79話 第一の試験、開始
セルシウス邸の朝―その日の屋敷に漂う雰囲気は何か期待と不安の入り混じる、熱気と興奮というようなものだった。
「ユーズ、準備はいいか?」
「バッチリ……と言いたいとこだけど、何か緊張するな。やっぱり」
今日は聖列選争の当日、いよいよやって来たのだ。
集合場所は王立魔法騎士学園の競技場。
学園の生徒のみならず、招待されているものには貴族や王族も含まれるらしい。
「頑張って来なさい。ヴェル」
「気をつけるのよ、くれぐれも怪我はしないようにね……」
「行ってきます」
ヴェルに旦那様と奥様が励ましの言葉を贈る。
後で2人も観戦をしに来るようだ。
「君もだよユーズ。君たち2人は私たちの誇りだ」
「旦那様……」
嬉しかった、まるで俺もセルシウス家の一員として扱われたようで。
「はい! 頑張ってきます」
こうして俺たち2人は聖列選争のため、学園へと向かった。
聖選士の称号、60年ぶりに開催される聖列選争で優勝することの価値は、まさしく王国における最大の名誉である。
優勝した学生は家柄ごと一気に名を上げることもでき、将来は騎士団だろうが宮廷魔術師だろうが評議会員だろうが、望むものになれるだろう。
故に今年の聖列選争、それは王国全てが目をみはるようなものだった。
歓声と熱気包む競技場―そこには学園選りすぐりの生徒たちが集まっていた。
「さぁ次に入ってきますのは名門ハイランド家の新星! 1年生にして深淵の海精のスーパーエリート。アリウス・ハイランド!!!」
ワアアアアアと、選手が入場していくごとに歓声が上がる。
特に注目度の高い学生はそれだけ声援を送られる。
「いや、そうそうたる顔ぶれだよなぁ」
「お前は誰が優勝すると思う?」
「やっぱり"魔王"ジーナ・エルローズじゃないか?」
観客席に時折流れる結果の予想。
参加学生は全員で14人、その中でも当然ながら優勝候補などの有力者は名が知れていた。
特に観客からの注目が高いのは3人。
「でも烈火の覇竜2年のファルク・ドレッドロードだって分からないぜ?」
「そんなこと言ったら1年だけどアリウス・ハイランドこそ可能性がある」
今回の出場者の内訳は1年生が5人、2年生が4人、3年生が5人。
1年生が5人も出場するのは異例とも言える事態で、昔の前例と比較しても特殊な大会となった。
「次の入場者は天空の鷲獅子3年、グラジェクトのチームキャプテンを務めますこの男、ディーン・ガジェット!!!」
「続きましては大地の巨獣3年、ギンナル……」
前にある通路の先から聞こえてくる歓声、俺は一歩一歩踏み出していた。
「最後の入場者です、何もかもが例外! 王立魔法騎士学園唯一の平民生徒であり、当然ながら歴史上初の聖列選争出場! 天空の鷲獅子1年のユーズ!!!」
俺が競技場に踏み入ったその瞬間、大観衆たちの雰囲気は何かが変わった。
「おいアレ……"日刊王都"に書いてあった平民だろ……?」
「何でそんなのが出場してるの……? もしも優勝しちゃったらどうするの……?」
「どうすんだよ、もしあんなのが将来騎士団の幹部になったりしたら」
まるで観客席は蜂の巣をつついた後のように、ワンワンと無数の蜂が怒っているかのように―ざわめき始めた。
「冗談だろ、平民なんかが出場するな! 帰れ!」
「消えろ! 神聖な競技場と大会から出ていけ!」
「帰れ!!!」
帰れ、消えろ、出ていけ、似たような言葉が競技場内を一気に包みブーイングの嵐。
今日は学生だけでなく平民を毛嫌いしている貴族層たちも大勢集まっている、このような事態になるのは火を見るよりも明らかだった。
「酷い……幾ら何でもこんな……」
「私、聞いてられません……」
観客席の中にいたフエルとローディは思わず耳を塞ぎたくなるような気持ちになった。
どうして大会に出る大切な友人がこんな罵詈雑言を浴びせられなければいけないのか。
「……気にするなユーズ。あんな者たちのことは考えなくてもいい」
ヴェルが励ましの言葉をくれる、しかしやはり……これだけの大観衆から罵声とブーイングを浴びるのは心にくるものがある。
「反吐が出るわね、どいつもこいつも弱い癖に」
