁ〜。』
エビスは、振り返り部屋の外に声を掛ける。
『お〜いっやっぱりあれ淹れて持ってきてくれやぁ』
『は〜い。ただいまぁ〜。』
女の声がして、パタパタと走る音。
『サクヤさん、ちょっと待ってや。いま、とっておきを持ってきて貰うさかいにな。』
『えっ。そんな、だ、大丈夫です、わよ。』
『くくくくっ。こりゃ、重症やなぁ〜』
トントントン。扉を叩く音。
『来たかぁ、ちょい待ちや、開けるわ。』
大きな盆を持つ女が、招き入れられた。
サクヤの前に湯気の立つ壺や変わった形の器、そして筒などが並べられた。
『ほな、頼むわ。そっち終わったらこっちにも同じの頼むわな。』
『かしこまりましたぁ。』
女は手際よく、筒から茶色の葉を取り出し器の中へ入れ、湯気の立つ壺から湯を注いでいく。数分間そのままにしていると、部屋に芳醇な香りが広がっていった。
持ち手が着いた湯呑に網目の器具を置き、香る器から注いでいった。
小皿に湯呑を乗せてサクヤの前に置かれた。
『紅茶でございます。』
湯気と共に香りは強くなっていた。
『まぁ〜いい香りだわぁ』
サクヤは一口飲むと、ほほが徐々に赤くなり肩の力が抜けていた。
『どうや?美味いやろ?』
『ええ。それにいい香りで、ほっとしちゃった。』
『ゆっくり飲んでから、行こか。』
『ありがとうございます。』
サクヤに振る舞われた紅茶は、ミカノと私にも淹れてくれた。確かに香りといい味といい、落ち着く飲み物だった。
落ち着きを取り戻た私達は、エビスに連れられ親方様が待つ部屋へと案内された。
扉が開かれると、奥行きのある部屋には、数名が先に入っていた。一番奥の正面に座る人影が、親方様だろう。少し距離はあるが、その威風堂々とした姿と纏う空気感が、それと分かるものだった。
エビスを先頭に歩みを進めると、左右には先程出会った者がいた。剃髪で眼光鋭い巨躯の男。サモンだ。私達を見下げているのは、身長のせいなのか、下に見ているのか。
軽く会釈をし、前を通り過ぎる。
親方様のお顔がはっきりと見えた。
綺麗に纏められた髪、端正な顔立ちで年の頃は私やエビスと変わらないか。しかし、纏う空気は国を治めている事を納得させるものだった。戦いの強さとは違う、意志の強さを感じた。
エビスが話し出してくれた。
『親方様。お連れしました。』
『エビス、よう戻った。大義だったな。』
『はっ。有難きお言葉、幸せにございます。』
エビスはお辞儀をし、横にずれた。
『タイカン、よくぞ参ってくれた。』
エビスの仕草を真似てお辞儀をする。
『私のような者達とお会いになって頂き、感謝申し上げます。』
床を見ながら感謝をつたえた。サクヤと、ミカノも連なってお辞儀をした。
『よい。顔を上げてくれ。』
『はっ。』
『エビス、サモン。奥の部屋の準備を頼めるか?』
『はっ』
『はっ』
二人は仲違いの様子を感じさせない程の揃った返事で、サッと動いた。
親方様の座る奥では、ガタガタと何やら運び入れる音がしていた。
『親方様、どうぞ』
『さて、タイカン、サクヤ、ミカノ。こちらへ』
親方様が立ち上がるのを待ち、後を付いて歩いた。私達の後ろに、親方様を呼びに来たサモンが歩いた。
『親方様、どうぞ』
奥に行くとエビスが待っていて、同じように親方様に声を掛けていた。
長い机に椅子が用意されていた。
左手には三脚、右手に二脚、正面の椅子は親方様の特注か、装飾された椅子が置かれていた。
『皆、座ってくれ。』
親方様が座るのを待った。
『今日は、ワシに取っても嬉しい日でな。まずは、礼を言いたい。魔物を倒し、民の願いを叶えてくれたと聞いた。ありがとう。』
親方様が最初に感謝を述べてくれた事で、空気が和んだ。
『いえ、とんでもないです。エビスさんにお世話になりまして、そのお礼にと、お力添えをしたまでですので。』
『そのように言ってくれてるか。エビスよ、良い友が出来たようだな。』
『はっ。』
『それと、【シガ】の魔物の件も聞いた。タイカン、お前は素晴らしい力を持っているようだな。』
『ありがとうございます。』
『元はといえば、【シガ】も我らが【ケーハン】の一部。本来ならば、ワシが陣頭指揮を取り魔物の殲滅をすべき事。すまなかったな。苦労を掛けてしまった。』
『お気になさらないでください。私達は、ただあの島で生き抜いたに過ぎません。島以外の事は、全く知る由もない事でした。』
『エビスの手紙の通り、本当に真っ直ぐな男だ。なぁサモンもそう思うだろう。』
親方様はサモンに私達の印象を聞いた。
『恐れながら申し上げても宜しいでしょうか。』
『かまわぬ。申してみよ。』
『私は、まだ此奴らが如何ほどの者か、疑わしく思っています。』
サモンの言葉に反応したのはエビスだった。
ガタッと椅子が動く音がした。
『サモン隊長、俺の事なら何言うてくれても構わんが、客人に対してそれは失礼やないかいのぉ』
いつものエビスとは違う低く響いた声が緊張感を増した。
『ふんっ。俺が何を思おうが、貴様には関係ないであろう。俺は親方様にお話しておるのだ。黙って座っておれ』
『な、なんやとぉ』
対面に座る二人が、一触即発なのは明らかだった。
『もうよいっ!』
親方様の声が机の上を走った。
『サモン、如何ほどの者とは言い過ぎではないか。魔物も倒し、【シガ】からやってきたのだ。相当に腕の立つ立派な者であろう。』
『申し訳ございません。しかし。いや、だからこそ、、、』
『お前、ええ加減にしとけよっ!』
エビスは、我慢出来ず椅子から立ち上がり声を荒らげた。
『エビスっ!座らぬかっ!!』
親方様は、再び一喝した。
『エビス、お前の足りぬ所は我慢だ。以前から言っているだろう。短気は何も産まぬ。怒りに任せて、この場を荒らした果てに何が残る?お前の友が悲しむ結果になるとは考えられぬのか。』
『。。。。申し訳ございません。何卒、お赦しください。』
『いいから座っておれ。』
親方様に促され、エビスは座り直した。
『サモン、何が気に食わんのだ。』
『恐れながら申し上げます。先日の羽の魔物程度であれば、多少腕の立つ者というぐらいで留まる話しでしょうが、あの島の魔物は比較にならない程と、私達は伝え聞いておりました。』
『ワシもそう伝え聞いておった。だからこそ、手が出せ無かったのだ。』
『はい。しかし、その魔物を倒したと。更には、たった一人で殲滅したなど、もはや人外のそれではないかと。』
『サモン。お前はタイカンが魔物の類ではないのかと申しているのか?』
『お待ち下さい親方様っ!』
『エビス。今ワシは、サモンと話しておるのだ。』
『。。。。っく』
『タイカンとやらが、魔物そのものなのか、その類なのか私には判断がつきませんが、その女と子供からは、人ならざる物を感じるのは確かです。』
サモンがそう言い切ると、場が静まり返った。