89話 光速戦闘
「遠慮するな、アリウス・ハイランド。本気で来い」
その身に纏うは高速の力、ハルクは新たな力を身に着けていた。
(……これは、まさか……)
ハルクの周りに放出されている魔力を訝しむアリウス、しかしそんな暇もなく戦闘が続行される。
「ぐっ……!!」
ハルクが放った拳は3発、しかしそれをアリウスは視認できずマトモに受ける。
「な、何だアイツ! 凄いぞ!!」
「攻撃が見えない! まるで別人だ!!」
観客たちも一際大きく歓声を上げる。
それもそのはずだ、下馬評を覆す勢いでハルクがアリウスを追い詰め始めたのだから。
『つむじ風!』
高速で放たれた回し蹴りが直撃し、アリウスは再び競技場の端まで吹き飛ばされる。
「す、凄いスピードですね……。目で追えませんよ」
「あれって……もしかして……?」
フエルが何かに勘づく。
ハルクの纏っている魔力に彼は覚えがあった。
(我が好敵手と戦う時の隠し玉のつもりだったのだがな。この男相手に温存などできん、やむを得ん!!)
単なる強化による肉体活性とは比較にならないスピード。
それは彼のそれまでの体術を一段階上へと引き上げた。
「アイツ……いつの間に風の魔法なんて……」
「風の魔法だって?」
シオンが先んじてその秘密に気づく。
俺は思わずそれを詳しく尋ねた。
「あれは風の魔力で身体の動くスピードを瞬間的に大きく引き上げてる。普通の人間には捕らえられないわね」
高速移動、疾風の如き速さを肉体に与える風属性の魔法。
ハルクは自身の基本適性である地属性に加え、それに次ぐ2つ目の適性である風属性を密かに鍛えていた。
高度な身体能力から繰り出される体術に風のスピードを加えることで完成されたハルクの戦い。
その実力は今やアリウスすら凌ぐまでに研ぎ澄まされていた。
(くっ、やはり目視できない……次はどこを……)
立ち上がったアリウス。
しかしハルクのスピードを捉えきれない。
「ぬああっっ!!!」
「ぐぅっ……!」
ハルクの蹴りがアリウスの肩や腕を的確に射抜く。
そしてトドメのために構えた。
(このくらいの威力ではお前はまだ倒れはしないだろう……! 今の俺に放てる最強の技で決めてやろう
!)
右腕に左腕を添え、一点に地の魔力を集中させる。
そして脚には風の魔力を纏わせて備える。
(この全力のスピードより繰り出される右手の一撃、この一瞬で終わらせる……!!)
ハルクの異様な迫力に会場も気づく。
次に繰り出される一撃が勝敗を決める、と。
「行くぞ! アリウス・ハイランド!!」
『奥義―大山剛風!!!』
全力のパワーとスピードを両立した最後の攻撃。
その渾身の一撃が放たれると競技場の床が余波で破壊され、土煙が舞い上がった。
「ハァ……ハァ……ハァ……!!」
さしものハルクもスタミナを激しく削り、両手で膝を抑える。
「今の……死んだんじゃないのか?」
「どうなってんだ。見えないぞ!」
ざわめき立つ観客席。
司会も試合の終了を告げようかと辺りを見回し始めた。
しかし唯一技を放ったハルクだけはある違和感に気づいていた。
(……手応えが、ない……)
確実にその姿を捉えた筈。
しかし殴りつけた拳に当たった感覚はない。
ではアリウスはどこへ……?
「流石だな、ここまで追い詰められるとは正直思っていなかった。俺も本気でやらせてもらう」
「!!」
土煙が晴れて鮮明に見える戦場。
その後ろから聞こえる声、ハルクが振り向くとそこにアリウスは立っていた。
「お前が風の速さなら俺は光のように速く」
「何だと……!?」
アリウスの身体が一瞬にして消え、煌めきと共にハルクの目の前に現れる。
(なっ……!)
