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砦の頭頂に登って辺りを見回していた六十八は、ロサに妙な光が集まるのを見ていた。


(何かあったか)


まあ、どうでもいいことだ――。六十八は楼閣から夜の結晶世界を眺めた。ここなら三六〇度世界を見渡せる。

六十八は大地の胎動が止まったことを感じていた。何か異変が起こったのかもしれない。下を見るとロサ以外にも光が集まる場所がある。発光性の鉱石。ポツポツと種火のように光っている。それはいつか見た青海の中に沈む輝きに似ていた。

(青海か……あの頃は九十九も、幼かった)

九十九はきっと石膏の柱で待っているに違いない。


――六十八は自身がもっと若かった頃、師の四十からお前をいつか一二三に指名する、と言われた時のことを思い出していた。


(いいか六十八。一二三になるということは、レッセイ・ギルドの総てを背負うという事だ。だから一二三しか知らぬことを告げておく。己の腹にだけ収めておけ。そしていつか新たな一二三を見いだしたら、そやつに告げるがいい。これは先代からの言伝だ)

六十八がそれを聞いたのは十二の時だった。

(我々の正体については教えた通りだ。ところで我々はなぜ、技術を伝承するのか――弟子をとらねば伝承は意味がない。だがレッセイは継承に値する人物を見いだせねば弟子をとることはない。……矛盾しているだろう? これは誰にもわからない事だった。だが歴代の一二三はなんとなくその意味を――理解していたのだと思う。そして私もな)

四十は重い顔で弟子に告げる。


(初代は我々を人柱としたのだ)


人柱。


(それはこの技術を誰かに渡すためだ。その為に何も理由を告げずただ掟を作って技術伝承を絶対とさせた。いつか現れる受け取り相手――渡してもいい相手のためにな。簡単に技術を流出させれば技が鈍る。少数精鋭で研鑽を重ねて――その磨かれた無二の技術を劣ることなく何百年も伝えていく。真の回路技術の継承者のために。おそらくそれは新たな結晶世界の王――なのだと私は思っている。レッセイ・ギルドという集団はそのためにあるのではないか……だから我々に名はいらぬのだ。ただの数。つまり渡す相手が現れれば我々はもう無用という事だ。そういう風に我々は「作られた」。世界の為のレッセイ・ギルドという犠牲。ゆえに人柱)


「贖罪、か」


レッセイ・ギルドの源流にカガクシャがいたというなら、レッセイの存在はカガクシャの罪の贖いだ。

この世を汚した罪を償うためにこの世を生き抜く技術をレッセイという存在を作って旅立たせた――

いつか誰かに渡して、許されるために。


そしてそれをやってのけたのは九十九だった。九十八番までのレッセイたちの犠牲を払ってそれは遂に届けられた。

ロサという新たな王に。


(レッセイの鬼子ではなかった。九十九の存在は正しくレッセイの意志(・・・・・・・・・・)だった。――まったく勝手な。カガクシャも、初代も。人柱にされた身にもなれというのだ)


そう思いながら――六十八は己の宿命(さだめ)に、レッセイの運命に納得もしていた。それはただただ、己がレッセイ・ギルドであるということ。それ以外には何もない。自分は何があろうとレッセイ・ギルドであり続ける。しかし――。


――俺はお前が師になるのをみてみたいのさ。


六十八は遥か昔六十九に言われた台詞を思い出す。あの時は聞き流しただけだったが……。

(あいつめ……すべてお見通しだったというわけか)

六十八は自嘲気味に少し笑った。

風が吹いた。強い風が六十八の髪の毛をもみくちゃにする。砦の頂上であるから、風は特に強いのだ。髪の毛を払うと、下から登ってくる光に気付いた。松明だ。人が、登ってくる。

「……」

六十八は黙ってその様子を見下ろした。九十九ではない。火は複数だったからだ。やがて人のざわめきがまじり……幽鬼のような表情の青年が先頭を指揮していた。

エズだった。

彼は鉱石の楼閣を登りきり、佇んでいる六十八に向けて松明を掲げた。

「いたな、悪魔め。こんなところに隠れても無駄だ」

「……エズといったな。どうした。悪魔とはずいぶんな言いようだな」

今までとまるで別人のように態度を変えた青年に驚くことも無く六十八は答える。

「私は七条だ。新たな名を得て、お前たちの上に立つ。お前たちがこの世を地獄に変えた者の末裔だという事はもう知られている。今までよくもたばかってきたな。それもここまでだ」

「……九十九から聞いたのか」

「たまたま知った。それで十分だ。お前たちにはすべてを償ってもらう」

七条の後ろには男たちが鉄の棒や槍を持って立っている。それが何を意図するのかは知れた。

「私を殺すか」

「すべてだ」

七条は悪鬼の顔で言った。

「すべてのレッセイ・ギルドを葬る。そうすればクリスタリスの脅威はなくなる」

「それが理由か」

「だがその前に――お前たちは特別貴重な鉱石を持っているようだな。回路も……それを渡してもらおう。それがお前たちにできる最期の贖いだ」

「驚いたな。もう回路を使えるのか」

「威力は弱い……貴様らより技術は劣ることは認める。だが時間をかければ追いつく。我々は結晶と共鳴できる。我々は進化を果たし、この結晶世界に適応したのだ。あらゆる結晶、鉱石(いし)を味方にしてみせる。さあ、だせ」

「嫌だと言えば?」

「他の奴に問うまで。もうあと一人しかいないがな」

六十八が表情を変えずに言った。

「七十七を殺したのか」

「我々が向かったときはもうすでにただの結晶となっていた。二度と起きないように粉々にしてやったがな! そうだろう、皆よ!」

アハハハと嗤いがおこる。

源上は後ろでうつむいたまま、動かない。

「さて、答えを聞こうか。どうせお前の弟子も死ぬのだ」

「それはどうかな……あいつはレッセイの輪から外れている。簡単には死なんぞ。ところで……私がどうしてこんなところにいるのか、考えたことはなかったか」

七条は隠れたつもりだろう、と言って近づこうとする。

「私はお前たちが我々の源流について知ったことも……それによって心変わりしたことも知らなかった。だから隠れる意味などないし隠れるつもりで登ったのではない――私は掟を守るためにきたのだ。ただそれだけ」

「守る?」

「そう。こういう風にな」


そう言って六十八は後ろに飛んだ。

そこにはただ闇があるのみで――飛び降りた六十八の姿はすぐに見えなくなった。この高さから落ちれば命はない。

七条は下を覗き込み、

「自刃するとは……! まだ死んだとは限らん。見つけて殺せ!」

わいわいと従者たちは七条の命令に従い、砦を降りて行った。


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