85話 燃え尽きるまで
(はぁ……はぁ……やるな、シオン。こっちの手の内を見抜いた上で有効な戦い方をしてくる……強い!)
(私か勝つ……そしてこの観衆の前で実力を見せつけ、国中に私の名を轟かせてやる……!)
聖列選争第三の試験。
ユーズとシオンが互いに強力な魔法を連発する激しい戦闘が展開されていた。
(保有魔力には自信があるけど、天牢雪獄を連続して使わされちゃ流石に応えるな……)
額の汗を拭うユーズ。
単純な保有魔力の量であればシオンと比べて部がある。
しかし全力の魔法を続けて使わされている現状を見ると、その差は埋まっていると言っても良い。
(そろそろトドメね……。次に私の放つ魔法は消耗し切ったアンタに防げるレベルじゃないわよ)
シオンが小さな火を後ろに灯すと、剣を握り突進してくる。
それをユーズが受け止め、再び斬撃の浴びせ合いが始まった。
「息もつかせぬ猛攻が続いています! シオン・エルメージュ選手、まさしく野に放たれた火のような勢いです!!!」
勝利にかける執念、シオンを突き動かすのは暗い情熱。
それをユーズは肌で感じ取っていた。
「……異様な気迫だ。戦いが始まってから、どんどんと増していっている」
アリウスを始めとした同級生たちもそれは同様に感じ取っていたようで。
「……何か強い執念のようなものを感じるな。私と戦った時以上に何か……」
ヴェルにはそのヒリつくような気迫が強く迫っていた。
彼女の心に燃えるものは……一体何なのか。
(全員が私の実力を認める世界! 上等じゃない、目に物見せてやるわよ。あの連中にだって……!!!)
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「どうして出来ないの!? 今やっているのは初級魔法じゃない……それじゃあ立派な魔術師にはなれないわ!」
「ごめんなさいお母様……」
ある貴族の屋敷の庭。
そこに幼いシオン・エルメージュと彼女の母親に魔法の先生が立っていた。
その真っ赤に燃えるような髪色はシオンと同じ。
しかし母親はシオンの魔法を見てため息をつく。
「アナタのお兄様もお姉様も私たちの期待に応えてくれる子だったのに、どうしてアナタはそんなに才能が無いのかしら」
シオンが生まれたエルメージュの本家は王国でも知られた名家の1つ。
故に末の娘である彼女に対しても、両親や周りからの強い期待が付き纏っていた。
(はぁ……どうして私は魔法が上手くないんだろう。お兄様もお姉様も最初から凄かったって言うし……)
幼いシオンは両親の過大な期待のもとで育ち、高度な教育を半ば強引に施されていた。
しかし初級魔法であっても属性魔法は並の小さな子どもがコントロールするのは難しい。
故に彼女は仕方ないことではあるが失敗ばかりしていた。
それを見た家族は呆れ、いつも彼女に情け容赦のない言葉をかける。
「いいかシオン。お前はとびきり優秀な血を引いてるんだ、それなのに魔法がロクに使えないなんて有り得ないんだ。お前には努力が足りない!」
「ごめんなさいお父様……」
父親からは努力を強制される。
むしろ彼女は母親の命令によって同年代の子どもより遥かに多くの時間を訓練に費やされていた。
(嫌だなぁ……でも頑張らないとお母様にもお父様にも嫌われちゃう。努力、しなきゃ……!!)
そして―
「見てお母様! 当たったよ、的! 初めて!」
訓練中、的に初めて火球を当てたシオン。
だがそれを見た母親は……。
「……こんなもので喜んでは駄目。もっと強力な魔法を身に着けなさい、これでようやくスタートラインよ」
「え……は、はい……」
褒めてくれると思っていた母親はシオンに厳しい言葉を投げかけた。
それから彼女が歳を重ねても同じようなことは何度も続いた。
だがシオンは両親の期待に応えるべく懸命な努力を重ねる。
『爆炎弾!』
身長ほどの大きさもある巨大な火球は、直撃した的を完全に焼き尽くした。
その威力は同年代のレベルと比較しても圧倒的ですらある。
だが彼女の身体のあちこちからは厳しい訓練の跡が見て取れた。
「素晴らしいですお嬢様! これほどの魔法が使えるのであればお母様もお喜びになりますよ!」
「……これじゃまだ駄目よ。もっと強くならなくちゃ……」
満足していない様子のシオン。
既に弛まぬ努力の積み重ねによって、両親から求められる水準には達したかのように思えた。
(頑張らないと……まだまだ……! 強くなってお母様とお父様に認めてもらえるように……)
だが……。
(はぁ……催して起きるなんて……生活の乱れか何かかしらね)
その日の夜、シオンは眠い目をこすりながら屋敷の中を歩いていた。
(お父様……お母様……?)
