82話 召喚獣
「さっきのやつもそうだけど、ホワイトクラスって身の程知らずが多いのかな」
「どっちが身の程知らずか……確かめてみましょうか、先輩?」
ユーズと相対するのは今大会の有力候補トップクラス―烈火の覇竜のファルク・ドレッドロードだ。
その青緑色の瞳が鋭さを増す。
「……!!」
次の瞬間、ユーズを襲う何かが飛び出した。
燃えたぎる灼熱。
それが現れるだけで場の雰囲気は文字通り沸騰するかのように熱くなった。
『氷塊』
勢いよく吐かれた炎が氷の盾にぶつかって音を立てる。
その炎を放ったのはファルク本人ではなく、彼を守る召喚獣"サラマンダー"。
神々しく燃える巨大なトカゲだ。
「へぇ、よく防いだね」
ファルクはあっけらかんと言い放つ。
彼からすれば並大抵の相手はこの一撃で終わりであり、防がれたことは驚きに値するのだ。
(……どういうことだ。こいつは間違いなく召喚獣、だけど喚び出すためには召喚魔法を唱える必要がある筈。しかしさっきは一切そんな素振りを見せずにサラマンダーが現れた)
召喚獣と召喚士については、実物を見たことこそ無いが知識としては知っている。
このファルクという男は召喚士として明らかに異質な力を持っているが、操っているのは間違いなく召喚獣。
「それにしてもそれが氷の魔法か。初めて見たけど、まぁどうせ僕には勝てないよ」
「!」
再びサラマンダーが口を開けて火炎を吐く。
ここは地下の迷宮、通路一体を包むかの勢いで放たれて逃げ場が無い。
『氷塊!』
氷で炎に対抗する。
正直に言えば相性は悪いが、防げないという実力差ではない。
「……チッ」
ファルクはこちらの防御に痺れを切らしたのか、忌々しげに舌を打った。
すると彼の意志に呼応するかのように新たな召喚獣が姿を現す。
「……!」
突如大風が吹く。
そこに居たのは緑と白に彩られた体躯と巨大な翼を持つ怪鳥"ケツァルコアトル"。
アンバランスなほどに大きい翼を広げ、そこから風を起こしている。
「やれ」
ファルクのそのたった一言で、召喚獣たちは互いに連携する。
サラマンダーが吐いた炎に合わせ、ケツァルコアトルが風で火を煽った。
「!」
さらに威力を増した炎が通路一体を全て包む。
もはやユーズは焼き尽くされて骨も残っていないのではないか、見ている観客たちは思わず息を呑んだ。
一方、他に有力候補とされる実力者―ジーナ・エルローズは余裕の笑みを浮かべながら地下迷宮内を闊歩していた。
(フフ……この聖列選争で注目に値するのは3人ね。その中でもファルク・ドレッドロードは入学当初から名を馳せていた実力者。彼の契約する召喚獣は脅威度Aランクの魔物も何ら寄せ付けない)
だがその佇まいに一切の隙は無い。
既にこの第二の試験も彼にとっては通過点に過ぎないのだ。
(後は氷の魔法を使い、魔族を倒したというユーズ。彼はファルクに勝てるかしら? 召喚獣を複数体操る魔法使いに勝てる学生など殆どいない筈……でもそれぐらいじゃなきゃ面白くないわ)
ジーナが浮かべる不気味な笑顔。
それはまるでメインディッシュを待つ空腹の客のよう。
「この第二の試験、宝箱から鍵探しなんて退屈しちゃうわ。……アナタもそう思うでしょ?」
「……!? ジーナ・エルローズ!?」
物陰から出てきた他の選手と鉢合わせるジーナ。
彼は目の前に他の選手が現れる前に、それをまるで予知するかのように喋っていた。
「ちょっとばかり、やりすぎたかな?」
ファルクが煙を見ながら呟く。
サラマンダーとケツァルコアトルの連携攻撃により、目の前の通路全体を燃える暴風で焼き払った。
普通ならここで無事な人間などいない、普通なら……。
「……何で生きてるの?」
「アンタみたいな人間の攻撃、幾ら受けても俺は死なないよ。それに……」
急速に冷える地下迷宮、ユーズは零華の力を使い、自らの身体を氷で覆っていた。
