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風が強い。



空は青く晴れ渡り、太陽は南中に座して大地を見下ろしている。吹き付ける塵は遠くの砂丘からくるものだ。すべてが乾いている。岩と、石と、砂の世界。

ひび割れた地面には細かな(つぶて)が転がっている。結晶世界の多くをしめる礫砂漠(れきさばく)の証だ。

枯れた大地。空の青と地上の茶のコントラストは腹立たしいほど際立っていて素晴らしく、景色だけなら切り取って宝箱にしまっておきたいくらいだ。養分を抜かれたはずの大地から時々植物が生えている。彼らもまた結晶世界に抗っているらしく、群生してその身を守っている。植物が茂っているのはいいことだ。植物を目当てに草食獣や虫が集まる。そしてそれを食べるために肉食獣が集まる。

世界にまだまともな循環機能が残っているのだと安心できる。とはいえもうそれも限界に達しつつあった。クリスタリスは植物は食べないが肉を食らう。子孫を残すための媒介を潰されては植物もその身を枯らすしかない。

「リャマがいる。子供連れだ」

九十は風に煽られる頭布を抑えながら期待に満ちた目で言った。六十八がうなずく。

「まず雄を狩ってからだ。雌は七十七たちでなんとかしてくれ」

生活に必要な食糧と道具が必要なので、それは雄を狩って得る。母子は乳をもらうだけで殺さない。結晶世界に生きるもの同士、無駄な殺生はしないのが礼儀というものだ。五十五が回路を構えてできるだけ近づき、狙いを定めた。革の靴底には綿石(オケナイト)が貼られているので、気を付ければジャリ音はかなり消せる。

「それっ!」

回路が光ると勢いよく「矢」がリャマに向かって解き放たれ、命中した。回路に仕込んだ鉱石は針入水晶ルチレイテッド・クォーツ。水晶に閉じ込められた針のように細長い金紅石(ルチル)は使い勝手がよく、多用される。わいわいと皆で獲物に近づくと、首をナイフで切ってとどめをさし、皮を剥いで、肉を切り解体していく。しばらくの食料と生活道具の素材となるだろう。

「一二三!」

七十七が他の幼いレッセイたちを連れて戻ってきた。

「いい乳がとれたわ。早く九十九に飲ませてあげて」

獣の胃袋で作った水筒にはたぷたぷとミルクが詰まっていた。

「すまんな」

「おい、見ろ」

リャマを解体していた六十九が仲間たちに声をかける。さばいた肉の半分が光を反射して赤く輝いていた。紅玉(ルビー)だ、と九十が眉をひそめた。

「結晶化してやがる。俺たちが捕まえなくてもこいつはじきに死んだな。動きが鈍かったのも結晶化のせいだろう」

そういうと六十九は結晶化した肉をぞり、とわけて取り出し、捨てた。

結晶化。正しくは結晶症候群という。

この世を結晶世界と呼ぶのはこの世界がすべて結晶化していったことに端を発する。千年前に起きた異変であり、人、獣、植物や水など無差別にすべてが結晶化していく現象。結晶症候群が命を得たのがクリスタリスだともいうし、クリスタリスがもたらしたのが結晶化だともいわれる。

結晶化はクリスタリスよりもある意味深刻な問題だ。何をきっかけに発症するのかは不明。気づくと臓腑を侵され、または関節を取られ、いずれにしろ全身が結晶化して死ぬ。結晶世界では常に結晶化の脅威にさらされるのだ。

「もう一度狩ってこよう。残りがあるとはいえ結晶化した肉の一部を食べるのは危険だ」

五十五がほかの師弟たちを連れて獣の群れに向かっていった。七十七は、

「師兄さま、ほらはやく乳をあげて」

「あ、ああ」

背負った弟子をおろすとう、う、と何か言いたげである。六十八はその場に座ると、

「食事の時間だ。たっぷり飲め」

乳の入った水筒に腸でつくった細いチューブ状の筒を入れてその先を九十九の口に入れてやる。途端に、んくんくと飲み始めた。だいぶ腹が減っていたらしい。だが泣きもせず、師の背に揺られていたのだから健気と言えば健気な弟子である。

「腹いっぱい飲め。次がいつあるかはわからんのだからな」

ジュッジュッと勢いよく飲むその姿は愛らしく力強い。

六十八は少し安堵する。もし九十九が病弱で、または結晶化が見られるようなら捨て置かねばならなかった。とりあえず九十九は生き残るための第一歩をクリアしたわけである。

ぷは、と九十九は盛大なげっぷをした。

「終わりか。かなり飲んだな」

六十八は七十七に水筒を預ける。満腹になって眠気が襲ってきたのか、九十九の目がとろけてきた。そのくせ両手は何かを捕まえようと動くので、六十八は水晶(クォーツ)で作られた回路の薄い模型を数枚握らせた。九十九の()になんとか収まる程の大きさで、回路技術を学ぶためのものだ。

「いいか、これが基本の六角版(ろっかくばん)でこっちが星形角板(ほしがたかくばん)、それと星形樹枝(ほしがたじゅし)にこちらは多重六花(たじゅうろっか)だ」

「ちょっと師兄さま、流石に早すぎるわ。まだ言葉も話せていないのに」

「覚えるのに早いに越したことはない」

そういって六十八は九十九の手から滑り落ちた模型をまた握らせる。

「まずは形に慣れろ。種類は膨大だからな。それからこれが砲弾型(ほうだんがた)で……」

七十七は呆れてため息をつく。レッセイ・ギルドとして一人前になるには辛い修行を経なくてはならないが、九十九はまだ乳飲み子だ。

(このままでいくとスパルタ式の修業が待ってるかもしれないわね)

なにせ九十九は弟子を取る気などなかったレッセイなのだ。そんな人物がその技を伝えると決めたなら苛烈な事になるのは目に見えている。

己を越えられると見込まれたわけだから、九十九は六十八を越えるレッセイになるため厳しく技術を叩きこまれることになるだろう。

七十七はふふ、と笑った。実は少しばかり九十九が羨ましい。

優れた回路技術を持つことがレッセイ・ギルドの総てだ。彼らは人間である前にレッセイ・ギルドであり、技術の継承を第一としている。そんな特異な集団で育てば一二三に将来を見込まれることはこの上ない誉れなのだ。


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