先ほどやられたように、回し蹴りをアリウスが放つ。
そうすると今度はハルクの肉体が後方へと吹き飛んだ。
「なっ、何なんだ今度は!?」
「またアリウスが追い詰め始めたぞ!!」
目まぐるしく変わる戦い。
アリウスが圧倒的なスピードを持って試合を支配し始めた。
(ぐぐっ……光の速さ、だと? そんな芸当が……)
『高速移動!』
ハルクは再び風を纏って駆ける。
しかし相手の姿は、やはり目の前から消える。
(……!! 全く、見えん!!!)
『光翼の祓い!』
「!!」
光の魔力を出力した斬撃。
ハルクは咄嗟に地の魔力で強化した手甲で受け止めるが、散った火花が頬を掠める。
『つむじ風!!』
反撃のために全力で走り、飛ぶようにして放った回し蹴りも当たらない。
それどころかアリウスは一瞬にして後方で構えている。
(本当に光の速さで動いているとでもいうのか……!?)
気づくと斬撃が身体を斜めに走っている。
身体から激しく血しぶきが飛んだ。
「がっ……!」
「俺の勝ちだ」
勝利を確信するアリウス。
容赦のない一太刀は試合を決定づけたかのように見えたその時。
「ふっ、くくく……まだ俺はやれるぞ。お前のその光速移動、凄まじい速さだが多用はできない。……違うか?」
「っ……!」
不敵に笑みを浮かべるハルク。
彼の言う通りアリウスの膝は度重なる光速移動の作用で鬱血して腫れ上がっていた。
『石装衣!』
再び視認できるほどに強く放出された地の魔力を右腕に纏わせる。
まだ彼は勝負を捨てていなかった。
「ぬああああっ!!!」
全力で振るう拳。
上半身を横断された傷、その痛みで具現化を乱していてもおかしくはないがそれでも気迫を失わない。
「ハルク・レオギルス……ここまでとはな。貴様とこの場で戦えて良かった」
「!」
ふと噛み締めるように呟いたアリウス。
そしてロケットペンダントを左手で握ったかと思うと目をカッと見開いた。
(だが……勝つのは俺だ! アメリアのためを思えば俺は友でも蹴散らして進める!!)
アリウスは右手に握った光剣の魔力をさらに高出力に上げた。
そしてハルクの右手の拳とそれがぶつかり合う。
(これ、まさか……!)
そして俺は次の瞬間アリウスが何をするかが分かった。
高密度の魔力同士がぶつかり合う中、一撃で勝負を決める大技。
裂け目を見ることのできる者がたどり着く境地。
アリウスはハッキリとそれが見えていた。
裂け目に魔力を流し込んだその時、彼らの周りから色が消えてモノクロームの世界が映った。
(!? 何だ、視界が……!!?)
『晦冥!!』
反発し合う魔力、高密度の魔力の渦が爆発したかのようにエネルギーが迸る。
その圧倒的な威力による衝撃波がハルクの身体を吹き飛ばす。
「……」
競技場の端で倒れ、沈黙するハルク。
それを見た司会者は動揺しながらも試合終了の宣言を行った。
「な、何が起こったのか……け、決着です! 勝者はアリウス選手ッ!!」
何が起こったのか分からず騒ぐ観客たち。
だがその現象を理解している強者たちは違っていた。
「晦冥を見極めることのできる学生がユーズに続いて2人目とはね……本当にこの世代は……」
アルゼラは内心畏怖の感情すら抱きつつ、1年生の無限の才能に対して喜ばしく感じていた。
「立てるか」
「ふっ……くくく。まさかあんな切り札を隠し持ってたとは……完敗だな」
競技場内で意識を取り戻したハルクの元へアリウスが歩み寄る。
「……だが! 次は負けんからな。必ずお前を超える力を身に着けてみせる! ごぅふっ……!!」
高らかに啖呵を切ったハルクだが、大声を出したせいで吐血して救護班に担ぎ込まれることとなった。
しかしその啖呵はアリウスに当然聞こえていて……。
「あぁ、次はもっといい戦いをしよう。戦友としてな」




