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「アルタ様、これはいかがですか」

「ええ、ちょうどいいわ」

「筋を痛めたなら安静にするのが肝心ですよ」

そういいながらエズはアルタに杖を渡して、布団の上に座らせた。そしてそのまま木箱をあけてカチャカチャとなにかをとりだしている。

「何をしているの?」

「ハンマーと……(たがね)などないかと思って」

「? どうするの?」

「水晶を彫るんですよ。レッセイたちの戦いぶりを見ていて思いついたんです。正体は不明だが、彼らは雪の結晶の様なものを武器として使っているようです。それを真似できないかと」

そう言って机の上に道具をじゃらりと広げる。

「これくらいでいいか……ああそうだ、アルタ様、包帯を変えましょう」

「あ、い、いいわ。自分でできるもの」

「そうですか? では布だけでも……」


「エズ様、アルタ様!」


テントの中へ足早にヴァルルが入ってきた。

エズは顔をしかめて、

「ヴァルル、アルタ様のテントだぞ、先触れを――どうした」

ヴァルルの尋常でない様子にエズは、

「顔が真っ青だ」

「お二人とも落ち着いて聞いてください」

そう言っているヴァルルの声が一番せわしなく思えた。辺りに人がいないのを確かめると、

「レナスから報告がありました。今、ロサの中で体調不良で寝込むものが増えています。詳しく診たところ――多くに結晶化の兆候があると言うんです」

「何だと」

「原因はわかりませんが――急速に結晶症候群が広がっているんです。レナスにもっと詳しく調査を命じました。早いうちにロサ全体の状態が知れるかと」

「数は」

「兆候のあるものが三十以上。寝ているものを含めればそれ以上に」

「何という事だ……!」

今度はエズが顔を青くする番だった。クリスタリス対策にばかり頭を傾けていた。

結晶化がロサの中で全くなかったわけではない。一定数必ず結晶化で命を落とすものはいた。

だが――こんなことは初めてだった。突然の罹患者の増加。体調不良、寝込み……

は、と顔をあげて、


「アルタ様」


エズは布団の上に座っていたアルタに近づいた。

「まさか」

アルタの顔がこわばる。首を大きく左右に振った。

「――失礼!」

「だめよ!!」

アルタの悲鳴を無視してエズは包帯を取り換えるために靴を脱いだアルタの右足首を掴んだ。

(固い……! この肉のこわばり……!)

「アルタ様」

エズが白い顔をしたアルタに向かって、

「結晶化に――罹っていたのですね」

「……皆には黙っていて」

アルタは唇を噛んで、

「今私が結晶化に罹っていると知れたらロサは――大変なことになるわ」

「もうすでに緊急事態です」

ヴァルルは額に手を当てて動揺している。アルタが罹っていた、それだけで十分だ。

「ロサ・エスファナは終わりかもしれない」

「ヴァルル! 滅多なことを言うな!」

エズはヴァルルの頬を打った。ヴァルルが少し後ろによろめいて、

「す、すみません、つい弱気に……なってしまいました」

「こういうときこそ我々騎士がしっかりせねばならんのだ! いいかヴァルル、お前もその一人だ! しっかりしろ! すぐに長達を集める。いや――レナスたちが調べていると言ったな。そのあとでいい。ロサに巣くう結晶化――これはこのままいけば嫌がおうにも皆に知られることになるだろう。我々に結晶化は止められない。しかし……アルタ様のことは絶対に誰にも言うな。アルタ様ご自身が言うように、知られればロサは瓦解する! いいな!」

「は、はい」

ヴァルルは姿勢を正してエズに礼をとった。


(やはりエズ様は騎士の中の騎士だ……! 全く揺るがない)


ヴァルルは尊敬のまなざしを向けて、

「これからどうしましょう」

「それはロサの状況がわかってからにしよう。アルタ様?」

「エズの言う通りにします」

「アルタ様、結晶化はいつから」

「……二日くらい前かしら……やはり体がだるくて気づいたら……多分、今自分の状況に気付いてるものは――結構いるかもしれないわ」

「……あの、これはロサだけの現象なのでしょうか。もしかしたら……」

「――レッセイ・ギルドか。彼らにも伝播していたら……」

ロサにとっても――人類にとっても、致命的だ。


(しかし彼らは結晶化で動じるような人間だろうか)


もし罹ったとしても何も言わずただ受け入れる、そんな気がした。


「とにかく今は普通にふるまおう。以前から結晶化にかかっているものもいるし、未だに葬送の火はたえない。皆がすぐ異常に気付くとは限らん。あくまで落ち着いて行動を」

アルタとヴァルルは頷く。

「私に特別な配慮は無用よ」

「御立派ですコレアラタ=ロサ・エスファナ。大丈夫、何とかして見せます」

そういってエズは片足をつくとアルタに最敬礼の姿勢をとった。アルタは惣領として周りを不安がらせないように隠していたのだろう。

何とかしたい。それは本心だった。しかし、結晶化は治せない。

エズは涼しい顔をしているが、内心は心暗かった。


(アルタ様が結晶化とは……! 何ということ。しかしそれでも私はアルタ様を)


必ず守って見せる。


エズは立ち上がると、

「ヴァルルはレッセイ達の元へ夕食を運んで、それとなく様子をうかがってくれ。私もロサの様子を見ておこう。アルタ様はここで安静になさっていてください。皆はアルタ様が足を怪我しておられることを知っています。結晶化とは思いますまい。ここで休息を」

「わかったわ」

アルタは固い足首をそっと触ると頷いた。うまく動けない今、エズに指揮をとってもらったほうがいいだろう。ヴァルルは行ってきますと外へ出て行った。エズも礼をしてテントから出て行く。

残されたアルタは少し考えた後、外の見張りに、女官は休むように言ってと命じて再び中に戻った。そうして足を引きずるようにしながらテントの奥の、入口とは別にある緊急用の脱出口を確かめる。


(……みんなが眠るまで、あと数時間の我慢だわ……)

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