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「「結晶群(クラスター)」か、まったくこの忙しい時に」


六十八は舌打ちしてすばやく腰布を解き、襤褸(ぼろ)に包まれている九十九を背中にくくり付けた。必要な道具を入れた袋を背負っているので、おそらく感触は凸凹で居心地の良いものではないだろう。しかしそんなことを気にしている場合ではない。六十八は既にこのクリスタリスの種類を見抜いている。

クリスタリスはいくつかの種類があり、今回は「結晶群(クラスター)」という種だった。

獣の姿で背中にその名の通り水晶の群集(クラスター)を飾った姿が特徴で、ひたすら有機物を食うことを目的としているクリスタリスであり、結晶世界ではポピュラーな種だ。軽く頭を振り、レッセイたちを食おうと唸り声をあげる。皆、距離を取りつつその姿を囲んだ。背は向けられない、逃げられない。

クリスタリスは「核」を持ち、それを破壊しない限りどこまでも追ってくるのだ。六十八はクリスタリスに噛みつかれないように注意しながら冷静にその属性を見定める。

 (見たところ花崗岩(かこうがん)結晶群(クラスター)か……巨晶花崗岩(ペグマタイト)は他の結晶を多く内包している。特殊行動に移られたら厄介だ。長期戦は不利だな)

五十五はクリスタリスを見上げて、

「大きい。このままだと十メートルは越えるぞ! 奴らは成長するからな」

本来なら何百年、何千年とかかる結晶の成長をクリスタリスはあっという間に成してしまう。

「――あ、わっ」

九十五の足がはらわれる。尾だ。いつのまにかクリスタリスの巨体には尻尾が形成されており、九十五の右足を捕えた。

「う、わぁっ!」

ぶん、と空中へ放り出されて九十五が悲鳴を上げた。自慢の金眼の視点が泳ぐ。クリスタリスの獣の口が二つに割れた。「口」に入れられれば脱出はできない。全身を噛み砕かれた挙句、口内で分泌される樹脂にまかれて琥珀(アンバー)と成り、栄養源にされて終わりだ。

「九十五!」

「あせるな八十八!」

六十八はクリスタリスに捕まらないよう走りながら、右足の太ももに巻いたベルトに付属したホルダーを軽く叩いた。逆さに装着した革のホルダーからするりと――一枚のプレパラートが落ちてくる。長方形の薄い硝子(ガラス)板、その中央には刻まれたように美しい雪の結晶が閉じ込められていた。


 「――装天(そうてん)!」


開け。


手のひらに滑らせたプレパラートの角は皮膚を切り、にじんだその血が硝子面に薄く広がっていく。雪の結晶は沁みわたるレッセイの血に共鳴し、数ミリにすぎなかった雪花は瞬時に成長をとげ、直径一メートル近くはあろうかという巨大な雪の結晶、いや――「回路」へと変貌した。

クリスタリスに対抗するための唯一の術、レッセイ・ギルドの技、それこそがこの「回路技術」だった。六十八の極めて滑らかな動作は傍目から見れば「装天」の一声ととともに一瞬で巨大な雪の結晶が現れたように見えただろう。それだけでなく、六十八はすでにあいた左手でズボンのポケットから鉱石の欠片をとりだし、回路の底面(ベース)にセットしている。

「化け物を打ち砕け……雷水晶(ライトニング)!」

六十八が手にした雪の結晶――回路から光とともに電撃が放たれる。回路に仕込まれたのはクリスタリスと同じ鉱物であり、結晶だ。本来は敵。

だが敵を味方に飼い慣らせるのが回路だ。

六方に伸びた複雑な形に組み込まれることによって鉱物は回路組織になじみ、その(うち)に秘められた奇跡を起こす。原始人が例えるなら神の御業であり、古代人なら魔法と呼んだかもしれない。

