タイカンと航海
早朝の初夏の風が心地よい。春に産まれた草木の間を縫うからなのか、遠く広い海を渡ってきたからなのか。浜辺には、ざぷんと波の音ともに上下に揺れる船。島一番の漁船を長が用意してくれた。街の漁師も快く貸してくれたという。
戦火に焼かれ、漁をする術も口伝されずに四苦八苦していた中で貸してくれた事、感謝しかない。
船出までの間、肝心の航路について調べていた。
長の記憶と街に残る年寄りの話しをすり合わせていった。皆、自分では海に出てはいないため不安は残るが仕方ない。聞くと、半日ほどで、小さな無人島があるらしい。昔の漁師はそこで一泊したと、よく話していたそうだ。
そこを拠点に北、東、西と幾日か漁にでていたらしい。
そこからは、北東に舵を取ると一直線で大陸という。
まぁ大雑把な話だ。しかし、それ以外に頼るものはない。
無人島で船の調子を整えて、先に進むか。
サクヤは、秘策があると家に籠もって何やら造っていた。
覗き見を試みたが、秘密だと言い不敵に笑っていた。嫌な予感しかしない。
ミカノはまだ見ぬ大陸へ希望と妄想を膨らませていた。
私やサクヤにとっても冒険だと感じているのだ、ミカノからすればとんでも無く胸が高鳴るのも理解できる。
夜が明け始めた頃、岸辺には松明を持つ長が見送りにきてくれた。3日分程の食料と共に、【ケーハン】国宛の書簡を受け取った。
『タイカン。サクヤさん。ミカノ。三人が無事に帰ってくれさえすれば、それ以外の事は気にしなくていいから。危険だと感じたら、すぐに戻ってきなさい。』
『ありがとうございます。任せてください。』
『行ってきますね。』
『帰ったら、いーっぱいお話するから待っててねっ』
岸を離れ、松明を降る長が小さくなっていく。船は順調に沖に出た。朝日が昇り穏やかな波間を進んでいく。時折やってくるカモメにミカノは手を振っている。
遠くの方では、魚が跳ねたのか小さな飛沫をあげている。
帆に適度にあたる風は、順調な航海を支援してくれていた。
『ふぁああ』
ミカノが大きなあくびをしながら背伸びをしていた。
『昨日もほとんど寝てなかっただろう。途中の島までもう少し掛かりそうだから、寝てていいぞ。』
『ふぁあ〜。う~~ん。』
『ほら。何か見つけたら起こしてあげるから、寝てていいわよ。』
私達に促され、ミカノは横になった。
『ぜったい言ってよ!ぜったいだよ!』
太陽が高くなり、一眠りしたミカノと共に船で軽食をとる。その後も穏やかな航海は続き、目的の無人島へ到着した。
『さぁ。今日はここで一泊するぞ』
船を手頃な気に括り、無人島に入る。
サクヤとミカノが小さな島を探索している間に船の様子を見る。問題はない。本当にいい船を貸してもらえた。荷をほどき、寝床の準備をする。焚き火を起こして、間もなく二人は樹の実を抱え帰ってきた。
『おっ。大漁だな。』
『えへへっ!サクと一周してきて、見つけてきたよ』
『もう火も付けてくれてたのね。ありがと。』
『よっし。ご飯食べたら、明日も早いし寝るぞ!』
長がくれた食料と樹の実を食べ、星空の下で川の字。
『タイ〜。あしたは、見た事ないもの見れるかなぁ』
『そうだなぁ~。何が出てくるか。きっと見れるさ。』
『はやく見たいなぁ〜。』
『サクヤ、そういえば秘策はどうなったんだ?』
『ふふっ。明日お披露目よ』
『勿体振るなぁ。まぁ楽しみにしとくよ。』
耳障りの良い、波の音と風で揺れる木々の音。初めての航海で緊張していたのもあったのか、すぐに眠りについた。
ガサガサ。ゴソゴソ。トントントントン。ガチャッ。
朝陽が昇り始めたた頃、物音で起きた。
『う~~~ん。ん?サクヤ?』
『やっと起きたわねっ』
『あぁ。おはよう。なにしてるんだ?』
『あっ!タイ〜!遅いよー!これスゴイんだよーー!』
サクヤは、何やら船に取り付けていた。
『さぁ!これが私の秘策よ!!』
サクヤが見せてくれたのは、船の後に取り付けた箱だったが、何が秘策か全く分からなかった。
『は、はぁ。秘策。。。ですかぁ』
『まぁ、出発したら分かるわよ。ねぇミカノっ』
『うん!ぜったい、びっくりするよ!』
船を木から外し、帆を張ろうとすると。
『ふふふ。ちょっと待ちなさい。』
腰に両手を当てて、ふてぶてしく立っているサクヤとミカノが、私を見ていた。
『えっ?帆を張ってからでいい?』
無言で人指し指を左右に振り、笑うサクヤは取り付けた箱に手を当てた。
『ミカノ。いい、これは【風】を【光壁の膜】で一箇所に留めておく力だよ。』
サクヤは、ミカノにそう話すと箱が光を帯びた。
『二人共、落ちないように掴まってよぉ〜』
掛け声と共に急加速した船は、昨日までの穏やかな波間を進む様子から一変し、風を切るような速度だった。
『わぁーーー!!大成功だぁーーー!!』
ミカノは風を受け、喜び声を上げた。
歓声に包まれた船は、目指す大陸まで一直線に進む。