しかもその場にはユーズだけでなく……。
「3対1とはフェアじゃないな。ここからは私もやらせてもらう」
美しく靡く銀髪、いつも彼女は自分を助けてくれる。
ヴェルがユーズの隣に立っていた。
「また身の程知らずか。言っとくけど、女の子でも容赦しないよ」
「男女平等、上等だな。私とユーズの連携を舐めるなよ」
強敵と相対しているというのに楽しそうに笑うヴェル。
ユーズは彼女のその佇まいに頼もしさを覚える。
「そろそろこっちも攻める番だな、先輩」
(あの剣……一体何なんだ? さっきまでと、まるで違う……ま、でも僕に指一本触れることなんて出来ないだろうけど)
それでも余裕の態度を崩さないファルク。
だがユーズは何時にない確信を持つ。
(今なら負ける気がしないな)
そんな雰囲気が気に食わないのか、ファルクは素早く仕掛けてきた。
サラマンダーが口を開いて炎を吐く。
『水流柱!』
ヴェルの放った魔法をユーズが凍らせる。
出来上がったのはまるで巨大な氷のハンマー。
「ちっ、下らない真似を」
氷のハンマーは炎に当てられて溶けていく。
だが次なる攻撃の目くらましには十分。
『逆巻くは清浄なる大水、穿て! 螺旋水撃!』
「!」
ヴェルの唱えた螺旋回転する水流が加えられ、サラマンダーの炎だけでは対抗できない。
そしてそれはファルクも察知していた。
ケツァルコアトルが暴風を起こして炎を援護する。
ほぼ互角の勢いでぶつかり合う攻撃。
その結果、通路内には多量の水蒸気が発生する。
「行け! ユーズ」
ヴェルの声に合わせて、ユーズは駆けた。
今がファルク本人に攻撃を当てるチャンス。
(蒸気に紛れて僕を狙う気か? でも残念、僕の召喚獣がそれに気づかないとでも思うかな)
召喚獣の方が人間よりも魔力を元に気配を察知する能力は長けている。
だがユーズの取った行動は意外なものだった。
『幻魔・氷面鏡!』
(……? 何だこれは。霊魔法の類か?)
ファルクの周りに何枚もの大きな氷の鏡が形成される。
ユーズが得意とする搦め手、氷の魔法と眠りの霊魔法―催眠の組み合わせだ。
「こんなチンケな鏡で何しようって言うの? こんなもの焼き払えばいい」
ファルクの眼が細まり、眼光は鋭さを増した。
しかしサラマンダーは命令を理解できておらず、ピクリとも動かない。
「……!?」
この事態には思わず困惑を隠せないファルク。
しかし即座に追い込まれた状況を理解した。
(この鏡は催眠じゃない……! 鏡に映っているのは本物ではない僕の顔―召喚獣に幻惑をかけたって言うのか……!)
だがファルクが秘密に気づいたときにはユーズの顔が目の前にあった。
「!!?」
ガッという鈍い音と共にファルクの身体が後方に吹っ飛ばされる。
メリメリと頬にめり込んだ拳の衝撃で、歯が何本か折れて口から血が吹き出る。
「……カッ……ガハッ……」
痛みに悶えて地面に這いつくばるファルク。
(う……ぼ、僕が……こんなやつらに……)
「アンタ、一度も殴られたこと無いだろ?」
「……!」
ユーズの言う通りだった。
生まれてこの方、ずっと召喚獣に守られ続けてきた彼は一度としてダメージを受けたことがない。
故に今は初めて受ける痛みと衝撃に、全く動けなくなってしまった。
「これでディーン先輩の分はチャラにしてやる」
ユーズが落ちていたファルクの銀の鍵を拾う。
予想を覆す結果に、観客たちに大きく動揺が広がることとなった。
「まさかファルクが負けるなんて……!?」
「おいおい、どうなってんだ……!」
ざわめき立つ観客に混じり、笑みを浮かべているフエルとローディ。
映像水晶に映るのは喜びでハイタッチを交わすユーズとヴェルの姿。
(流石だね。ユーズ、ヴェル。君たちの教師として僕も鼻が高いよ)
教師として公平な立場でならないと理解しているアルゼラだったが、目にかけているユーズの勝利には彼も思わず笑みをこぼした。




