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妙に静かだな、とロサの様子を窺っていた六十八は突然の人々の歓声に眉をひそめた。
ロサは昨日の夜から現在まで不気味なまでに静かだった、そろそろ日が西へ傾き始めている。中から人が飛び出してきた。
少女だ。横になっていた九十九が起きた。
「アルタ!?」
「まて九十九!」
六十八の制止も聞かず九十九は走ってくるアルタに向かって駆けた。アルタは以前のような不自然な動きをしていない。
元気に走ってくる。その表情は笑顔に満ちていた。
「九十九、聞いて!」
二人は砦の前で出会い、更にアルタが九十九に抱きつく。
「私達、生まれ変わったのよ! もう結晶化に怯えなくてすむわ」
「ええ?」
アルタは手短に事の次第を告げた。九十九はその内容に驚く。
「九十九たちは……どう? なんともない? だるくなったりとか、眠くなったりとか」
「俺たちは――なんともないよ」
「――そんな、あなたたちが一番に進化するべきなのに」
「気にしないで」
九十九はよかったね、と笑った。そしてその笑顔の裏で――「自分たち」は進化などしないだろうとわかっていた。
アルタ達はきっと大地に認められたのだ。
この結晶世界で生きていくことを許された――だが穢れた血を持つレッセイたちが歓迎されるわけはない。
空を見上げると斜陽が辺りを包み、赤い太陽は地へ降りるのを待っている。
「アルタ、もうすぐ俺は――いくよ」
「! 九十九、あなたたちが進化するまで是非ロサに」
「それはできないんだ。クリスタリスがきてしまうから」
「え? わかるの?」
「あのねアルタ、俺たちは――」
それは九十九が抱えきれなかった澱なのかもしれなかった。九十九はレッセイ・ギルドの正体について話した。
遥か昔、結晶世界を生み出したカガクシャのこと、そしてその血を引くのが自分達であること、ゆえにクリスタリスに狙われること、だから他人と関わらないこと――。
六十八が心配したように九十九は己の正体に耐えきれなかった。
詰まった汚泥を出すように、九十九は自分たちの悲しい宿命を吐いた。
「そうだったの」
アルタはぽつりと言い、疑問が解けたわ、と言った。
「でも九十九。あなたはそのカガクシャ? ――それを気にしているようだけど、私は何とも思わないわ。だってあなたは私の神様だもの。カガクシャとは、違うわ! だから落ち込まないで。私達はあなたたちレッセイ・ギルドにずっと救われてきたのだもの」
「――ありがとう」
夕日を背に二人は再び抱き合った。
それは温かい抱擁で、九十九は救われたような気がした。
もうロサもアルタも大丈夫だろう。結晶化したというならばいずれクリスタリスも彼らを認めるだろう。
もうレッセイ・ギルドの罪の犠牲になることはない。
(よかった)
自分達が死んでも彼らは生きていく。アルタは生きていく。それが、嬉しい。
「明日にはいなくなるよ」
「どうしても?」
ごめんね、と九十九が言うとアルタは惜しむように九十九の手を握った。
アルタはせめて見送るわと言い、九十九は頷いて二人は別れた。
「……」
七条は無言で立っていた。アルタの姿が飛び出すのを見て慌てて護衛に来たが、九十九と話し始めたので邪魔にならないようにと砦の陰に隠れていたのだ。が、その時――
七条は九十九の告白を聞いてしまった。
レッセイ・ギルドの正体を。
(カガクシャの末裔、だと――?)
七条は茫然とした。
彼の脳裏に長い長い苛酷な結晶世界の旅が思い起こされた。
クリスタリスに殺された人々、結晶化で斃れていった仲間。父親を亡くして泣いた少年。
ずっと、ずっと七条はこの世界を変えてしまった「何か」を恨んできた。
ロサを支えながら、自分たちを苛み続ける世界を作った「何か」を。
それは――すぐ傍にいたのだ。ようやく世界に対抗できる力を貸してくれた人物は神様などではなかった。
この世を地獄に変えた本人だったのだ。
――よくも騙したな。
七条の中で昏い憎しみの炎が燈った。
――何百年もの間、奴らは己の罪を隠しひたすら逃げ続けてきたに過ぎない――人の輪から離れ隠れ、我々が苦しみ続けている間もひたすらに。
すべては奴らが元凶だったのだ。
七条は嗤う。それにぺこぺこと頭を下げて――本当に笑ってしまう。七条はギリ、と唇を噛み――血が滴った。それもすぐに乾いて消えてしまう。
この血が風に消えるまで、ロサでどれだけ犠牲が払われたというのだ?
(咎ありし奴らはこの世に存在するべきではない)
レッセイ達に転倒していたぶん、七条の怒りの反動は激しかった。
裏切りへの怒り。
七条は気が付かない。
新たに大地と繋がったその身は大地の持つ「感情」に呼応していた。
それすなわち、レッセイへの憎悪。
太陽は落ち、地上に闇が訪れようとしていた。
(奴らは世に仇なす者たちだ)
レッセイ・ギルドがいる限り、クリスタリスは存在する。ロサを、アルタ様を襲ってくる。ならば。
(殺さねば――)
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