⑭
次の日九十九は再びロサの前にやってきた。エズとヴァルルは会釈して迎える。教えを乞いたい人を募ったため、前日より人が増えていた。
「皆、話を聞きたいという者たちばかりです」
「模型は」
「完全ではありませんが……一昼夜かけてそれぞれなんとか彫り進めてみました」
そういってエズは皆で彫った水晶をみせる。それは模型とは程遠いものだったが、努力のあとは見られた。
「……構造は理解してるみたいだな」
「額縁など意識してつくりました」
「あんたがみんなに説明したのか」
はい、とエズは答える。九十九は少し驚く。一、二回くらいしか説明しなかったことを、この男は他人に指導できるくらいに理解しているのだ。
騎士長というのは伊達ではないらしい。
「じゃあ……この隙間があるだろう、ここに鉱石を嵌め込むんだ」
「鉱石をですか?」
ヴァルルが興味津々と言った顔で聞く。
「そう。用途に応じて使い分ける。火炎系・電撃系・流水系・幻覚・毒、回復……例えば透石膏は氷を、紅玉は火を生み出す。水晶はオールマイティに使える」
「……鉱石をこの雪の結晶の形に嵌めると、そんなことが起こるんですか?」
「信じられねーって顔だが俺たちの「回路技術」はそういうものなんだ。とにかく今は俺の持ってる鉱石を使って石の配列を見せるよ」
そういって九十九はエズ達の作った不格好な雪華に石を嵌めていく。六方の穴に青い石がそれぞれ配置された。その周りを更に水晶が囲んでいる。
「これは青玉を中心に水を生成する回路の形。使う石にも上位と下位があって、水量や力の差がある。それは貴重な鉱石を使うか使わないかでも変わる」
「確かにあなた方はそういった奇跡を起こしていた……これがその姿というわけか」
「しかし、その「奇跡を起こす方法」がわからねばどうにもなりませんぞ」
従者の一人が声をあげた。九十九が黙る。
黙って――黙っていた口を開いた。
「「共鳴」しなければ奇跡は起きない。この雪と己が共鳴した時に奇跡は起きる」
「共鳴……?」
辺りがさざめく。エズは、
「どのようにすれば「共鳴」できるのでしょうか」
「それは……パス。あんたたちで試してみてくれ。言えるのは……「装天」と唱えること」
「唱えるだけではないという事ですね……何故そこだけは、言えない、と?」
「知らないほうがいい」
「……わかりました。では石の分け方について教えていただけますか」
「いいよ」
九十九はエズやヴァルル、従者や他のロサの者たちに指導して回った。
回路の基本がしっかりしてないと奇跡は起きないこと、暴発すること、鉱石の作用の種類――エズ達は食らいつくように必死で頭に叩きこむ。紙は貴重品なので、人々は雲母に墨で知識を記しては剥がし、記しては剥がして参考書を作った。雲母は薄い結晶が何層にも重なり剥がせる、「千枚はがし」と呼ばれる性質がある。そのためロサの人々は紙の代わりに雲母を使っていた。
「あんたたちは覚えが早いな」
九十九はエズとヴァルルの学習力に感嘆していた。二人とも鉱石の性質や配列などするすると理解していくのだ。
エズは、
「私達は必死ですから……しかしおかげで我々は新たな希望を得ました。そういえばツクモ殿の名はどういった文字を書くのですか? あまりなじみのない響きなので気になっていたのです」
「文字? 漢字じゃなくて?」
「漢字? それがあなた方の文化なのですか?」
九十九は枝のきれっぱしを持ってくると地面にごりごりと「九十九」と書いた。
「これが漢字……つくも、と読むのですね」
そうだ、と答えるとエズは、
「私にも漢字の名をくださいませんか。レッセイ・ギルドから技術を伝授していただいた証が欲しい。我々ロサとの絆にもなりましょう!」
「ええ、急に名前って言われても……大体俺の呼び名は名前じゃなくて番号だぜ。あんた、エズといったっけ」
「はい。エズ=ジオスと申します。名前は……つまらぬ意味です。七番目という意味で」
「七番目か……それにじおす、……そうだな、じゃあこれはどう」
そういって地面に「七条」と書いた。
「七条。じおすはまあ苦しい当て字だけど」
「――ありがとうございます! これを新たな騎士名と致しましょう!」
エズは大いに喜んだ。ヴァルルがそれを見て負けじと僕にもください! と鼻息を荒くする。
「僕はヴァルル=ジオスです。前に他のレッセイ・ギルドに「ヴァルル」は水と言われました。水とか、水の源とかの意味があるのだそうです」
「水の泉か……」
「あ、エズ様とかぶらない漢字でお願いします」
「注文多いな。じゃあ……「源上」。源ってのは水の湧き出るところって意味だよ」
「うわあ、カッコイイな! ありがとうございます、僕もこれからは源上と名乗りますよ!」
「よかったら漢字をもっと教えてくださいませんか。他の者も名を欲しがるかもしれない」
「めっちゃ種類あるから教えきれないと思うけど……まあいいか」
九十九の教えは日が暮れるまで続いた。そろそろ戻るという九十九にエズは夕食を運ばせます、といったが、
「もう十分に貰ってるからいいよ。――あと、俺が教えられるのはこれで終い」
「……去られてしまうのですか」
「……どうかな。もうちょっといると思うけど」
「技術を教えてくださった礼をしたく思います。……九十九、ロサに加わりませんか。我々はあなた方を歓迎したい。あなたはロサに技を伝授して下さった」
「それは俺の勝手だから。じゃ!」
エズは何とも言えない思いで九十九の背を見送り、人々の前で宣言する。
「私は今日からエズ=ジオスではなく七条と名乗る。皆もそのつもりで呼んでくれ」
「ぼくも源上を名乗ります。なんだかすごくしっくりくる気がしますよ。まるでそう呼ばれるのを待っていたみたいだ」
従者たちやロサの者たちはこれを拍手で迎えた。自分も漢字を使いたいと言い出すものもいて、場は湧いた。
――しかし。
「ヴァルル様!」
ロサの集落の中からレナスが出てくる。妙にゆっくりとした足取りだ。
「レナス! 今日から僕は源上だ。レッセイが名付けてくれたんだ! そう呼んでくれ」
「それどころではありません」
レナスはヴァルル……源上の前に倒れ込むと、
「早くロサに……」
そういって目をつぶった。慌てて源上が近づくと――眠っていた。エズ、いや、七条は源上と顔をあわせ、従者たちと共にロサの集落に入る。気づけば門番の姿も見えない。
(――これは!?)
ロサの内部は異様な光景だった。人々が皆、あちこちに倒れて眠っている。火が入ったランタンだけが揺れてその有様を照らしていた。
「どうしたことだ、これは……」
ロサの人々も、衛兵も、子供たちも目をつぶって起きない。静寂が辺りを支配している。
(――誰か)
アルタ様は、と言おうとしたところで七条の意識は急速に遠のいた。
いや、遠のくというより「何者」かに意識を引っ張られて連れて行かれるような……。
なす術もなく七条はその場に崩れ落ちる。
その時すでに源上や従者たちも同じく倒れ、深い眠りへと落ちていった。
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