93話 急転直下
「作戦開始だ」
アスタロトがそう言うと、ダンタリオンが両手を組み合わせて小さな小石を多量に生み出す。
「こんなもんで十分だろ?」
「あぁ……」
そしてアスタロトが右手から生み出した竜巻状の風に小石を巻き込む。
その竜巻を競技場の上空へと打ち上げた。
「……よし、世界を震撼させる最高のショーの始まりだ」
その瞬間、上空から降ってきた無数の小石がけたたましい爆音と共に次々と破裂した。
「……!? 爆発!!?」
「キャアアアアアアア!!!!」
「何だ、何が起こってる!?」
「し、正体不明の爆発です! 皆さん自分の安全確保をお願いします!!」
一気に競技場の観客たちがパニック状態となった。
司会者も思わず驚きの声を上げる。
「な、な、何!? 一体何なの!?」
「ば、爆発です! 伏せて!!」
「ローディ、フエル! 2人ともまずは自分の身を守るんだ。……何が起きた」
アルゼラが周囲を確認する。
しかし周りの観客たちがパニックで押し寄せ、右往左往しているため原因が特定できない。
騎士たちも観客を抑えて安全を確保しようとしているが、一筋縄ではいかないようだ。
「皆、落ち着くのじゃ! ハルファスよ、お主も……!!」
会場内の皆を落ち着かせようとしたヨーゼルの首元には鋭いレイピアが突き立てられていた。
そのレイピアを持っているのは……。
「さぁ、今より新しい歴史を始めましょうか。ヨーゼル校長……!」
「何のつもりじゃハルファス…………いや、まさか、お主……!!」
ヨーゼル校長が側近として最も信頼を置いていた王立魔法騎士学園の教頭―ハルファスだった。
―その頃、競技場外
「た、大変です! おびただしい数の魔物がこちらに押し寄せています! そ、その数……数百体はいます!!」
「何だと!? 現在、競技場では謎の爆発で観客たちがパニック状態だ。各部隊長に速やかに連絡、まずは殿下を始めとする来賓者たちを守れ!」
競技場から監視していた騎士たちは突如として襲来してきた魔物の軍勢に気づく。
「フン……若造どもめ。吾輩にかような裏方仕事をやらせるとは。万が一失敗でもすればタダではおかんぞ……」
魔物の誘導を行っていたのは秘密結社の幹部―グラシャ。
既にその肉体は再生しており、ヨーゼルと戦った夜と同じようにスーツとシルクハットで身を包んでいた。
「一体どうなっているんだ! 状況がまるで飲み込めんぞ!!」
「何かが襲撃してきた……ってのだけは確かね。アレ見てみなさいよ」
シオンがハルクとアリウスの視線を促す。
すると観客席の上空、不気味な姿をしたゾンビのような魔物らしき何かが魔法陣から湧いていた。
その見た目は1つ目であり、鋭い牙と爪を持った人形の真っ白な怪物。
当然ながら誰も見たこともない。
「何だあれは……」
「分からないわよ。襲ってきた連中が呼び出してるんでしょうけど……」
「皆! あの怪物どもから戦えぬ者たちを守るのだ!!」
「戦える連中はアタシたちに続きな!」
そう言って3人の前に姿を現したのはムスクルス先生とカーラ先生だった。
特にムスクルス先生の筋骨隆々の肉体と刺々しい仮面がこのときばかりは頼もしい。
それにハッとしたような表情となった3人はすぐさま怪物と戦うため構えた。
「殿下! お逃げください、他の者たちは我々の手で守ります」
「だけどこんな状況を放っとくってのか? 俺も戦うぞ!」
ティルディスはレインによって退避を促されるが、本人は怪物たちと戦おうとしていた。
「レインちゃん聞いてるか? ここに向かって数百体の魔物が押し寄せてる。レインちゃんは第一部隊を率いて迎撃に向かってくれねぇかな」
「ブラッドさん……」
殿下のことは任せてくれとウィンクしながら告げるブラッド。
彼のことを信頼しているレインは一礼した後、競技場の外へと向かった。
「さ、行きましょうぜ殿下。死なない程度に頼みますよ」
「話が分かるじゃねぇか。そんな簡単に死ぬような鍛え方はしてないから安心してくれ!」
