タイカンと再出発
街に潤いをもたらす角の刈取りを終えて、長の屋敷に戻った頃には深い夜。寝静まった街の中に長の屋敷だけは、灯りがともり私達を迎えてくれた。
静かにドアを叩き、屋敷の中へ。
長は深夜にも関わらず、起きて出迎えてくれた。
『お〜。お疲れ様。何か食べるか?残り物で申し訳ないが、すぐに用意できるぞ。』
『こんな時間まで、待っててくださって。また、明日にでも頂きますので、おやすみください。』
サクヤは長を気遣い、そう声をかけた。
『そうか。そしたら、そうさせて貰うかな。お茶やらは好きに使ってくれて構わんからな。あぁ、ミカノは私の部屋で寝てるから、あっちの客間の布団を使ってくれ。』
『ありがとうございます。』
『うん。おやすみ。ふぁ~』
目をこすりながら、長は自室に戻った。
私達も食欲より睡眠欲が勝っていたので、そのまま客間で寝かせて貰った。
翌朝、長とミカノは角の運用について話しをしていた。
『今日は、少し男手を借りて角を街まで運びましょう。』
『よしっ。任せておくれ。』
『その後ですが、最初は10本程あちらに持っていき、どれ程の価値になるのか、どれぐらいの期間で使用されるのかを調べますね。』
『なるほどなぁ。価値を調べた上で、持ち出す量を調整していくんだな。』
長はサクヤの考えを理解しているようだった。昨日の私とは違って。一日之長か、思慮深いのか。何にせよ、交易に対する考え方がまとまって安堵した。
朝から街を出発し、再び戦場を訪れた。長が声を掛け集めてくれた男衆は、持参した荷車に角を積んでいく。
男衆は最初こそ骨が散乱するこの場所に戸惑っていたが、小一時間もすれば、黙々と角を積む作業に集中していた。
今日もミカノは、長と共に街に残した。
船の整理と食料の追加をお願いした。ミカノは、やはり不貞腐れていたが、長が上手くなだめてくれていた。
『この調子なら、夕方過ぎには戻れるか』
『そうねぇ。出発は明日ね。ミカノ、だいぶ不貞腐れていたから、剣のおねだりは絶対叶えてあげなくちゃね。』
『確かに。。あっ。サクヤも向こうに行ったら、何か欲しいものを買ってくれよ。』
『え?なんで?私、不貞腐れてないけど』
『違うよ。交易の事だよ。サクヤがいなきゃ、全部持っていってそれで終わってたかもしれないし、ミカノの事もずっとお礼したいと思っていたんだ。』
『あらっ。なによ。そんな気遣いできるなんて』
からかうサクヤに
『それぐらいできるわっ!』
おどけて返した。
『アハハハ』
二人で話していると、荷造りを終えた男衆が声を掛けてきた。
『仲のいい所悪いが、終わったよ。帰ろうか。』
私達は互いを見て、再び笑った。
『そうだな。ありがとう。帰ろう』
戦場には似つかわしくない光景だったが、こんな些細な事で平和を感じる。街から来た男衆にも笑みが浮かんでいた。こんな場所でも笑えるようになったんだ。
角を運ぶ荷車は15台。一列なった車列は、真っ直ぐに未来へと進んでいた。
夕方過ぎに街に着くと、車列を待ち構える者で街道は溢れていた。ある者は、角に不安な顔を浮かべている。ある者は、新しい交易品として迎い入れている。ある者は、静かに涙を流している。
皆には、一人一人違う思いがある。あって良い。
恐怖し嫌悪しても良い。悲観し落胆しても良い。歓喜し狂乱しても良い。全ての行き先が平和な世界であれば。
その時その時に、互いの思いをしっかりぶつければ良い。そして、必ず他者を尊重する心を忘れなければ良いのだ。
今は空き家となっている長の屋敷のすぐ隣が、角の倉庫となった。事前に整理された場所に、大きさと長さをある程度揃えて棚に並べて収納した。いずれは価格や用途に分けて分類をしていくという。
『長、皆の事宜しくお願いします。』
『あぁ。大丈夫だ。わかっているさ。話しをする時間なら、たんとあるんだ。心配するな、タイカン。』
やはり長になる方は違う。常に街の事、暮らす人、関わる物に目と気を配り、最善の方法を模索している。そんな長だから、安心して【シガ】を離れる事ができるのだ。
翌朝の出発に備えて、準備を進めた。
『ミカノ、エビスへの土産は何にしたんだ?』
『おしえな〜い』
小憎らしい顔を向けてくるので、付き合った。
『なんでだよ〜。教えろよっ』
『おしえな〜いったら、おしえな〜い』
連れて行かなかった事が余程不満だったのか、それの仕返しか。
『まぁまぁ。いいじゃないのっ!ミカノ、明後日には大陸だよっ!カッコイイ剣見つけようね!』
『そうだった!うん!めちゃくちゃカッコイイのにするんだっ!サクも一緒に選んでよっ!』
『良いわよ〜。でも、タイカンはどうするぅ〜?連れてくぅ〜??』
『付いてきてもいいけどぉ。』
『お前ら、いじわるするのかぁ〜っ!もう買ってやらんからなっ』
腕組みをし、いじけた振りをする。
『タイ〜。ごめ~ん。一緒にいこっ!ねっ!』
私の腕を掴み、可愛い顔でお願いされたら断れない。
『しょうがない奴め。それじゃあ、街で一番カッコイイの買ってやるかっ!』
『やったぁ〜!!』
朝陽が昇る前の岸辺。前回同様、松明を片手に長が見送りに来てくれた。
『気をつけて行っておいで。決して無茶な事はせずに、いつでも戻ってきなさい。何度だってやり直せるのだから、気負わずな。』
『はいっ!私には、サクヤもミカノも付いていますので、私の無茶は、二人が止めてくれるでしょう。安心して待っていてください。』
長は新たな書簡を渡してくれた。
『タイカン。前の書簡と交換だ。これを持っていってくれないか。』
『確かに受け取りました。』
封をしたままの書簡を交換し、私達は再び航海に出る。ざぷん、ざぷんと穏やかな波を乗り越えると、岸辺の松明は小さくなっていた。
無人島で一泊、そこからはサクヤの秘策であっという間に渡りきる予定だ。
この短期間の間に、無人島を三度も訪れると親しみが湧いてくる。
『この島、タイカンって名前じゃだめかな。。。』
そんな事を無人島の砂浜で星空を見ながら呟いた。
二人の返事はなく、寝息をたてていた。
波を抜けて来た穏やかな風は、変わらず心地よい。
星空と私の間には、遮るものはない。
まるで星空の中にいるのかと錯覚する程に満天の空。
この無人島は心地よいのだ。
『やっぱり、タイカン島ってダメかなぁ。。。』
明日も早い。就寝時間だ。