⑬
「ずいぶん採れたね」
八十九はサボテンを集めながら言った。
「少しは気分がまぎれたかい九十九」
「……うん……心配かけてごめんなさい……」
「そういうことは一二三に言うんだね。お前のことを一番気にかけているのは六十八だ」
そうかな、と悪態をつくようにつぶやくと九十九は迷った目でそわそわとし、
「ちょっと……してくる」
「厠かい。行っておいで。あまり遠くに行かないようにね。何かあったらすぐ合図を」
「わかった」
九十九はそういってその場から離れ、サボテンの密集するところへと駆けて行った。
「――素直じゃないなあ」
「そういう年頃なのよ。あなただってそうは変わらなかったわ」
ため息をつく八十九に七十七は苦笑してサボテンを裂き、水筒に水を灌ぐ。
「師姉上に言われるとかなわないな」
「九十九だって、わかっているのよ……今はただ気持ちを持て余してるだけ。でもいずれわかる時が来るわ。……その時初めて私達レッセイ・ギルドの宿命を知るのでしょうね……」
八十九達から少し離れたところまでやってきて九十九はサボテンの陰で用を足した。
「はあーあ……」
九十九はため息をつく。
ここまで来たのは単に用を足したかっただけでなく、六十八への納得できない気持ちと、八十八を犠牲にした悔しさがまだ整理できなかったからだ。
「師匠のいう事もわからなくは、わからなくは……ないけどさ」
でも……と九十九はどうしても納得いかない。
――八十八の件は七十七の言う通り腹に収めるとして、近頃九十九は自分の腕を試したくて仕方なかった。
自信はある。自分の力があればもっと仲間たちを助けられるはずだ、と。
例えば八十八も救えたかもしれない。しかしこの時期が一番危ういのを六十八に見抜かれ、行動には釘を刺されている。
(お前は今、弟子を導けるだけの一流のレッセイ・ギルドになれるかどうか分かれ道に立っている。謙虚になるか傲慢になるか、よく考えろ)
九十九もそれもわかっている。わかってはいるが――ままならないのが若者の常というやつで、どうしてもはやってしまう。
「ちぇっ、やっぱり師匠は僕を甘く見てるよ」
次にクリスタリスにあったら今度こそ文句もないほどに完璧に仕留めてやる。そう思いながら九十九は身なりを整えてサボテンの陰から出ようとすると、――何かが聞こえた。
「……?」
なんだろう。
とても綺麗な……歌?
時々七十七が鼻歌交じりに布を織るがそれとは違う、もっと澄んだ調律だ。
(誰かいるのか……?)
他人と関わってはならない。
六十八から叩きこまれた掟が一瞬頭をよぎったが、好奇心がそれを上回った。
これまで何回か九十九は遠巻きに「自分たち以外の人間」を見たことがある。
だがそれは高い視力をもつ九十九からも豆粒ほどの大きさにしかみえず、更に「他人」から常に距離をとるレッセイ達の掟によって真正面から出会ったことはなかった。相手も九十九たちに気が付かないままどこかへ行ってしまうことがほとんどなので、交流などあろうはずもない。
恐る恐る足音を殺しながら歌声の聞こえる方へと近づく。
(少しだけだ。何がいるか少し確認するだけ……)
「他人」は同じ種で同じ姿形をしてはいるが、レッセイとは根本的にまったく違う存在なのだと九十九は言われて育ってきた。レッセイとしてはあってはならないことだったが、人一倍好奇心の強い九十九はその「違い」とやらに常々興味を抱いていた。
思わぬ好機――。
ここなら師たちの目も届いていないはず。
サボテンの群生から出て岩がゴロゴロと転がる大地の中、遠目に白いものが見えた。
後ろ姿だ。髪も服も赤茶けた大地から浮いて白い。
白い髪に、白い服。自分と大して年が違わない子供であることはすぐわかった。
――緑 緑の庭は 花咲く庭園 鳥が羽ばたき 王国に響くは騎士の足音
――踊る 踊るよ 風のように 踊り子は踊る――
大きな石の上に腰かけた二人の子供のうち、右側の子どもが拍子を打ちながら軽やかに美しい声で歌っている。判じにくいがおそらく男だ。
(なんて綺麗な声なんだろう)
二人の足元には紐でくくられた植物の束があった。恐らく何かを獲りに来て、その休憩の最中といったところか。二人は九十九に気付く様子はない。だがその時近くの地面が突然隆起した。獣形をとったそれは二人に襲い掛かる。クリスタリスだ。九十九は思わず、
「危ない!」
すぐに装天して駆け寄り、クリスタリスを打ち砕く。大した相手ではなかった。ほっと胸をなでおろすと二人の子供は驚いたようにくっつきあってびくびくとその場に震えていた。目を丸くした男女の子ども……しかし更に目を丸くしたのは九十九の方だった。
子供二人はそっくりで、まるで分裂したかのように同じ顔をしている。
「あ、あの……」
女と思われる方が口を開いた。
「助けてくれたの? ありがとう……」
もじもじと頬を染めて礼を言われ、九十九は何かくすぐったい気持ちになった。なんだか急に得意になった気がする。
「え、ええと」
何か言おうとして、そこへ遠くから九十九を呼ぶ声が聞こえた。七十七達の声だ。中々帰ってこないので妙に思ったのだろう。慌てて九十九はその場を立ち去ろうとした。顔がそっくりの子供二人はこちらをじっと見ている。
クリスタリスに会ったばかりで心細いのだろうか。
「ええと、困ったことがあれば僕を呼んでよ」
そういって九十九は二人に手を振って別れた。特に意味をこめた言葉ではない。得意になっていたせいで口からするりと出てしまった。そんなところだ。
レッセイ以外の誰かとこんな至近距離で対面するのも初めてで、しかも助けるという行為までしてしまったのだから九十九は興奮冷めやらない。
掟を破ってしまったという気まずさ、そして生まれて初めて「他人」と出会い喋った驚き――すべての感情がごちゃ混ぜになって気分が高揚している。
「九十九どこいってたの、遅いわよ」
「ごめん、ちょっと長くなっちゃって」
あの白い子供――二人きりなのだろうか。
大人無しでこの世界で生きていけるとは思えないが――とにかく九十九の心には瓜二つの白い子供の姿が鮮明に焼きついたのだった。
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