「ユーズは己の力でここに立っているのだがな」
「くぅ……我が好敵手をここまで罵倒するとは。許せん!」
出場者の中にもこの状態を快く思わないのは何人かいた、しかしそれでも罵声は鳴り止まない。
ヨーゼル校長がいい加減に鎮めるために席を立ったその瞬間だった。
「おい!」
ドカンと派手な音を立てて豪華で大きな椅子が蹴飛ばされ、一斉に観客が振り向く。
その主はティルディスだった。
「これ以上くだらねぇこと言ってるやつらは今すぐ競技場に立て! 選手にどうこう言えるのは命を賭ける覚悟のあるやつだけだ!!」
会場は波を打ったように静まり返る。
王位継承者のティルディスにこう言われては、誰もそれ以上反論できなかった。
「イルさん……」
俺がその方向を見ると、こちらに気づいたのだろうか。
ティルディスはニヤッと笑いサムズアップを掲げた。
その後どこに座ろうかアタフタもしていたが……。
「えー、では気を取り直しまして、早速聖列選争! その第一の試験を開始します!」
司会者の宣言と同時にワアアアアと歓声が会場に戻った。
聞いた話によれば聖列選争の優勝までのプロセスは3つ。
試験を3度勝ち抜いて、最終的には1人の王者を選ぶ。
「この第一の試験、突破できるのは最大11人です。場所は王立魔法騎士学園第三演習場! 選手たちは転移魔法陣を通って移動してください」
第三演習場と言えば入学式の時に使ったあの森だ。
競技場の真ん中に巨大な魔法陣が現れて移動を促される。
「試験のルールは簡単です。演習場内にいるコカトリスの卵を獲って帰ってくること。卵は全部で11個ですが、破壊した場合は失格となります! また安全のため重傷を負ったと判断された場合も即場外に転移され失格です」
コカトリスと言えば蛇と鶏が融合したような見た目の巨大な魔物。
脅威度Aランクに属する凶暴性であり、その卵を獲ってくるというのは一般的にはかなり危険な内容と言える。
「へっ、コカトリスなんざ俺の手にかかりゃ楽勝だぜ楽勝。こりゃ頂きだな」
そう発言したのは選手の1人、烈火の覇竜の3年生―フリクト・ミーモスだ。
耳と口元のリングピアス、茶髪が特徴の男子生徒である。
(……確かに楽勝とまではいかなくても、ここに出場してる学生ならば脅威度Aランクの魔物を十分に討ち取れる実力がある。最も名誉ある学生を選抜する試験の内容の割には些か簡単……と言えなくもない)
フリクトの発言を聞いたヴェルは内心で訝しむ。
だがそんな中でもいよいよ試験が始められる。
「では選手の皆さん、そろそろ移動してください! 会場には巨大映像水晶を用いて共有しますので、不正は通用致しません。それでは!」
そうして第一の試験はスタートし、俺たちは第三演習場へと移動した。
魔法陣を通ると、着いた先は薄暗く紫色の霧が立ち込める広大な森の中。
(! 誰も側にはいない……なるほど、ランダムで別の場所へと転移させられる仕組みか)
なんとなくだが身体が重い、まるで鎖や重りをつけて歩いているようだ。
そしてそれは出場している選手全員が感じていることであった。
一方、フリクトは早速コカトリスの卵を発見していた。
(おっ! ラッキー、いきなりじゃねーか! ……ん!?)
そんなフリクトの元に親のコカトリスが現れ、卵に近づかんとするものを襲ってくる。
『テメーなんぞこれで十分だぜ! 爆炎弾!』
フリクトは身長ほどのサイズもある火球をコカトリスに放った……つもりだった。
「……はぁ!?」
右手の杖からはチョロリと火が出るだけ、全く威力は無いに等しかった。
困惑するフリクトを他所にコカトリスは容赦なく嘴を振り上げた。
「まっ、待て! これは何かの間違い……」
次の瞬間、ドカッという音と共にフリクトの身体は地面に叩きつけられた。
そしてその身体は光を放って競技場へと呼び戻される。
「おーっといきなり脱落者です! 烈火の覇竜3年フリクト・ミーモス、僅か開始10分でリタイア!」
衝撃的なスタート、会場の観衆たちはざわざわと騒ぎ始めていた。
しかしあくまで冷静なのは試験を用意した教師陣たち、特にヨーゼル校長は……。
「ふむ……やはり中々に意地の悪い設定じゃのう。これは苦戦するじゃろうな」




