タイカンと首飾り
エビスが私達に用意してくれた綺麗な服は着物といい、この国では正装だという。初めて袖を通した着物は窮屈さも相まって背筋が伸びた。正装で出掛ける先にいるのは、国王だという。エビスといると、全てが急展開だ。
馬車の中、ミカノは【偉い人】が気になっていた。
『へぇ〜親方様って、ここで一番偉い人なんだぁ~。ヤス様と一緒だねぇ〜』
『ん?なに?ヤス様やて?ミカノ、それは誰なんや?』
『ぼくの街の長だよ~。優しいおじぃちゃんなんだ。この間も、エビスさんに渡すお土産一緒に選んでくれたんだ。』
『おぉ〜そうかそうか。そやでぇ、おんなじやで。一番偉い人や。そんで、ヤス様と一緒に俺に土産持ってきてくれたんか?』
『あっそうだ。渡すの忘れてたよ。』
ミカノは、袋から首飾りを取り出した。
『おっ!首飾りかぁ〜。何やカッコええやんかぁ』
『でしょ〜。最近、ぼくの街で作っててね、男の子はみんな付けてるんだ!ほらっ!』
ミカノは着物から自分が付けている首飾りを出して見せた。そのような物をいつから身に付けていたのか。私には観察力が足りて無いのかもしれない。
『ほんまや。お揃いなんかぁ。嬉しいわぁ』
そう言いながら、隣に座るミカノの頭を撫でた。
『ん?なんや印が付いてるなぁ』
エビスは貰った首飾りに付いている印を見ていた。
『うんっ!それはねぇ、強い男の印なんだっ!』
『ほぉ~強い男か。俺にぴったりやがな。ハハハ。』
『えへへっ。それね、タイカンの剣と一緒なんだよ。ぼくが最初にね、街の人に教えてね、作ってもらったんだよ!』
『私と一緒の印?なんの事だい?』
初めて聞く話しに、私も興味が湧く。
『ほら、タイの剣だよ。【深淵】の証だよっ』
首飾りの印を見せながら説明してくれた。
『そうか。それで、私と同じという事か。街の子達が喜んで付けているならいいが』
『めちゃくちゃ喜んでるよ!だって、タイは英雄だもん』
エビスはそんな私達の会話を他所に首飾りの印をじっと見ていた。
『これが、、、【深淵】の証なんか、、、。』
『ん?エビスも知っているのか?』
『ふっ、ふはははは。』
エビスは、答えずに急に笑い出した。
『いや、ほんまにお前はおもろい奴やで。ふははは。』
『??』
『まぁこの話しは、別の機会にしようや。今は、親方様に集中しよか。』
そう言うと、首飾りを付けて服の内に入れた。
【深淵】の証は、島で手に入れた剣だ。大昔から島のとある場所に祀られていた。私はそれを譲り受け、オニを殲滅する事ができたのだ。
『なんだよ、すっきりしないな。でもそうだな、今は交易を成功させる事を優先しなければ。』
『サクヤさん、今日はどれくらい持ってきたんや?』
『はい。今日は10本、持参しました。まずは、様子を見させて欲しいと思って。』
『そりゃ、懸命な判断やな。足元見られたら、安く買い叩かれてしまいや。』
『ええ。何せ、島の未来が掛かってますから。』
『タイカン、お前ええ嫁さんもろたなぁ〜。べっぴんさんやだけやなくて、頭もええ。言うこと無しや、羨ましい限りやで。』
エビスは、私達の関係を夫婦と思っているようだ。否定したところで全てを話す訳にはいかないので、私達は受け入れていた。
『そうだな。サクヤのおかげで、私の出番はなくて済みそうだよ。』
『もうっ。褒めても何もあげないわよ。』
馬車から見える景色が変わった。港町を抜け、田畑が広がる場所に出る。往来の人も少し減っていた。
大きな十字路に差し掛かるとエビスが話し始めた。
『この道を右に行くと【カヤマ】の街や。【ナーラン】とちごうて、山に囲まれとってな。また違う雰囲気やけど、ええ街やで。剣を買うなら【カヤマ】がお勧めやな。なんせ【鍛治師の街】言われてるぐらいやから。』
『そうか、山に囲まれた街に、【鍛治師の街】か。剣も買えるなら、一度行ってみようか。』
見なくてもわかる。ミカノはきらきらしていた瞳で私を凝視している事だろう。
『真っ直ぐ進めば、親方様の城がある【ケーハン】の中心地【オーミ】や。』
『右が【カヤマ】で、私達がいくのが【オーミ】か。エビス、左に行くとどこに出るんだ?』
『あぁ。今はどこにも出れへんねや。』
『どこにも出れない?』
『いや、【ラクヨ】っちゅう街はあるんやけどな。今は【ケーハン】の国から離れてしもてな。簡単には行けへんっていう意味や。』
『なんだか、不穏な感じだな。』
『そやな。まぁ、どこにでもゴタゴタはあるわな。』
エビスは窓から【ラクヨ】の方角に目をやり、眉をひそめた。その様子を見て、それ以上聞くのをやめた。
『さっ、もうすぐや。この田んぼ抜けて、城下町に入ったらあっという間に到着するで。』
『まぁ城下町だなんて、楽しみだわっ。』
ガタゴトと進んでいく馬車は、真っ直ぐ【オーミ】の街へ進んでいく。往来の人の中に、甲冑を来た者が少しずつ見えた。城が近いのだろう。
【ケーハン】の国王、親方様とは一体どのようなお方なのか。私達の到着を待ちわびてくれているようだが、実際に会って落胆でもされたら、立ち行かなくなる。
サクヤの交渉力を信じるしかない。ここで頼れるのは、サクヤしかいない。