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87話 試される覚悟

 2つの水流が抉り取るように競技場の床を直撃する。

 だが……。



(……!?)



「まぁ及第点かしらね。悪くはないわよ」



 ジーナの身体が黒く染まっていた。

 螺旋水撃(スパイラル)の直撃を受けてなお全くの無傷だ。



「でも威力が足りないわね」



(今のを受けてノーダメージだと? 回避能力だけじゃないというのか……)



 思わず驚愕を顕にするヴェル。

 彼女の整った顔に焦りの色が見える。



「何とジーナ選手、あれ程の攻撃を正面から受けても全く堪えていません!! 何という防御力なのでしょう!」



「今のは石装衣(ストーンクロス)、地属性の肉体硬化魔法だな」



 同じく地属性魔法を得意とするハルクは知っていたようで、解説を始める。



「だがまさかあの威力の魔法を喰らって無傷とは……錬度に応じて硬化の度合いは左右されるがあれ程の

硬度となると……」



 彼の額に一筋の汗が流れた。

 恐らくはその実力の高さに驚くと共に畏怖を覚えているのだろう。



「ただアタシに受けさせたのは褒めてあげるわお嬢ちゃん。これはそのお礼よ」



 ジーナがニヤリと不気味な笑みを浮かべると、石畳の床に手を当てて魔力を集中させる。



『荒ぶる大地の怒り、世に顕現するは破壊の意志! 怒石流(グランドブレイカー)!!』



「今度はジーナ選手の強力な地属性魔法が放たれました!! これはどう受ける!?」



 競技場の石畳に大きくヒビが入り、それが巨大な破片となって次々に襲いかかってくる。



大波濤(シュトローム)!』



 ヴェルも咄嗟に防御の魔法を使用するが水の包囲網を破って砕かれた破片が身体を掠め、彼女の頬や腕から血が流れる。



(ヴェル……)



 俺はそれを観客席で見守るしかない。

 自分が戦っていたさっきの試合も彼女はこんな気持ちだったのだろうか。

 何も出来ない自分がもどかしくて仕方がない。



「くそっ……」



「落ち着きなさいよ。絶対勝つって言ったじゃない。アンタが信じてやらないでどうするのよ」



 俺のことをシオンが諌める。

 彼女の言う通りだ、俺はヴェルが勝つと言い切った筈なのに。



「集中して見ていた方がいい。まだまだジーナ・エルローズは実力の底を見せちゃいない」



 アリウスの言葉に従って試合を見ると、再び動きがあった。



(くっ……幾らか喰らった。だがこの程度のダメージなら……)



