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91話 見える未来

「さぁ一進一退の攻防が白熱しております! 果たしてユーズ選手とジーナ選手、どちらが決勝へと駒を進めるのでしょう!?」



 ユーズが攻め込み、ジーナが防ぐという図式。

 序盤から非常にレベルの高い戦闘を展開していたが未だ2人は全容を見せてはいない。



氷面鏡(テルス・ゲラート)への対応……やっぱり……)



「ウフ、ねぇアナタもそろそろ気づいてるんじゃない?」



「……何のことだ」



「嘘が下手ね。次は氷の槍を撃った後に接近……」



「……!?」



 ユーズが魔法で氷柱槍アクティ・クリスタロスを放とうとした時だった。

 突如次の動きを指摘された彼は手を止める。



(間違いない……あの回避能力を裏打ちしてるのは……)



「アンタには未来が見えるんだろ、少しだけ先の未来が」



「御名答♡ アナタが次に取る行動は全て筒抜けよ」



「……」



 予想していたとはいえ事実であることが衝撃的だった。

 未来を見る能力など聞いたこともない。



「ウフフ、驚いてるみたいだけどアナタの使う氷の魔法に比べればそんなに特別なことじゃあないのよ。水晶玉で未来を予言する魔法、占い、それと大差ないわ。アタシはそれを少しだけ戦闘用に練り上げたというだけの話」



 確かに水晶玉を用いたりなどして未来を予言する魔法は比較的知られている。

 しかしそれらの魔法は不安定な上に常に確定した未来を見ることはできない。

 それを戦闘に応用してここまで練り上げることにユーズは驚かされると共に戦慄する。



「そしてアタシの戦闘スタイルは基本的に守り。攻撃は最大の防御とよく言うけれど……アタシは逆。防御こそが最大の攻撃になるのよ。絶対的な防御は相手にとって何よりも精神的なダメージを与える……」



 ジーナがゆっくりとユーズに歩み寄ると両手を広げ、その余裕ぶりをアピールする。



「さぁアタシをどんな手段で追い詰めてくれるのかしら。最高の緊張感(スリル)を味わわせて頂戴」







「まさか本当に未来が見えていたとはな。驚くべき鍛え方だ」



 観客席にいたアリウスは近い席であったため、2人の会話が耳に入っていた。

 ユーズと同じく彼もその事実には戦慄を覚える。



「ジーナ・エルローズ……やはり我が好敵手(ライバル)をもってしても勝利するのは難しい相手か……」



「……もう動けたのか。頑丈なやつだ」



 そしていつの間にか彼の隣には包帯を巻いたハルクが立っていた。

 アリウスとの戦闘でかなり消耗した筈ではあるが、既に回復は済んでいるようだ。



「当たり前だ、鍛え方が違うからな! ……それはともかく、このままではやつには勝てんぞ」



「ユーズの行動は全て筒抜け、そして対応する手段をジーナは持ち合わせている。いくら未来が見えるといっても相手の攻撃に対応する実力がなければ宝の持ち腐れだが、やつは体術でも魔法でも絶対的な防御を名乗れるだけの極めて高い実力がある」



 沈黙。

 正直に言えば力の差は歴然たるものだ、アリウスとハルクもそれを深く理解しているからこそ下手に言葉を継げないでいる。



「……いや、こんなことを心配するのは時間のムダだな。いずれにせよやつは俺たちの想像を超えていく」



 アリウスは一度目を瞑り、次に開いた時にはハッキリと言い切った。

 それを聞いたハルクもニヤリと白い歯を見せる。



「ウワッハハ! そうだな。俺たちはただここで見ていればいい。我が好敵手(ライバル)ならば軽く優勝するくらいの力を見せてもらわないと俺が困る!!」



 この学園に入ってからの半年の付き合いがユーズと彼らの信頼関係を生んでいた。

 だが状況は決して好転してはいない。

 彼らの期待に応えられるかはユーズの力にかかっている。







「さぁ両者睨み合っております! どこで次なる手を仕掛けてくるのか!?」



(どうする、大抵の攻撃は無意味だ。こうなったら……!)



「……なるほど。意表を突いたつもりかしらね?」



『幻魔・氷面鏡(テルス・ゲラート)



 ジーナの身体を囲むように氷の鏡が浮かび上がる。

 第二の試験ではファルク・ドレッドロードを倒す決め手となった魔法だ。



 鏡に反射する催眠(ヒプノス)幻惑(イルージョン)、両方とも習得していたユーズがどちらを使ってくるかは普通ならばギリギリまで分からないだろう。

 しかし相手は未来の見える男。



瞑想(ブロック)!』



「ウフフ……無駄よ。霊魔法に対する防御くらいは心得てあるから」



 しかしユーズは零華を手にジーナの元へ突っ込む。



「やや斜め左からの斬撃……」



 当然ジーナはその攻撃の軌道を読んでいる。



(この斬撃は囮……ここだ!)



