タイカンと島の外
木剣を背負い、サクヤお手製の革の防具を付けたミカノは自由に山の中を駆け回り、時には【シガ】の街におりていた。街にも顔見知りが増え、体格的には同世代の友もできたという。稽古をするのは、午前中に留めて午後からは自由にさせていた。
一日の終わりに、何を見つけた、誰と会ったなどと話すミカノは活き活きとしていた。私達も聞くのが楽しみになっていた。
今日も午前中の稽古を終え、ミカノと離れ家に戻った。
『おかえりぃ。』
サクヤがお茶を淹れながら迎えてくれる。
『ふぅ。ただいま。』
サクヤは、肩をトントンと叩きながら腰を下ろす私をジッと見ていた。
『。。。。。』
『なんだよ。どうかしたか?』
『うふふ。』
『なんだよ。怖いよ。』
『ごめんごめん。ミカノとの稽古がさ、少し前までは外が暗くまでやってても、疲れた感じしてなかったから。』
『あぁ。そういう事かぁ。ほんと驚くよ。』
固くなった筋肉をほぐしながら話した。
『だよねぇ。子供なのに、あなたと張り合ってるもんね。』
『ほんとだよ。そろそろ、サクヤからも何か教えてあげてよ。』
『そうだねぇ。。。』
サクヤは何かに思いを巡らしていた。
『ん?どうしたの?』
『う~~ん。一回さ、精霊の力を見せたのよ。』
『あぁ。教えようとしてたんでしょ』
『違うの、こんな力だってあるんだよっていうぐらいで見せたつもりだったんだけどさぁ。ちょっと出来ちゃったんだよね。。。』
『えっ?サクヤのような力?』
『ほら、最初にあの子を包んだ光覚えてる?』
『覚えてるよ。ミカノが寒くないようにってしてくれていた光でしょ。』
『そう。あれってね【光壁】っていう力の応用でさ、壁じゃなく膜を身体の周りに広げるやつなんだ。』
『へぇ。膜ねぇ。それをミカノができたっていうのか。流石だなぁミカノは。』
『う~~ん。壁の方はね、そんなに難しくないのよ。でも、身体を包むように膜を張るってさぁ。。超高難易度なのよね。。。』
『そ、そうなの。。。』
『うん。私達の精霊の力って、精霊しか使えない訳じゃなくて、あなた達でも多少は使えているのよ。気がつかないというか、名前が無いだけでさ。』
『そういうものなのか?火を付けたり、家を造ったりなんて芸当見た事けど。』
『まぁそれは、特殊な部類ね。例えば、気配を感じたりする些細な事も力の一種だし、タイカンのように身体能力を高めたりする人はいるのよ。でもね力を表に出して見えるようにするっていうのは、なかなかの事なのよね。』
『そうなのか。やっぱり、ミカノはスゴイなぁ。』
感心するばかりだ。
『誰も使えないって訳じゃないんだけど、それなりの所でそれなりに訓練して使えたりするから、パッと見せて使えちゃうって、控え目に言って天才ね。』
『じゃあ、尚更教えてあげればいいんじゃないのか?』
『ダメよ!そんなことしたら、あの子だけ特殊な存在になっちゃうじゃない!』
『えっ?あぁ、そうかぁ。そうだよなぁ。。。でも、勿体無い気もするなぁ。。』
『はぁ。だから私も悩んでるんだよぉ。』
『う~~ん』
『う~~ん』
『ねぇ。タイカンは、島の外に行ったことあるの?』
『えっ、急に。いや、無いよ。オニ達が島の周りを囲むように住んでいたからさ』
『そっかぁ。。。』
サクヤは、残念そうな表情を浮かべ考え込んでいた。
『まぁオニがいた頃は出られなかったけど、今は少しずつ漁にも出てるって聞くし、出れない事はないよ。』
『そうよねぇ。。。』
島の外に出られるだけでは、サクヤの表情は変わらなかった。
『サクヤ、島の外って大陸の事なのか?』
【シガ】の街がある島の近くには、大陸がある。
オニが現れて数十年が経ち、大陸との繋がりは遮断されてしまっていた。長から聞いた話しでは、以前は長の父や母は大陸の端にある【ナーラン】という街と交易をしていたらしい。
『うん。そうなのよ。【ケーハン】っていう国があってさ』
『ケーハン?ナーランじゃなくて?』
『それは、ケーハンの国の中にある街の名前ね。』
『そうなんだ。サクヤって、この島以外の事もよく知ってるんだな。それも精霊の力か?』
『ううん。力じゃないわ。オニが現れる前は、【ケーハン】の人も島に来ていたから。まぁ見てただけだけどね。』
ついつい見た目で忘れてしまうが、サクヤは私よりも随分歳を重ねている。数十年、もしかすると数百年なのかもしれない。詳しく聞いた事は無かった。
『気になるし、長に一度聞いてみるか。』
『そうね。その時は、私も一緒にいくわ。ミカノもお世話になっているみたいだし。』
後日、サクヤとミカノを連れて長に話しを聞いた。
長の屋敷で、ミカノが慣れた手付きでお茶を淹れてくれた。お茶の葉や湯呑の場所を聞かずとも、サッサと準備している様子から、街に来る度にここにお世話になっている事が分かった。
『長、いつもミカノを見てくれてありがとうございます。』
『いやいや、気にせんでくれよ。私も来てくれるのを、楽しみにしてるんだから。』
そう言うとミカノが淹れたお茶を美味しそうに飲んでいた。
『さて、今日はサクヤさんと一緒で珍しい。何かあったのか?』
大陸の状況を聞きたくて訪れた事を話した。
『そうだなぁ。確かに昔は交易してたんだが、その当時の記録なんかはみな焼けたり失くしたりだな。』
『そうですよね。あの頃は、その日の事で精一杯でしたし、何度も火が出ましたからね。』
戦いの日々では、記録を保存し保管し続ける事を考えてはいられなかった。
『とはいえ、私も大陸との繋がりを考えてはいたんだよ。あれから2年、復興は進んでいるが経済は厳しいからな。大陸と交易ができれば、少しは足しになるかと思っててな。』
『ねぇタイカン。私達で一度大陸に行ってみるのはどうかしら?そしたら、【ケーハン】の事も分かるし、こことの交易だって話しができるかもしれないじゃない。』
『えっ?私達で?』
『僕も行きたいっ!!』
隣で聞いていたミカノが目を輝かせていた。
『おぉ。それは良案だ。そうしてくれるなら、こんなありがたい話はない。』
『ねぇタイーっ!行こうよーー』
『本気かっ?大陸がどうなっているかも分からないし、危険かもしれないぞ。それに、船旅で何日かかるか。』
ミカノと長の顔が、曇っていった。
そんな空気を見兼ねてか、サクヤが割って入る。
『大陸の事はわかんないけど、船旅は安心よ。私達なら3日とかからずに着く距離だし。漁で使ってる舟を貸してくれれば大丈夫よ。だって、あなたと私がいるのよ!何が不安なのよ。』
『う~~~ん。。。』
ミカノの瞳は、輝きを取り戻していた。
もう出発する気持ちが全面にでていた。
『はぁーーーーーー。分かった。。。。うん。行こう!』
長も喜び、ミカノと手を取り合いはしゃいでいた。
(まぁ山の神様がいれば、余程の事がない限り大丈夫だろう。久しぶりに【深淵】の剣も手入れしておこうか。)
春も終わりが近づき、太陽の光は力強くなっていた。
船出の季節には良いのかもしれない。