⑫
「九十九!」
ロサのテントから密かに抜け出してきたアルタはその姿を認めて手を振った。アルタはロサとレッセイの駐屯地のちょうど間にある巨石の砦の前にいた。岩石が折り重なってできた自然の砦は、大地が胎動しているせいか日ごとその身を成長させ、今や楼閣のように高くそびえたっている。
花崗岩でできたその身にはいくつも鉱石の群集がひょこひょこと生え、色とりどりの結晶が花開いていた。九十九は息を切らせて走ってくると、
「ごめん、待たせた?」
「ううん、さっき来たばかり。九十九こそ大丈夫? ……仲間が亡くなったのでしょう」
「うん……でもそれは俺たちの宿命だから。気にしないで」
二人は岩の上に腰を下ろす。少し肌寒い。体を寄せ合うようにして座った。
「月が綺麗ね」
アルタは夜空に輝く白い月を見ながら言った。月の光が、アルタの髪を七色に照らしている。
「大昔、人類は月に行ったの。知ってる?」
「いや……月って、あそこに? あんな遠くに行ったの」
「そう。遠い昔まだ文明が残っていた頃。九十九は東の果てを知っているかしら」
「東……文明があった場所? 俺たちは死海と呼んでるよ。死んだら魂はそこに還るんだって……だから俺たちレッセイ・ギルドがいつか帰るところは東の地なんだ」
「私たちも東は死人の世界だと伝え聞いているわ……もう滅んでしまった文明の墓標、廃墟があるところだって。でも私はずっと西を目指して来たから東までちゃんと辿り着くかしら」
「え?」
「私、結晶症候群に罹ってるの」
アルタの告白は唐突だった。九十九は言葉を失う。
「伝えたかったのはそれだけ……今ロサは結晶化が急激に広がっているの。私もその一人になってしまったという事よ。足が、うまく動かないの」
アルタは目に浮かんだ涙を指ではらった。
「私は死んでも構わないわ。でもこのままではロサは滅んでしまう。それだけが気がかり。本当に心残りなの。ロサの人々はクリスタリスとも戦えないし結晶化にも無力だもの。私にとってロサは故郷。ロサを終わりにしないようそれだけは頑張るつもり――九十九」
そういってアルタは突然――九十九に抱きついた。身体が震えている。
「アルタ」
「あなたに初めて出会った時、神様だと思ったわ」
九十九の首に腕をまわしているアルタの表情は見えない。だが絞り出すような声がアルタの心情を物語っていた。
「再会した時、運命だと思ったの。私達を救ってくれる神様。九十九たちはそうじゃないって言うけど、やっぱり私にとって九十九は神様で、そしてまた助けてくれた。みんなは私を黎明の君なんていうけど……私の太陽は九十九だわ。懐かしくて、温かい光なの」
アルタの告白を聞きながら九十九は激しい自己嫌悪に陥っていた。
自分が……レッセイ・ギルドが神様? 太陽? 光?
(俺はそんなんじゃないんだアルタ)
自分はアルタを苦しめている結晶化の元凶となった――カガクシャの末裔。
なにも感謝されることはないんだ。
この世を地獄に変えた血が流れてる。
君を蝕み、殺すのは俺なんだ。
「九十九に再会できてよかった。きっとヴランシュ……弟が生きていたら同じことを思ったはず。「本物の希望」に出会えたんだから」
そう言ってアルタは九十九から身体を離し目をこすると立ち上がった。
「ずっと忘れない、私の神様。九十九――ありがとう。九十九だけじゃなく、レッセイ・ギルドに祝福がありますように」
「アルタ」
「もういかなくちゃ。勝手に抜け出てきたから」
ばいばい、と手を振るとアルタは足をぎこちなく動かしながら走っていった。
「……」
残された九十九はしばらくその場に黙ったまま座っていた。
黙って月を眺め――その輝きが闇に沈んだ頃、何かを決心したかの様に立ち上がり、六十八たちの元へ戻っていった。
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