86話 魔王と呼ばれし男
「第三の試験、第一試合決着です! 勝者ユーズ!!!」
司会の宣言と共に試合終了が宣告された。
俺は何とか勝者となったが、これまでにない疲労感と消耗から思わず膝をつく。
「ハァ……ハァ……きっついな……」
「……」
だが同時に放心しているかのような様子のシオンが視界に入る。
身体を引きずるようにして彼女に近づくと……。
「……何よ。言っとくけど同情は要らないわよ、それは負けたやつへの最大の侮辱だからね」
「別にそんなつもりはないって」
これだけ戦って疲れても勝ち気なのは変わらないのかと、驚きすらある。
だがとりあえず俺は手を差し出した。
「立てるのか? 早く行かないと次の試合に迷惑かかるだろ」
「! ったく……誰のせいだと思って……」
ブツブツと文句を言いながらもシオンは俺の手を取ってふらふらと立ち上がった。
「はぁ……あーあ、悔しいなぁ。アンタにだけは負けないよう頑張ったのに」
「……どっちが勝ってもおかしくなかっただろ」
「だーからそういうのを止めろって言ってるのよ」
「誤解だよ、本心だ」
本当に心の底からそう思う。
あれほど拮抗していた勝負の経験はアリウスやレラジェとの一戦以来だ。
シオンの非常に高い実力を直に感じた。
「フン……次は、負けないから」
「楽しみにしてる」
短い言葉のやり取りを交わす。
彼女は後ろだから自分の目では見えないが、何か吹っ切れたような物言いを感じた。
彼女にしては珍しく満足気にしている。
「やったなユーズ。君なら勝てると思っていたよ」
競技場から観客席へと向かう通路、そこで真っ先にヴェルが出迎えてくれた。
観客席に居た筈だが、わざわざこのために来てくれたのは何だか嬉しい。
「……あー分かったわよ。離れりゃいいんでしょ離れりゃ」
シオンはそう言うと俺の握っていた手を離す。
どうやらヴェルの渋い顔に気づいたらしい。
「ウフフフ、おめでとう。まずは1勝ね」
ヴェルだけてなく、あのジーナ先輩が通路に立っていた。
まさか俺を称賛するためにここに居るとは思えないが……。
「鈍いわねアンタ」
「えっ?」
「次の試合はあの2人ってこと」
シオンが指摘する。
そして彼女の言った通り、競技場の方からは司会によって次の組み合わせが発表された。
「先に待っていてくれユーズ。私も必ず勝ち上がる」
いつものように得意気な笑みを浮かべ、美しい銀色の髪を靡かせるヴェル。
そう言って彼女はジーナ先輩と共に競技場の方へと歩いていく。
「……アイツもくじ運の悪い女ね。ジーナ・エルローズって言えば学園でも最強って言われる学生よ。誰が初めに呼んだか通称は"魔王"」
「ま、魔王?」
「まぁ、見た目もあるんでしょうけど……それぐらい強いと言われてるってこと」
魔王とは流石に驚いたが、あの威圧感は外見だけではない。
よどみなく放出される魔力と一分の隙すらない立ち振る舞い、恐らくシオンの言っているように彼は学園でも屈指の実力者なのだろう。
「大丈夫さ。必ず勝てる」
「何よその根拠のない自信。……まぁ、私と引き分けたんだから、そんな簡単にやられても困るんだけどね」
やっぱりシオンは素直じゃない。
ヴェルを応援したいのならハッキリとすればいいのに。
「まさかあの状況から勝つとは。流石の慧眼です、校長」
「フォフォフォ。両者ともに頑張ったわい、しかし勝負というのは時に強い感情が影響するものじゃ。ワシはユーズに勝ち切るという意志を見た」
ヨーゼル校長が競技場内を見つめる。
次世代の戦い、そこから彼ら若い世代が自身で時代を作っていくような瞬間を見出していた。
「では第三の試験、第二試合を始めます! 天空の鷲獅子1年―ヴェルエリーゼ・セルシウス対深淵の海精3年―ジーナ・エルローズ!!!」
観客席に戻ってきた俺たち。
一応救護班が駆けつけてくれたが、治癒をかけてもらって回復をすれば十分だった。
何よりヴェルの試合なのだから見ないという選択肢は存在しない。
「良い試合にしましょう。お嬢ちゃん」
「……ああ、もちろん」
