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「ねえお姉ちゃん!」


座っている少女に雑技団の一員と思われる子供が声をかけてきた。

「ギルドの人でしょ。お水が足りないの。作ってくれない? 藍玉(アクアマリン)ならあるから」

「ふふ、いいわよ。それくらいならあたしにもできるから」

少女は腰にさげていた革のポシェットに手を突っ込んでゴソゴソと探った。取り出したのは数センチにも満たない雪の結晶――をかたどった極薄の水晶(クォーツ)である。

「えーと……装天(そうてん)!」

ぐっと握りこんで声をかけると雪の結晶は瞬時に巨大化した。わずか一センチたらずの水晶が直径三十センチほどの六花に姿を変える。水晶(クォーツ)の結晶質と少女の体内の結晶質が共鳴し合って起こる現象だ。少女は無数にあいた結晶の隙間に指をはめるとくるくると回し、うん、上出来と笑みを深くした。

これが「回路」。

そして回路の中心の六角形のくぼみに少年から受け取った藍玉(アクアマリン)を嵌めると透明な回路に一瞬光が走り、ぼよん、と大きな水の塊が生成された。

「おっと」

少年は空中に投げ出された水の塊をまってましたとばかりに用意していた金属の器にすくう。雪の華の形をした回路は用を終えて瓦解し、地面に細かく散らばる。回路は繰り返し使うことはできない一度きりの使い捨ての道具(インスタント)だ。だから少女のポシェットの中にはたくさん回路が入っている。

「ありがとう、回路余計に使わせちゃって」

「いいわよ。ギルドは本来こういうのがお仕事なんだから。あそこのおバカなギルド達みたいに技術を競いたがる連中もいるけど、回路技術なんてただの生活道具だもの。回路は街でたくさん売ってるし、水くらいならギルドじゃなくても作れると思うけど」

「そりゃ火をおこしたりこれくらいの水を作るならおいらにもできないことはないけどさ、腕が良くないと暴発したり、澄んだ水は作れないから。そういうの困るもん。パンはパン屋、回路にはギルドだよ。やっぱカッコいいなあ、装天! ってさぁ。絵になるよね。おいらギルドになりたかったんだけど、うちはこの通り流浪の旅芸人一家だからサ、継ぐのが宿命だからサ」

そういって少女より年下と思われる子供は一丁前の口をきいた。

「羨ましいなあ、ギルドは皆レッセイ・ギルドの末裔なんだって母ちゃんが言ってた。レッセイ・ギルドは結晶世界の神様なんだから、神様の子孫ってことだろ。やっぱカッコイイよ!」

そういって子供は器を頭にのせてくるりとまわった。



レッセイ・ギルド。



そう、レッセイ・ギルドは――結晶世界の神だ。

神、いや先祖なのか、救世主なのか。

レッセイ・ギルドとは千年前に存在したとされる幻の技術集団の事で、彼らこそが回路技術の生みの親とされる。途方もない知識と技術を持ち、回路を自在に操ってそれはそれは――神の御業とまで言わしめた腕を持っていたという。

千年前地上は荒れていて、化け物があちこち跋扈し人を襲っては食うという恐ろしい世界だったらしい。人間は絶滅の危機に瀕していて――皆、化け物から逃げることしかできなかった。だが化け物を唯一倒すことができた存在がいた。それこそがレッセイ・ギルドであり、その術が回路技術だったのだと歴史書には書かれている。またこうも記されてある。

化け物が去ってのち、レッセイ・ギルドは東へ去ったと。

東とは死海と呼ばれるはるか遠く東の終わり(イースト・エンド)にある真っ白な砂漠を意味するのだが、死者が還る地として信仰されている。故にレッセイの魂はまだそこに存在していると信じるものも多い。レッセイ・ギルドから回路技術を教わり、各流派に別れて技術を広めた人間の末裔が現在のギルド達だ。彼らはレッセイ・ギルドへの敬意と畏怖をこめてその名称の一部をとりギルドと称するようになった。だから基本的にギルドとは回路技術者のことを指す。


「でもねえ……千年でしょ。千年も前のことなんて誰にもわかんないわ」

少女は少しすねたように口をとがらせて言う。

「お姉ちゃんギルドのくせにレッセイを信じないの?」

「私現代っ子だもの。そりゃギルドである以上レッセイを尊敬してないわけじゃないけど、でもレッセイ・ギルドについて知れば知るほどバカらしくなってくるのよ。知ってる? レッセイって化け物と戦いながら自分で回路を作って装天してたっていうのよ。回路は水晶から削りだしてできあがるまで最低三日かかるの。階級の高いギルドは自分でつくることもあるけど、ほとんどは回路専門の職人が作るのよ。それを戦闘中なんて無茶でしょ。おまけに「連結」は当たり前だとか……回路同士をくっつけて共鳴させる高等技術よ。暴発しやすいから騎士級でも使えるギルドは少ないの。でもレッセイにとっては当たり前で、年中使ってたって言うわけ。みんな本当は無理だってわかってるわよ。でもレッセイはとにかく凄いからって話を盛るのよね。そういうのなんかしゃん、としないわ。頭布の植物文様もレッセイの真似、「ギルド名」を持つのもレッセイの真似だって……溜息出ちゃう。私達新人類の歴史と文化のほとんどがレッセイの「幻」で構成されてるなんて」

「でもレッセイの回路って今のギルドが使ってるものとは違ったって聞いたよ」

「ああ……レッセイ・ギルドの回路は本物の雪の結晶だって話? そう、それに似せて私たちは水晶でできた回路を使ってる……なんて、まさか!」 

少女は大げさに肩をすくめる。

「雪の結晶なんてすぐに溶けちゃうでしょ。どうやって使うのよ? ま、きっと雪花石膏(アラバスター)で作ってたんでしょうね。それを雪の結晶だなんて言ってるのよ。雪華を武器にするなんてロマンよね、いかにも三流詩人が考えそうな話じゃない? 実際レッセイについては寓話(おとぎばなし)ばかりで史実は殆ど残ってないんだもの」

「おっ! それ「源上砂上楼閣記げんじょうさじょうろうかくきだね。千年前につくられた唯一の歴史書。青海派の祖が記したってやつ。おいらの一座じゃそれを演目にしてんだ。人気なんだよ! なんたって史実に基づいてるから盛り上がるし。でも今残ってるの写本だけらしいね。実はこれから一芝居うつんだ。よかったらみていってよ、お姉ちゃんはお水を作ってくれたからお代はいらないよ」

「ありがと。人を待ってるから時間つぶしにちょうどいいわ」

「へへ……お決まりの題材だから見飽きてるかもしれないけど、おいらたちは上手いぜ」

そういって子供は水の器を大事そうに持って小走りに去っていった。少女はベンチに座りひらひらと手を振る。視界の片隅にまだぐだぐだと小競り合いを続けるギルドたちの姿が目に入った。ストローを吸うともう残り少ないのかズルズルと音が鳴る。

もう一本買ってこようかなと思い、さっきの露店へ向かおうと腰を上げたところで一つの細長い影が少女の横を翳した。


お読みいただきありがとうございます!

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