ロサ・エスファナ
切り出された石棺の色は白。
その名にふさわしい、最期の入れ物に収められた彼の人の胸元に砂漠の薔薇をのせると、少女は涙で見送った。
「ヴランシュ……」
生まれてからずっとそばにいた双子の弟。美しい声を持ち、人々の心を魅了した優しい少年だった。喉を結晶に侵され、声が出なくなり息が止まるまで少女の隣に在り続けた。少女が落ち込むときは寄り添い、笑う時は共に笑う。彼は少女の半身だった。そしてその半身は臓腑を侵されついに崩れ落ちた。死。弟の死。
「アルタ様」
棺を力なくのぞき込む少女を呼ぶ声がした。
「ヴランシュ様はまことに残念なことでございました……」
朽ちた神殿におかれた棺と少女、その傍に膝を折り控える侍従らしき人影が言葉を続ける。
「これにより我々「ロサ・エスファナ」はますますアルタ様を主と認め、お慕いする所存にございますれば、どうか我々を導いてくださいませ……! 貴方様こそが我々ロサ・エスファナの、いや、人類の光にございますれば……コレアラタ=ロサ・エスファナ、黎明の君よ!」
少女……コレアラタ=ロサ・エスファナは静かに目をつぶり、ゆっくりと開いた。そして棺から離れると神殿の階段下に群がる人々に向かって語りかける。
「皆よ。我が弟ヴランシュが亡くなったのは辛いことです」
しかし、と続け、
「私たちはこの過酷な世界で生き続けなければならない……結晶世界は私たちをひどく苛むが人は強いもの。今生きているこの時を大事にして、諦めず安住の地を求めましょう……そのためには私はいかなる努力も惜しみません。弱き者も見捨てません。人類はけして滅びはしないのだという事をクリスタリスたちに思い知らせてやるのです。今も、これからも!」
歓声が沸き上がった。ロサ! ロサ! アルタ様! と人々は感極まった声で叫ぶ。
彼らは「ロサ・エスファナ」。
人類最期の王朝であり、最期の「国」を起源とする人々で、結晶世界におけるもっとも多い人類の一群である。といってもその数は三千と少しで、クリスタリスの脅威と結晶症候群によりゆっくりと数を減らしつつあった。減らしては他の人類の集団と合流し、吸収することでなんとか母体を保っている。集団となることで知恵や力を結集し、クリスタリスからの脅威をしのいできた。
彼らはロサ・エスファナ国の末裔であるロサ家の惣領を筆頭とし、結晶世界を生き抜いている。
ロサ家の惣領は二人いて、双子の姉弟であるヴランシュ=ロサ・エスファナとコレアラタ=ロサ・エスファナがつとめていたが、ヴランシュが結晶症候群により逝去したことでコレアラタがその頂点に立った。コレアラタは普段アルタと呼ばれている、今年十六となるまだ少女の身だ。しかしロサ・エスファナの末裔である彼女は「国民達」にとって絶対的な王であった。弟と同じ紫がかった白の髪と目は美しく、特に瞳は太陽の光が当たるとプリズムのように七色に反射して不思議な色を放ったことから、夜明けの空になぞらえて「黎明の君」とも呼ばれている。穢れのない美しく長い髪を頭の上で一つに結びとめ、三つにわけて黒と金に染められた布と共に編みこみ垂らす姿は王者の風格。実際、いずれロサの惣領となることを運命づけられて育った彼女の精神は強い。またクリスタリスに寸でのところで食われない豪運があった。
結晶世界の支配者であるクリスタリスもアルタを食らうことはできない――
人々が彼女に神性を見い出す所以である。それに依って集団は保たれていた。
アルタこそがロサであり、ロサこそがアルタだった。
「アルタ様」
控えていた青年が顔をあげた。銀髪の、端正な顔に切れ長の赤い目が印象的である。
「ヴランシュ様はここに埋めていきましょう。昨日ヴァルル達が探索先でクリスタリスを目撃しました。奴らは近いうちに我々を探し当てるでしょう。このような無名の地にヴランシュ様を葬るのは無念ですが……焼いているだけの時間がありません」
「わかったわエズ。そうとなればすぐに出発しましょう。――皆、私たちはここから離れます。どうかヴランシュに最期の別れを。そして旅立ちの準備を!」
さようなら、最愛の弟。
アルタが冷たく結晶化した弟の額に口づけをすると蓋は締められ、神殿からおろされると掘られた穴へと棺は埋められた。人々は頭を下げると、それぞれ急ぎ荷物をまとめて出発に備えはじめる。
神殿、およびその周辺はかつて人が華々しい暮らしを謳歌していたであろうことを偲ばせる廃墟であった。屋根のある大きな正殿がそのまま残されていたこともあり、ロサ・エスファナはこの地域に半年程とどまっていた。
彼らの目的はクリスタリスのいない安住の地を見つけ出す事。そのために何代にもわたって旅をしてきた。
いつか見つかる、いつか見つけると思って数百年。
ロサは探し続けている。
アルタは棺が埋まるのを見届けると周囲を見て回った。
(半年……長く持ったほうだわ)
沈黙した古い壁に細い指をそっと添わせる。ここがにぎやかだったのはいつの頃だったのだろう。遥か昔、結晶世界が出現する前の事だろうか。
「アルタ様いけませんよ、供もつけず。エズ様に怒られちゃいます」
アルタの前に派手な寝ぐせをつけた焦げ茶の髪の青年が歩いてきた。青年と言ってもアルタより少し年上くらいで、快活な少年の面影が残る。
「ごめんなさいヴァルル。少しこの街の名残を感じておきたくて」
「街かあ……確かにここは街だったんでしょうね」
寝ぐせの青年、ヴァルルは辺りを見回して、
「これほど形が残っているのは珍しいってエズ様も言ってましたよ。まあでも……クリスタリスは建物なんてどうでもいいでしょうからね……奴らの狙いは肉ですから。さて、アルタ様もご準備を。女官たちが待ってますよ。僕がお供します」
「「女官」だなんて、ちょっと大げさじゃないかしら。ロサ国の末裔とは言っても私はかしづかれるほどのことをしていないもの」
「そんなことを言ったら僕やエズ様は「騎士」ですからね。でもそれくらいがいいんですよ! アルタ様が大事にされてるってわかればみんな安心することってあると思うんです」
「それならいいけど……ヴァルルは優しいわね。まさしく騎士だわ」
「いやいや、これはエズ様の受け売りです。本当の騎士っていうのはエズ様のような人のことを言うんだと思います。アルタ様も知っての通り、僕は本来ジオス家とは何の関係もない人間ですから。エズ様が養子に賛成してくださったから、僕も騎士になれたんです。本当に感謝してます。僕はずっとロサのために何かしたかったから……」
そう言って感慨深げにヴァルルは微笑む。
古代ロサ・エスファナには代々惣領に使える騎士がいた。
騎士はジオス家から輩出されるものと決まっていて、現在アルタに使えているのが騎士長のエズ=ジオス、そしてその弟子のヴァルル=ジオスだった。ロサの人間たちは血脈にこだわった。人類が散り散りになったこの世界で、生き残りをかけるなら本来無用と思われるところだが、だからこそ人々はしがみつく。
保たれた血脈というのは永遠の表れだ。遠い昔の繁栄がまだどこかに残っている気がする。それは希望だ。
だから血筋の連続の結果であるエズやアルタが殊更尊く思えるのだ。
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