雷は蛇のようにうねり、クリスタリスの胸部を打ち砕いた。クリスタリスが悲鳴を上げる。痛覚があるのだ。食われ損ねて落ちてきた九十五を八十九(はっく)がキャッチする。六十八はチラ、と空を仰いだ。雷で壊されたクリスタリスの胸部は石の体内を晒している。六十八の回路は既に消滅し消えていた。回路は長く持たない。本性は雪であるため脆く、数分で昇華蒸発(アセント)してしまうのだ。故にクリスタリスと戦うには何枚もの回路を宿したプレパラートが必要となる。

「浅い! 何やってんだ、早く装天しろ、もう一発――」

様子を見ていた六十九もすでに装天して回路を開いている。六十八はそれを抑え、

「問題ない。我々は夜明けとともに勝つ」

六十八は立ち止まって遥か向こうの大地を見た。


朝日だ。


地平線から姿を現した黄金の光が辺りを強く照らした。

この一瞬の光は強烈で、ありとあらゆるものに輝きと目覚めをもたらす。途端に電撃でえぐられたクリスタリスの身体がボロボロと崩れだした。内部が暴かれ、岩石の奥に隠されていた赤黒い石がむき出しになる。核――クリスタリスの「心臓」だ。「結晶群(クラスター)」の核は共通して辰砂(シナバー)、赤い鉱石だ。これを破壊すればクリスタリスは崩壊する。

いかに早く核を見つけ、破壊し、昇華(サブリメ)させられるかが生死の分け目だ。

そしてもちろん六十八はそれを狙ったのだが、今回は味方がいた。

太陽だ。

その恩恵が大地に降り注ぎ、あまりの眩しさに六十八は手を翳し目を細めた。

朝日はこの世の総ての不浄を消し去ると言う。その強烈な光が核を包み――焼いた。核を失くしたクリスタリスは声もなく崩れる。そしてそのまま風化し――消滅した。レッセイたちはその最期をしっかりと確かめる。完全に消滅したか確認しなくてはならない。巨体は砂となり、風に巻きあげられ跡形もなかった。ホッと辺りに静寂が戻る。

「運がよかった。鉱石と回路の無駄使いはできないからな」

クリスタリスの天敵は朝日だ。

陽に弱いわけでもないのに、なぜかこの瞬間だけは勝てない。

「大丈夫か九十五」

「は、はい」

九十五は子供なのでどうしても戦闘時、肉体が追いつかない。

「それにしてももう暁だったというのにクリスタリスが襲ってくるとは」

「まあな。前にもなかったわけじゃねえけどよ……増えたよな。朝日に弱いくせに危険をおかしてまで食いたがる……いよいよ嫌われてきたな。もういないか? 日は昇っちまったから同じ手は使えねえぞ」

「師匠、嫌な感じはしないわ、きっと大丈夫」

七十七は手元の回路をふわり、と空中に放つ。回路は空に溶けるようにして消え、嵌めてあった鉱石の粒が落ちてきた。彼女はそれをキャッチすると日に透かして状態を確かめた。回路は装天すると長時間持たないが、使用しない限り鉱石が消費されることはない。

「用心に越したことはない。早く移動しよう」

ふと思い立ち、六十八は紐を解いて背中にくくりつけていた九十九をはがした。怪我はなく、手に抱くとくうくうと寝ている。

「呆れた奴だ。クリスタリスに襲われて起きないとは」

「強い子に育ちそうですね一二三」

九十五は嬉しそうだ。同期の弟子達は皆死んでしまってもういない。九十九が新しく弟弟子となったことが兄弟子として嬉しい。

「ではまずは九十九の乳探しと行きますかぁ、一二三サマ」

「六十九、その呼び方はやめろ。なにか腹が立つ」

六十八が行こう、と皆に呼びかける。レッセイ・ギルドたちはそれぞれ体勢を改めると、一二三を先頭にして岩陰に休ませていたラクダを連れ出し、列を組んで歩き出した。


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