競技場で相対するヴェルは戦闘に臨むべく強い魔力を放っている。
対するジーナ・エルローズの方は何処か余裕そうな状態だ。
(ウフフフフフフ。悪いわね、お嬢ちゃん。アナタはユーズを本気にさせる餌になってもらうわ。……ん? あら、大胆)
(恐らくこの人は本気ではない……何処か遊んでいるかのような態度。見ていろ、一変させてやる)
試合開始の宣言。
それと共にヴェルが最初に仕掛けた。
『セルシウス流弓術―荒鷲!』
鋭く放たれた1本の矢がジーナの身体を急襲する。
まさに必中の一撃、だが……。
「ウフ、随分とせっかちなのね」
「!」
ジーナはまるで矢の飛んでくる場所が分かっていたかのような、最小限の動きで攻撃を躱した。
(馬鹿な……あれを避けるなんて……)
驚いたのはヴェルだけではない。
観客席にいる実力者たちは誰もが驚いている。
「おい、あの動きは何なんだ? まるで最初から矢を射られることに気づいてたみたいに……」
体術を得意とするハルクが疑問を呈する。
だがその理由は分からない、まさか偶然というわけでもないだろうが……。
(今のを避けるなら……)
『セルシウス流弓術―飛燕!』
次にヴェルは素早く2発の矢を撃った。
だがそれも同じようにジーナは軽くいなす。
「……っ!」
2度連続で攻撃を読まれた。
流石の彼女も動揺の色を見せる。
(くっ……それなら!)
両端に刃のついた弓を構えて突撃し、斬り込んでいくヴェル。
「なるほど、右の斜め振り下ろし。強化をよく使いこなしてるじゃない」
「……!!?」
ジーナの言葉の通り、ヴェルの放つ斬撃は右手から斜めに斬り下ろすものだった。
そしてこの読まれていた斬撃は又も紙一重で躱される。
「よく見ると強化だけじゃない、随分鍛えているみたいね。悪くないわよそのカ・ラ・ダ」
「……!」
相変わらず余裕の笑みを崩さないジーナ。
「第一試合とうってかわったような戦いです! 果敢に攻めるヴェルエリーゼ選手ですが、ジーナ選手全て紙一重で回避しています!!」
(どうなってるんだ……私の攻撃を予知した……!? そんな筈は……)
「ウフフ、一撃でも当てたら褒めて上げるわ。たっぷり楽しみましょ♡」
ヴェルは弓を再び構えて斬りかかる。
だが先ほどと同じように攻撃の軌道は読まれたままだ。
「……先を読んでいる、というレベルじゃないな」
観客席にいるアリウスが呟いた。
「まるで攻撃の来る場所を予め知っているかのように回避行動を取っている」
彼の言うように、現にジーナはヴェルの攻撃に対して咄嗟に大きく避けるような動作はしない。
(……狙いがことごとく躱される……! 一体これは……!!)
「ヴェルの攻撃……相手に全く当たりませんね……」
「何かおかしいよ。こんなこと普通じゃ有り得ない。あのジーナって人、特殊な力があるんじゃ……」
観客席で見ているローディとフエル、いやそれだけではない。
今日はヴェルの両親であるウルゼルクとセーザンヌも来ているのだ。
ヴェルも自身の戦いが多くの人に注目されていることは強く感じていた。
(だからこそ……!)
みっともない姿は見せられない。
ユーズだって見ているし、彼に約束もした。
(必ず勝つ……!)
『逆巻くは清浄なる大水』
一旦距離を取ったヴェルが詠唱を始め、巨大な水球が現れる。
だがこれまでと違うことが1つ。
(なるほど……相手が避けようのない範囲魔法で片付けようって訳ね……)
現れた水球は2つ、それが激しく形を変えてうねり始めた。
『穿て! 螺旋水撃!!!』
2つの螺旋回転する巨大な水流がジーナを襲う。
「2発の螺旋水撃を同時に発動だと? いつの間にあんな芸当を……」
隣で驚いた表情を見せるハルク。
俺もアレは見たことないが、ヴェルだって様々な経験を積んで鍛えているのだ。
出来るようになっていても不思議ではない。
「凄いぞヴェル。あれならジーナも避けられない」
俺は確信を持って言った。
それに合わせるかのように実況も言い放つ。
「ヴェルエリーゼ選手の魔法が炸裂!! これで決着でしょうか!?」
(避けられるものなら避けてみろ!)