 ジーナの怒石流(グランドブレイカー)を凌ぎきったヴェル。

 しかし休む間もなくジーナは仕掛けてきた。



「そろそろ終わりにしましょ♡」



「なっ……!?」



 ヴェルが後ろを振り向いた時には既に遅かった。

 ジーナが彼女の後ろに回り込んで右腕を取ると、鈍い嫌な音が響いた。



「ぐっ……うあぁぁぁ!!」



「ふぅ、やっぱり病みつきになるわねこの音は」



 ヴェルが痛みに耐えかねて右腕を抑える。

 目にも留まらぬ速さで関節技を仕掛けられ、右腕の骨を折られたのだ。



「決まり、だな」



 隣りにいるアリウスが呟く。

 確かにヴェルの状態を見れば、これ以上の戦闘継続は難しい。

 しかしそれでも彼女は諦めなかった。



「まだ……まだだ!」



「あら」



 ヴェルは左手に武器を取り斬りかかった。

 しかしそれを見抜いていたかのようにジーナは避ける。



「いいガッツじゃない、でも……♪」



 ジーナは今度ヴェルの左腕を抑え、その刹那―彼女の左腕は本来曲がらない方向に曲がった。



「うぁああああっっっ!!! ぐ、ぐうぅ……!!」



「下手な足掻きは苦しみを増やすだけよ♡」



 両腕をへし折られたヴェルは床に這いつくばって悶える。

 その目尻は激痛のせいか潤んでいた。



「ヴェル……!」



「う、うわぁ……い、痛そう……」



 ローディとフエルが思わず目をそらしていた。

 もはや試合の内容は酷く痛々しく、蹂躙という言葉が相応しい。



「っ……!」



 俺の握りしめる右手に力が籠もる。

 噛み締めた唇に血が滲むのを感じていたが、こうでもしなければ競技場に飛び込んでしまいそうだ。



 ジーナの圧倒的な実力、両腕を折られてはもう勝敗が決まったも同然。

 観客の誰もがそう思ったその時。



「な、何とヴェルエリーゼ選手が立ち上がりました! これはまだ試合を続行するという意志なのでしょうか!?」



 ふらふらと彼女は立ち上がる。

 両腕は力無くだらんと下がっていたがそれでもジーナを見据える。



「……!」



「あら、どうしてそこまでして続けるのかしら?」



 問いかけに答えられる状態ではない。

 しかし彼女の瞳はまだ諦めてはいなかった。



『空に満ちよ惑いの霧……汝の中に在りしもの全てを覆い隠さん 魔霧隠(グロスフォッグ)



 ヴェルが詠唱すると競技場に濃霧が立ち込めた。

 お互いの姿は観客から全く見えなくなる。



(濃霧を発生させる水属性魔法……? アタシの眼を封じるつもりかしら? でもザンネン……)



 ジーナは視界を遮られても余裕を崩さない。

 だがその中でヴェルが最後の攻撃を仕掛けようとしていた。

 武器の弓を口に咥えて突撃する。



(痛い……! けれどこんなので諦めていい筈がない、最後まで戦い抜く……それが私の誇りだ!)



 ユーズの無茶を諌めた聖列選争(プロエリウム)の前日。

 ヴェルは彼が自分のために無茶な戦いを身を投じることを良しとしなかった。



 ユーズに傷ついて欲しくない。

 だけど彼は自分を守るとなったら止まらないだろう。

 それなら自分のやるべきは1つだ。



(私は戦えると証明する……!!)



 いっそ自分がユーズを守りたい。

 初めて彼と出会った日、倒れた彼をフェンリルから守ろうとした時と同じように。



(お父様もお母様も見ててください)



 セルシウス家の誇り。

 それは自分の大切な者を守るための強さ―



(……来るわね……!)



 ヴェルの攻撃の軌道は自分の背後、ジーナ・エルローズが振り向こうとしたその時。



「……っ!?」



 水滴で軸にしていた左脚が滑る。

 自分の思い描いていたような、そんな回避行動がこれでは取れない。



「……ッッッ!!!」







 霧が晴れた。



 そこに立っていたのは―



「ゔ、ヴェルエリーゼ選手戦闘不能! 勝者はジーナ選手!!」



 体勢を崩したジーナは石装衣(ストーンクロス)で我が身を咄嗟に守っていた。

 目の前に倒れ込んでいるのは全ての体力を使い果たしたヴェル。



「き、救護班! 急げ!」



 大会の救護班が直ぐに駆けつけるが、誰より早く彼女の元へ駆け寄った者が居た。



「ヴェル……!」



「ユー……ズ……すま……ない。勝て、なくて……」



「そんなこと……それより早く怪我を!」



 俺の腕の中で目を閉じながら話すヴェル。

 こんなに消耗した彼女を見るのは初めてのことだった。



「約束……」



「?」



「必ず君が優勝……」



 そう言ってヴェルは意識を手放した。

 救護班が慌てて彼女を担ぎ込んで行く。



(ヴェル……分かったよ。必ず、優勝する)



 優勝すると言っていたのは彼女だ、俺は彼女に代わって大会を勝ち抜く。



「ウ、フフ……最後はヒヤッとさせられたわよ。流石はアナタのガールフレンドね」



「言っておくが、試合に当たれば容赦しない。アンタに勝って優勝するのは俺だ」



(あら、試合前と全く違う気迫。やっぱり餌になってもらって間違いなかったわね)



 だがジーナは肉体にズキリと痛みが走るのに気づいた。



(何かしら……? !!)



 見ると最後のヴェルの攻撃を受けた胸部に傷が付いていたのだ。

 確かに石装衣(ストーンクロス)で防御をした筈だった。



(どうやらあの子、単なる餌じゃあ無かったみたいね。まさか最後に噛みつかれるなんて……ね)

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