90話 セミファイナル
ハルクとアリウスの試合が熱狂的な盛り上がりを見せた後、第四試合が行われた。
そうして出揃った4人がいよいよ準決勝に進むこととなる。
「それでは第三の試験、準決勝を始めたいと思います!!」
「天空の鷲獅子1年―ユーズ対深淵の海精3年―ジーナ・エルローズ!!!」
ユーズの目の前に立つ男。
ジーナ・エルローズがこのときを待ち侘びていたと言わんばかりに身体を震わせる。
「ウフフ、存分にやり合いましょう。とっても楽しみにしてたのよ。この時が来るのをね」
「その余裕がいつまで保てるか、俺も楽しみだ」
ユーズの発言に対してフッと鼻で笑うジーナ。
「やっぱりあの娘のことが気になる? アナタを奮い立たせてる動機は敵討ちってとこかしらね」
「いやこれは真剣勝負なんだ。そんな動機で戦ってちゃヴェルにも失礼だ」
「あら立派ね。好きよ、そういうの」
「ただ……少しやる気が出てきたのは事実なんでね」
ユーズの雰囲気が第二試合の前後において一気に変化したことを当然ジーナは感じ取っていた。
それは彼の思惑通りにことが進んだとも言える。
「ウフ、今から"魔王"がアナタを地獄に導いてあげる!」
(長い王立魔法騎士学園の歴史の中でも指折りの実力者、ジーナ・エルローズに勝てるかどうか……ユーズよ。どんなに低い確率であろうとワシは君に期待せずにはおれんのじゃ)
ヨーゼル校長だけでなく全ての教師陣と観客の目が強く注がれる。
ジーナ・エルローズに依頼をしたオズバルドは丁度ほくそ笑んでいた。
(フン……卑しい平民の小僧めが。ここまで残るというのも予想外だったが貴様のフザけた快進撃もここまでだ! どう足掻いてもジーナには勝てん!!)
観客の盛り上がりが最高潮に達する時、いよいよ2人の選手が相まみえた。
瞬間的に発動させる強化、ユーズは最初から斬りかかっていった。
「いきなり行ったぞ!」
「いや見ろ……でも!」
第二試合でヴェルの攻撃を避けたのと同様に、ジーナはユーズの放つ斬撃を全て紙一重で回避していく。
(……物理攻撃はほぼ通用しないと見ていいな。ヴェルの時もそうだったが、この男の避け方はまるで……)
ユーズは出来得る限りの強化を発動させていたが、それでも斬撃が当たるという気配すら無い。
「ウフフフ。中々のスピードじゃない」
(それなら一気に片をつけるしかない)
ユーズは一度距離を取ってから零華を腰から抜く。
今までで一番早くそれを使う戦いとなった。
しかしヴェルとジーナの戦いを見ていた彼には速攻で勝負を決める考えがあった。
(! 来るわね……)
『天牢雪獄!!!』
斬撃と共に放たれた巨大な氷の奔流が突き進む。
だがジーナは眉一つ動かさない。
『悠遠なる地の基、要塞となりて人を護らん 大地城壁!』
ジーナが手を付くとそこから競技場の床を破るように巨大な土の壁が隆起して天牢雪獄を受け止めた。
正面から最強の魔法を防がれたのも驚きではあるが、こうして高度な防御行動を取るというのは一つの示唆でもあった。
(第二試合で使わなかった防御魔法。やはり広範囲の魔法に対してはあの回避行動をしない……いや、できないんだ)
ヴェルが2発の螺旋水撃を放った際もジーナは回避より受けることを選んだ。
しかし大技の連発は第一試合でシオンと戦った時のような状態になる。
恐らくこちらが天牢雪獄を撃てる回数以上に向こうは防御用の魔法を使って迎え撃つことが可能だろう。
そうなれば勝ちは遠のくと判断したユーズは次の手を打った。
『氷面鏡!!』
ユーズが零華を突き立てると、競技場の床が一瞬で凍りついていく。
場はいきなり足元の安定しない戦場へと姿を変え始めた。
(つまりやつの回避行動は自身の身体能力に依存するということだ。それなら戦う環境を変えてしまってやつが動けない状態に持ち込めばいい!)
だがジーナもこちらの対策を予測していたのか、全く動じた様子は見せない。
「まぁまぁの作戦ね。でもそれじゃあアタシには勝てないわよ」
「!」
ジーナが競技場の石畳に魔力を流し込む。
すると石畳が途中から衝立のようにひっくり返り、氷面鏡による戦場の凍結を防いだ。
「もっと楽しませて頂戴。次はどう来るのかしら? まだ地獄の入口にも着いてないわ」
「……!」
そう言うとジーナは首輪のバンドを外し、首を鳴らす。
(どちらも未だ様子見……だが比較すればユーズは攻めあぐねているな)
観客席のアリウスが分析する。
彼からすればこのどちらかが決勝で戦う相手、今のうちに作戦を立てておきたかった。
(やはりジーナ・エルローズの対応力は超人的だ。ユーズの使う氷面鏡に対し、完全に床が凍りつく前から最も有効な手段を素早く講じている。あのまるで|未来を見通しているかのような《・・・・・・・・・・・・・・》動きは魔法の発動においても活用されているというわけか)
ジーナの持つ能力、その全容が未だに分からない以上ユーズの方が形勢不利。
それは紛れもない事実だ。
(だがお前は諦めないだろう。……勝って決勝に上がったお前を打ち倒すのは俺だ、必ず勝て)
「アイツが今回の標的の一人だろ? ユーズって言ったっけか」
「そうだ」
大木のシンボルがあしらわれた黒い装束を身に纏う2人の男。
彼らも他の観客と同様に試合を観戦していた。
「どーにも分からねーな。本当にあんなやつがレラジェを倒したのか」
直にユーズを見るのは初めての彼らにとって、今はジーナに押されている印象だった。
「だが実際に特殊な氷の魔法をああして扱っている。そしてあの魔剣……確証は得られていないが"触媒"と恐らく関係がある」
「ならどーすんだ」
「作戦は予定通りに遂行する。だが可能性があるならば今のうちに回収しても悪くはない……追加しようともそれほど難しい話ではないだろう」
「あぁ分かったぜ」