肩まで伸ばしたブロンドヘアを振り乱して駆けるティルディス。
彼の海のように深い青の瞳は戦意に満ちている。
逃げ惑う観客たちを避難させつつ、湧いてくる白い怪物と戦闘する騎士たち。
だが一部の生徒たちもこの状況下にあっても比較的冷静でいた。
「何なんだこれは。ヴェルたちは無事なのか!?」
ユーズが消耗した身体に鞭打って移動しようとしたその時、競技場の真ん中に2人の黒い人影が降り立った。
「よし、そこを動くなよ」
「俺たちと一緒に来てもらおうか」
一方でヨーゼルはハルファスによって喉元へとレイピアの切っ先を突き立てられている絶体絶命の状況下となっていた。
「考え直すつもりはないか? ハルファス」
「考え直すも何も、私は最初からあちら側の人間ですから。さようなら、ヨーゼル校長……」
グッとレイピアを突き刺すハルファス。
しかし突き刺した相手であるヨーゼルは忽然と姿を消した。
「……!」
「では仕方がないのう。お主らが何を考えているのかワシにその全ては分からぬが……これまでの秘密結社の行い、決して看過できぬ」
いつの間にかヨーゼルはハルファスの後ろへと回り込み、その圧倒的な魔力を発現させていた。
「クククク……やはりそう簡単にはいきませんか。しかしここは些か雑然としすぎている。我々の戦いに相応しい場所へと移動しましょう」
「……!!」
ハルファスがそう言うと彼の紫の瞳が邪悪に光り、黒い竜巻が2人を包み込んで移動した。
そしてこの光景を見ていた学園の教師や騎士たちが騒ぎ立つ。
「馬鹿な……ハルファス教頭がヨーゼル校長を連れ去った……どういうことだ!?」
「まさか教頭が裏切ったというのか!?」
混乱に混乱が重なっていく事態。
だがそれでもアリウスを始めとする生徒や一部の教師陣は冷静に応戦していた。
『雷よ、刃となりて天より来たれ 雷鳴剣!』
白い1つ目の怪物たちを雷撃が刺し貫く。
大量に数はいるが、アリウスたちを持ってすれば処理できない相手ではない。
「ハァ……ハァ……! やはり病み上がりには厳しいな……! これも、鍛錬か!!」
「似合わない泣き言いってんじゃないわよ。こんな連中さっさと追っ払って終わらせるわ」
しかしアルゼラやムスクルスなど、明らかに教師陣に対しては白い怪物の群がる数が多い。
何か作為的なものを感じざるを得ない。
(僕たちに対して明らかに狙ってきている……校長の方は心配いらないだろうけど、競技場のユーズがどうなっているか……! ここは多少危険だったとしても彼らを行かせるのが得策……)
「ムスクルス先生。ここの連中は全て僕たちで対処しましょう、代わりに彼らをあそこに」
「! だがあの場所には主犯格がいるぞ、いいのか?」
「彼らも既に実力だけ見れば王国騎士に匹敵するでしょう。そして恐らく相手は生徒たちをナメている、足元を掬うチャンスです」
アルゼラの提案を飲むムスクルス、アリウスたち3人に向かって言い放つ。
「お前たち、競技場のユーズのところに行ってくれ! ここは我々がやる」
「! 奴らが今回の襲撃犯……? 我が好敵手のピンチか! 行くぞ!!」
「あぁもう、仕方ないわね!」
真っ先に向かったハルクを皮切りにシオンとアリウスが続く。
「くっ……! 私も皆のところに駆けつけなくては……!」
「無茶をしないでヴェル! まだ貴女の身体は治ってないのよ」
医務室ではヴェルが無理やり身体を起こそうとしたが、母のセーザンヌたちに止められていた。
仮設の医務室は競技場の近くに併設されており、騎士たちの護衛もあるため競技場内より遥かに安全であった。
(こんな時に皆を助けに行くこともできないなんて……)
恨めしそうに自由の効かない両腕を見つめるヴェル。
(ユーズ、ローディ、フエル、それに皆……無事でいてくれ……)
既に映像水晶は混乱の最中で途切れている。
今ヴェルは目を閉じて皆の無事を祈ることしかできなかった。




