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オニから始まる物語

眼前に広がる無数のオニ。

私の右手には、【深淵】の証が記された剣が握られている。


掛け声とも雄叫びともとれる音が戦場を走る。声が到達するやいなや【深淵】が斬撃の音と共に、オニを散らす。


無数と思えたオニは見る間に地面と同化し、ただただ赤黒い血を流す。

一人残る私は、【深淵】を操るこの世界の覇者となった。


オニが支配し、我々を蹂躙してきたこの島の歴史が終焉を迎えた。

幾人もの猛者が幾度も挑み散っていった。

【獄卒】という名持ちのオニまで辿りつく猛者は少数。

【獄卒】達を束ねる【鬼神衆】と立ち会い、五体満足に戻った猛者も少数。

【鬼神衆】を配下にし、強さだけで一代でオニの世界を築いた【鬼神】に辿り着いたのは、私だけであった。


【鬼神】は名持ちの配下が肉塊になったのを見届けると、無数のオニを下がらせ一人で私の前に立った。

『深淵の証を持つ者よ。我が名はムソウ。手合わせ願う』

互いの間合いを探る事もせず、我々は切り合った。

『深淵の者よ、名を教えてくれないか』

膠着した合間に交わす会話

『タイカン』

『タイカン。。。良い名だな。深淵のタイカン。そうか。』

鬼神ムソウのチカラが抜けていくのを感じとれた。

ムソウの一太刀が軽くなり、私の一太刀がチカラを奪う。

最期の一太刀まで、時間は掛からなかった。

斬り伏せた私を見上げながら

『鬼神を葬る者。。。タイカン。。。我々の負けだ。。。』


『後ろに控える者達は、震えながらも斬り掛かるであろう。。。慈悲なく斬り捨てて構わぬ。。。我々もそうしてきた。。。。。。ただ一つ叶うのならば、聞き入れて欲しい事がある。。。我の玉座の裏に震える幼子。。人とオニの間に生まれた。。あの忌み子を救ってくれぬだろうか。。。』


チカラ付きた鬼神の後を追うように、無数のオニが雄叫びを上げた。


剣の血を払いながら歩みを進める。

ムソウが鎮座していた玉座の後ろには、幼子が泣き疲れたのか、この場に似つかわしくない揺りかごの中で眠っていた。


人とオニの間に産まれた忌み子。

『ムソウ。私には荷が重い。』


【深淵】の剣を幼子の首元にやる

『恨むなら私を恨め。名もなき子よ』

剣先が震える。

生かして何になる。忌み子に先はない。

『ムソウよ。私には。。』


気づけば、剣を鞘に収めていた。

私は、幼子を抱きしめていた。

『荷が重い』


聖歴1023年

オニの殲滅から2年が経っていた。


蹂躙された人々は、手を取り合い復興を続けている。

崩れた城壁に囲まれた街【シガ】は、貧しいながらも活気に溢れている。


【シガ】の街から離れた【ミカノ山】が、私達の住まいだ。四季折々の顔を見せてくれるこの場所は、美しいながらも道中は厳しく、皆は見上げるだけの場所。

私達にとって、好都合だった。


聖歴1021年秋。私は、幼子を抱き【ミカノ山】に向かう。

汗が乾き体温が下がっただろうか、幼子の体温を強く感じる事ができた。

私の腕に包まれ眠る幼子は、一見すると人の子と変わらない。この先、オニである証が現れるのか誰にもわからない。私は、人とオニの間に産まれたという子を知らない。

人里離れた場所、そして人が容易に到達できない場所。

しかし、人を感じる事ができる場所が良い。

人のままならば、生きる道を。

オニになるのであれば、私の剣で、私がお前を。


【ミカノ山】に到着するのに、半日を要した。

私が知る幼子であれば、空腹に泣き、汚物で泣く。

しかし、この幼子はただ私の腕に包まれ穏やか寝息を立てている。

頂上から少し下がった場所に、雨風が凌げるだけの簡単な囲いを作った。オニを殲滅したとはいえ、山の中には無数の獣が命を狙う。囲いの周囲に、オニの臭いを撒いておく。血液や体液、私の服には十分過ぎるほどの臭いが染み付いていた。多少の雨ならば留まるだろう。落ち葉を敷き詰めた場所に幼子を残し、私は一人【シガ】の街へ向かう。


街の城壁が見えた頃、ほとんど崩れた城門に街の人達の姿が見えた。私と気付いただろうか、私は【深淵】の剣を掲げた。その姿を見てなのか、私と気づいたからなのか、城門から次々と街の人達が溢れてくる。

『どうなったんだ』『あれはタイカンだよな』『逃げてきたのか』『オニが化けるなんて事があるのか』『まさか、勝ったのか』皆が口々に様々な事を言っていた。


『シガの皆、オニは私が殲滅した!』

『鬼神の角を持ち帰った!!』『オニはいない!!』

『私達の勝利だっ!!!』

【深淵】の剣を掲げながら、どこにいても聞こえるように深く息を吸込み、大声を吐き出した。


声にならない声が心地よい。これが歓喜。

走り私に向かってくるもの、その場で泣き崩れるもの

偶々居合わせた隣のものと抱き合うもの、ただただ天を仰ぎ見るもの、手を合わせ目を閉じ思いを届けるもの

鳴り止まない歓喜。それほどの時間、永遠とも思えた時間、絶望だった時間を過ごしたのだ。


このまま私も歓喜の渦の中で、心地よく過ごしたかった。

しかし、【ミカノ山】の幼子が後髪を引く。


『ヤス様ぁ!ヤス様はおられるかぁー』歓喜に湧く皆に問いかけた。

『おぉタイカン。よくぞ戻った。タイカン。あぁ本当なんだな。なんて日だ。こんな日がくるなんて』

頬に流れる涙を拭うこともせず、ゆっくりとした足取りで私の前に街の長であるヤス様が来られた。

『ヤス様、ご心配おかけしました。無事役目を果たしました。』

『おぉそうかそうか。本当によくやってくれた。さぁ兎に角ワシの屋敷へきてくれ。世話役も集め、話しを聞かせておくれ』

ヤス様が世話役に声を掛けながら、私を屋敷に案内してくれる。殲滅に向かう前に立ち寄った重い空気は霧散し、晴々とした心が皆の足取りを軽くしていた。

屋敷に到着すると、蓄えていた食料や酒を振る舞ってくれた。決して多くはない。豪華でもない。しかし私達は初めて味を知ったかのように喜び噛み締めた。

名持ちのオニ達、鬼神衆との交戦、鬼神との一騎打ち。殲滅と戦いの日々を話し尽くした。

『畜生共が。いい気味だ。』『やっと妻と娘も安心して眠りにつく事ができる』『夢のようだ』


気付けば日が落ちかけていた。

『ヤス様。人払いをお願いしたい。』

私の目を見て察してくれたのか、頷き世話役の皆に解散を告げた。

『タイカンは疲れておるから、今日はこの辺でな。皆、家族の元にもどり話しを聞かせてやれ』


【ミカノ山】の幼子の事、何処まで話すべきなのか。

揺りかごから抱き上げた時から今に至るまで私は思案し続けていた。

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