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砂塵の民

遠い昔のはじまりはじまり……

金色(こんじき)の雨の降る。


皆が驟雨を避け岩陰で寝ている中、六十八(りくは)は赤子の泣き声を聞いたような気がした。

雨は地表に落ちて固まり、金の塊となってころころと転がっている。銀が降ることもあるが、今日は金だ。明日は眩しい朝を迎えるかもしれない。六十八はじっと闇の中で目を凝らす。ここには数時間前にやってきたばかりだ。本来なら宿営するのに安全かどうか入念に周囲を調べるのだが、のっけから雨に降られた。鉱物の雨は厄介で浴びると身体に障る。止むまで大人しく待つしかなかった。この世界からまともな雨は消えつつある。

どうするか――と六十八は思案する。こんなところに赤子がいるとは思えない。六十八たち以外に人の気配はないし、辺りは岩と砂だらけで乾いている。


(だが確かに声はあった)


雨足は弱まってきている。六十八は結局身をおこし、事を確かめようと雨よけの布をかぶって岩陰から飛び出した。斜面を滑り降り、厚い革靴で大地を歩く。ここらは大きな岩石が多い。姿を隠して休み、しばらく滞在するには悪くない地形だ。周囲を探ると人の生活跡を見つけた。火を焚いたようで、地面が焦げている。

(だいぶ日が経っているな……去ったのか、それともやられた(・・・・)のか)

は、と振り向く――泣き声。ごつごつと地面から突き出た岩の陰から聞こえてくる。泣き声の主は薄汚れた麻にくるまれた赤ん坊だった。うぇえん、うぇえん、と泣いている。

火のつくような泣き方ではなく、まるで遠く長く遥かに響けといった泣き方だった。

六十八は岩に手を置き赤ん坊を眺める。象牙色の頬はぐずって赤く腫れているが汚れもなく綺麗だ。

さて――声を聞いてなんとなく探し当ててみたものの、六十八がこの赤ん坊を助ける理由はない。赤子は捨てられたのか、生き残ったクチか、どちらだろう。


「このまま死ぬか」

赤ん坊に話しかけると、赤子は急に泣くのをやめて六十八に笑いかけた。六十八はおもわず吹き出す。

「お前、策士だな。泣いて憐みを乞うたなら捨て置いたものを。籠絡するか」

そういって六十八は赤子のもとに足音を殺して近づくと膝をついた。きょろりと目を向ける赤ん坊の首根っこをつまみ上げ、ねめつけるように言った。

「我々の掟は厳しいぞ。死にたくないならさっさと自立しろ」

……そして赤子を抱きかかえて無人の集落をあとにした。

「おーい六十八」

岩山の上から六十九(ろく)が手を振ってこちらに駆けてくる。散らしたような赤毛で額に結ばれた白の砂よけの鉢巻きがよく似合っていた。鉢巻きには独特の植物文様がある。彼らは露草の文様を額当てや砂除けの布に染めたり刺繍()したりして頭に巻くのが習いだ。それはまともな雨が降るようにとの天への願掛けだった。

「お前の頭は夜、役に立つな。暗闇でも目立っていい」

「それお前が言うか? おめーの亜麻髪(フラックス)のほうが目立つわ。金糸銀糸もまじって派手だし。褐色肌の奴は大抵黒か茶なのに珍しいもんだぜ。それより勝手に出て行くなよ……雨はやんできたが今は夜なんだぜ。「奴ら」は眠ることを知らねえ。お前が襲われたら俺たちも襲われる」

「悪いな。寝ていたんじゃないのか」

「夜明けが近いしおめーの気配がないから目が覚めたんだよ。あと一二三(ひふみ)が話があるって。……まったく久々の熟睡だったのにいい迷惑だぜ。ん?」

ふあ、とあくびをした六十九は六十八が抱えているもの(・・)に気付き、目を丸くする。

「おい、それどうしたんだよ」

「くどき落とされた」


六十九がえええと素っ頓狂な声を上げると六十八はそれを無視して雨をしのいでいた仲間たちの待つ岩陰へと戻った。腰をおろした老齢の男性を皆が囲んでいる。


「師匠」

「六十八か、よく戻った。その子は」

「そこで見つけました。私の弟子にします」

「そうか。これで九十九番目。九十九(つくも)と呼ぶがいい。我々はただの数。名はいらぬ」

「話があるとのことでしたが」

「いよいよ儂もこれまでよ。みてみい、この足を。肉がうねり骨は鉱石(いし)となって臓腑を侵す。杖で歩いてきたがもう限界だ。内臓まで結晶化していくのを感じる。儂は四十番目で、随分長く生きられた方だったがもうそれも終いだ。よってお前に一二三の座をゆずる。これを」

そういって六十八の師――四十(しそ)は頭に巻いていた布を取り、差し出した。藍色の糸で織られたそれはくたびれ、年季を感じさせるものだった。

「わしの師、三十七(みな)から受け継いだものだ。わが師もまた一二三だった……布を裂き、糸を紡いでまた織るがいい……もう日が差す。行け、今が一番安全だ」

「師匠は」

「儂はもう動けん。捨て置け」

「御意」

六十八は腰に下げていた水筒を外し、四十の水筒(もの)に中身の半分をうつした。そして己を育て上げた偉大な師の膝元に置き、仲間達を促してその場を後にする。

誰も振りかえることはない。薄情なのではない。それが掟なのだ。

結晶化に蝕まれればもう助かりはしない。やがて肉は石となり砕け散る。誰にもどうにもできない、だから置いて……去っていくしかない。

この世界に生きるものの、運命(さだめ)なのだ。


 ――ここは「結晶世界」。

怒れる大地と鉱物に支配されし、死の世界。



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