 二段構えの攻め。

 ユーズは斬撃が避けられることを見越し、身体を捻って左手で掴もうと試みる。



氷縛(フリギ・プレヘンデレ)!』



 だが彼はニヤリと笑うと狙われた左手を上に挙げ、素早いステップでユーズの後ろに回り込んだかと思うと右手の手刀を放つ。



「がはっ!」



 強烈な手刀はユーズの後頭部を直撃し、耐えきれず彼は地に伏す。



「ぐっ……」



「斬撃を囮にした二段構えの攻撃はいい動きだったけれど相手が悪かったわね。アタシは体術も鍛え上げ、研ぎ澄ましているの」



 ジーナの見えている未来は僅か先の部分。

 故にユーズは斬撃を躱されると踏んでいたが、向こうの身体能力を見誤っていた。



「く……くそ……」



 よろよろと立ち上がろうとするユーズ。

 後頭部に受けたダメージで意識が朦朧とし始めていた。



「どう、頭への攻撃は効くでしょ? そろそろ限界かしらね。残念だけれど宴はそろそろお仕舞いにしましょうか」



 そう言うとジーナは距離を取り、右手を石畳の床に当てる。








 ―医務室



「……!? ここは……!」



 大会用の仮設医務室のベッドにてヴェルエリーゼは目を覚ました。

 第二試合で意識を失った彼女は救護班によって担ぎ込まれ、治療を受けていたのだ。



「あら、目が覚めた? 良かったわ。命に別条はないけれど貴女両腕の骨が折れてたのよ。一応骨の再生はしたけれどまだ動かさないように」



 医務室の治癒師(ヒーラー)が言う。

 彼女は一度会釈のように首を傾けた後、あることを思い出した。



「そういえば試合は!?」



「今はユーズが戦っているよ。ヴェルに勝った、ジーナ・エルローズという選手とね」



「父上!? それに母上も……!」



 ヴェルが寝ていたベッドの近くには父親のウルゼルクと母親のセーザンヌが座っていた。



「ああ良かった……あんなに痛めつけられて、胸が潰れそうになったわ……」



 心配性の母親―セーザンヌは涙を浮かべながら言った。

 確かに相当の痛々しい戦闘になってしまったと感じるヴェルはやや申し訳なさそうに下を向くが、ユーズがジーナと戦っているというなら関心があるのはそちらの方だ。



「その試合は……!?」



「そう言うと思っていたよ。映像魔動機(ビジョンデバイス)だ」



 食い気味にウルゼルクが指差すのは試合の内容を伝える映像水晶(ビジョンクリスタル)に接続された大きな魔動機(デバイス)

 そこには立つのもやっとなふらふらのユーズに、攻撃の準備をするジーナの姿が映っていた。



「ユーズ……!」



 食い入るように画面を見つめる。

 ヴェルは明らかにユーズが追い詰められていることに焦燥感を抱いた。







『荒ぶる大地の怒り、世に顕現するは破壊の意志! 怒石流(グランドブレイカー)!!』



 ジーナの唱えた魔法により、競技場の石畳が瓦礫となってユーズに襲いかかる。



(フリギ)……』



 朦朧とする意識の中では氷塊(フリギ・スクトゥム)すら発動することができない。

 為す術もなく、ユーズは飛んでくる瓦礫に打ちのめされた。



「ユーズ!!」



 医務室の中で思わず叫ぶヴェル。

 同じ言葉が競技場でもローディやフエルによって発されていた。



「ゆ、ユーズ選手! ジーナ選手による魔法が直撃です! これは立ち上がれないか!!?」



 もはや勝負がついたと見た大勢の観客たちは喜びを顕にして歓声を上げる。

 彼らはユーズのことが目障りだったからだ。



「終わりね。もう少しやると思っていたのだけれど……」



 ジーナは少し残念そうに呟く。

 一方で倒れ伏したユーズは僅かな意識の中にいた。



 司会者によるカウントダウンがスタートした。

 ユーズが藻掻くようにして動こうとしていたからだ、しかし誰がどう見ても結果は見えていた。



(駄目だ……身体が言うことを聞かない。こんなところで……ヴェルとの約束も果たせないのか……?)



 脳裏に浮かぶのは試合で敗れた彼女の姿と、死闘をこの聖列選争(プロエリウム)で繰り広げたシオン、アリウス、ハルクといった友人たち。

 そしてさらに前夜ヴェルに―大切な者を守るという誓いをしたこと。



 その心が彼の身体を奮い立たせると、心臓の鼓動が大きく跳ねた。

 右手を握りしめて立ち上がる支えとする。



 その時―この日、彼の運命(さだめ)が動く。



(何だ……身体が熱い……まるで全身の血が沸騰してるみたいに……何なんだよ……これは……!)



 その熱源は左胸であったこと、左胸に刻まれた雪の結晶のような紋章が青白い光を放っていたことに彼はまだ気づいていなかった。

 しかしそれが彼に立ち上がる力以上のものを与える。



 終わりを確信していたジーナは食い入るようにしてユーズを見つめていた。

 それは、ユーズが今までとまるで違う強大な魔力を放っていたからに他ならなかった。



「ユーズ選手が……た、立ち上がりました!」



 司会も観客も驚愕する。



 だが唯一人ジーナ・エルローズのみは動いた。

 守りを至上とする彼が動いたのは半ば本能、ここでトドメを刺して仕留めなければ―



氷獄の地(ニヴルヘイム)



 一瞬のことだった。

 誰もが理解し難い現象―競技場の気温が氷点下まで下がったのだ。

 そこは既に超低温の世界、まさしく氷獄という名が相応しい。



「待たせたな、ジーナ・エルローズ。決着をつけようぜ」

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