屋敷の応接間、そこから明かりが覗いていた。
既に時計の針は深夜を指す時間帯。
何か話しているようで、シオンはこっそりと聞き耳を立てた。
「……これは破格の協力条件だぞ。それ相応の見返りは何だ?」
「ウチの娘をやると言っただろう。お前のせがれは欲しがっていた筈だ」
「! ほう……」
シオンはその言葉の意味を直ぐに理解できなかった。
両親は相手と何か取引をしているらしい。
「だが良いのか? お前たちは子どもの結婚相手については随分と執心していた筈だが」
取引相手の言う通り、シオンの両親は彼女の兄や姉の結婚相手に対して厳しい条件をつけていた。
それも子どもへの期待という意識の現れだったと言える。
しかし……。
「シオンは兄や姉と違って昔から魔法の才能がない。この取引のカードとして我々の役に立ってもらうことがあの子の役目だ」
(……!?)
父親の発言に驚愕するシオン。
だがさらに母親が続ける。
「どうかお願いします。お互いに悪い条件ではないわ」
「まぁ良いだろう。確かに息子はシオンを欲しがっている。これで取引は成立だ」
(えっ……? えっ……? 何なのよ……これは……!)
これまで両親のために頑張ってきた筈なのに。
シオンは今までの努力という大地がガラガラと音を立てて崩壊するのを感じた。
両親は自分のことを才能がないばかりに切り捨て、金儲けの道具としてしか見ていなかった。
(いいわよ……そっちがその気なら……そんな下らない話に私が従うとでも……?)
必ずいつの日かひれ伏させる。
自分を軽んじる全ての者を自分の実力の元に。
シオンの暗い情熱はその夜、決定的となった。
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ユーズとシオンの斬撃。
試合が始まってから幾度となく交わったそれは、それだけで互いに勝負を決定づけるダメージを負わせられないことを証していた。
(……ッ! やっぱりアンタに勝つには、全力の魔法をぶつけるしかないみたいね)
シオンが距離を取ると背中に灯していた火が一気に膨張する。
(!? ためていた魔力を一気に解放する気か。狙いは……)
天牢雪獄をもう一度使わせ、ユーズの魔力をほぼ完全に消耗させる。
それがシオンの狙いだった。
『古の始まりより生まれし浄化の炎。燃やし尽くせ! 原始焔光!!』
太陽を彷彿とさせる炎の塊が迫る。
直撃すれば消し炭と化すであろうほどの威力。
だがユーズは天牢雪獄で相殺させようとする素振りがない。
「シオン選手! 凄まじい威力の魔法を放ちました!! こ、これは……!」
このままいけばユーズの命をも危うい。
学園の教師たちが介入しようかと身体を乗り出したその時。
「ユーズ!?」
思わずヴェルが叫んだ。
ユーズが迫る炎球に向かって走り出したからだ。
(……何をするつもり!? 突っ込めば命はないわよ)
放ったほうのシオンも訝しむ。
(これを相殺しても俺はその後恐らく動けなくなる……ならこれを突っ切るまでだ!)
「突きの構え? まさか……」
ヴェルが初めて見るユーズの突きの構え。
零華は一際強い冷気と青白い輝きを放った。
(この一点……突き通してみせる!)
その覚悟の通り、全ての魔力を一点に集中させ炎球の内部を突き抜けたユーズ。
「なっ……!」
「はぁっ!」
零華を用いた氷縛。
シオンの身体を氷の鎖で縛り上げた。




