⑤
「アルタ様!? どうかされましたか」
エズが心配顔で声をかける。
「あ、――なんでもないわ、この水は塩辛くないみたい、使えるわ」
しっかりしないと。――アルタは川からあがって手のひらの上の石を皆に見せた。
「綺麗でしょ」
「わあ、雨花石ですね! こんなところで出会うとは」
ヴァルルが感心したように手に取った。
「古の景色が宿っている……これは水が上から落ちてきているようにみえるな」
「ヴァルル、それは多分「滝」というやつだ。とても高いところから水が地に落ちるんだ。千年前はたくさんあったというぞ」
エズは雨花石をアルタから受け取り、目を細めた。
「水に困らないなら今でも欲しいですね、あるかな」
「無理だろうな。山へ行けばあるかもしれんが……」
エズは結晶世界の変動を肌で感じていた。
雪解けの水があるなら雪のある北の山脈を目指してもいい……実際、昔、ロサは北へ向かったことがある。
しかし何故か山にはたどり着けなかった。山はそこにあるのにまるで幻なのだ。
そのうち方位磁針の回転が止まらなくなり、ロサは方向感覚がわからなくなった。話し合った結果、アルタのダウジングで西を目指すことになりそれは今も続いている。東へ向かうことは考えなかった。
東は死の国だ。
ロサでは東には太古の都市文明の残骸が残っているという伝承がある。それは何千年もの間繁栄を極めた文明で、しかし「何か」によりそこから結晶世界が起こり、文明は廃棄されたのだという。それ以前はどういう世界だったのかは知らない。何しろ千年も昔のことだ。人間は「文明」社会で生きていた、ということくらいしかわからない。
エズは結晶世界を生んだ「何か」が時として非常に憎くなる。千年前、果たして東の地で何が起きたのか――。
(結晶世界を生き抜く方法はその「何か」が鍵を握っているに違いない。それがすべての始まりだったのだろうからな。知ることができれば……しかしあまりにも昔すぎる)
最期の国であるロサにさえ伝承くらいしか残っていないのだから、手掛かりは皆無だろう。
ともかくそんなわけで東は結晶世界が最初にはびこった忌避すべき地とされている。
(いつまで持つだろうか)
クリスタリスと結晶化に怯えながら人類はどれほど永らえることができるのか。
絶望と背あわせの中、エズはロサに……アルタに希望を見いだそうとしていた。
「……この雨花石は美しいですが、見るだけにしておきましょうアルタ様。鉱石どもはいつ我々に牙を剥くかわかりません」
「そうね……さあ、大地へお帰り」
アルタは持っていた雨花石を川へ投げ込んだ。ヴァルルも少し惜しい顔で落とす。
「さて、皆もう少し奥へ移動しよう! 川はまだまだ大きくなるはずだ」
エズが従者たちに声をかけ、ロサはまた移動を続ける。
エズの見立ては正しかった。川はどんどん水量を増して大河となり、辺りは一月ほどで水の恵みにより緑が広がり、獣を呼んだ。子どもたちは楽し気に赤や紫のキスタンテやノラナの花を摘み、人々はテントのなか笑顔で茶を煮立てて飲んだ。
季節のない結晶世界にまるで春が来たかのように――ロサの人々はやっとつかの間の休息を得ることができたのだった。
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