⑯
――アルタはふと目を覚ました。そこはただただ白い空間で、天地の境もわからない。
(……ここはどこ? みんな、どこにいったの?)
困惑し、気がつくとアルタの周りにはたくさんの人間が倒れていた。
いや、人なのか……石膏のように真っ白で皆、手足の動きを止めたまま身動きしない。どこまでもその景色が続いている。
そしてその中に一本、道があった。
真っ赤な絨毯を敷いたような赤い道。
道はまっすぐ、遠くまで続いていた。その先は見えない。
「……」
それは果てしない道程に思えた。アルタはなんとなくその道を歩いてみる。ただただ歩き続けていると道は次第に赤味が薄れ、そのうち透明になった。途端に辺りが霧がかり、そして幾層もの綿に包まれた繭のようなものが現れた。
中に何か眩しく光るものがあるのがわかる。
(何かしら)
アルタは胸のあたりに手をあて、息を吸い、ゆっくり吐くと覚悟してその中に入った。
中には――煌めく水晶の「手」が浮いていた。
まるで握手を求めるかのように。
(これは……?)
何なのかはわからない。だが不思議と不気味には思わなかった。むしろ美しいとさえ思う。
アルタは誘われるがままにその手を――握った。
その瞬間、アルタの胸の奥に風が走り、氷のように身体が冷たくなって――何かを失った気がした。
「……!」
アルタは布団から跳ね起きた。額に手を当てる。熱はすっかり下がっていた。
(いけない。すっかり寝込んでしまったわ)
慌てて起き上がろうとしてつまづき、アルタはサイドボードに置いてあったガラスの水差しを落として――割れたガラスの上に思いきり手をついてしまった。
「――った!」
手をあげると細かいガラスが手のひらに刺さって血が滲みだしていた。アルタは片目をつぶりながらそっと刺さったガラスを抜く。血がさらに噴き出した。
「いたた……迂闊だったわ。包帯、包帯――」
水で洗ってから塗り薬を、と思って立ち上がったアルタの目の前で――それは起こった。
「!?」
手のひらの傷口から流れ出た血は瞬く間にピシピシと固くなっていき――まるで紅玉のように輝いて――そのまま割れて跡形もなく消えた。傷口も、薄い跡を残し、みな塞がっていく。
「な……こ……これはどういうこと!?」
アルタは驚いて手を何度も握った。はた、と思いついて足首をさわる。
(柔らかい……! 結晶化が、消えてる!?)
急いでテントから出ると辺りの光景にぎょっとする。皆、倒れて寝ているのだ。まるであの不思議な夢の続きのように。
アルタは慌てて近くに倒れていたエズを乱暴に揺すった。
「起きて! 起きて頂戴エズ! しっかりして!」
すると彼はゆっくりとその眼を開いた。なんだか視点の定まらない表情でいたが、アルタの姿を認めると飛び上がるようにして起きた。
「アルタ様! お加減は!」
「私は大丈夫よ。それより変なの。私、結晶化が消えてしまったようなのよ! でも……」
アルタは一連の出来事を話し、手のひらを見せた。傷跡は少し残っているが、それだけだ。
「失礼、……本当だ。これはまことに不可思議……あ」
アルタの手足を触診していた七条は眠っていた人々が動き出すのに気付いた。すぐ近くに倒れていた源上も目を開け、何がどうした、という表情で辺りを見回す。まるでアルタの目覚めと共にロサの人々も眠りから覚めたかのようだった。
七条はしばらく考え込んでいたが、持っていたナイフを取り出すと手の甲を軽く切った。
「――っ!」
アルタは驚き、
「なにをするの!」
「しっ! 見ていてください」
七条の手の甲から血が流れる。しかしそれはすぐに止まって――アルタと同じように消えた。
「な、なんですか今のは!」
様子を見ていた源上が目を丸くする。七条は恍惚の顔で手の甲をさすり、アルタに言った。
「これは……恐らく、我々は完全に結晶化したのです。だから血液が結晶化して消えたのだ」
「どういうこと?」
「驚くべきことです……いや、これは僥倖だ! 聞いてくださいアルタ様! 皆も!」
そういって七条は歓喜のままにアルタを抱きあげると笑いながらぐるりと一回転した。
「我々は結晶化を越えた! いえ、我々は結晶になった――この世界に適応できるよう、進化したのです! つまり我々は新たな人類に生まれ変わった! 何百年という放浪の末、ついに人類は結晶化を克服したのです! もう結晶化による死を恐れることはない!」
あとはクリスタリスに対抗できれば――ロサに怖いものはない。
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