78話 聖選士へと
聖列選争の前夜祭、というわけでも無いだろうが、その日はセルシウス邸で大きなパーティーが行われることとなった。
「いやぁ実にめでたい。我が娘のヴェルエリーゼとその護衛役のユーズが60年ぶりに開催される聖列選争に出場することになった! 若き2人の才能を祝し、健闘を祈り……乾杯!!!」
旦那様が音頭を取る。
今日のパーティーにはアレンシア家やオルテクス家といった、セルシウス家と関係の深い一族も招待されていた。
「やぁ、久しぶり。流石だね2人とも」
「レイン兄さん! 身体の方はもう大丈夫なようだな。安心しました」
騎士団のレインさんもいる、久しぶりに見るが、秘密結社との交戦でかなりの大怪我を負ったらしく、端正な顔には痛々しい火傷の跡があった。
しかし身体の方は癒えたようでヴェルの言葉に静かに頷いた。
「それにしてもこんなにめでたいことは無いよ。聖列選争、まさか復活の年に君たちが出られるとは」
「ええ、もちろん優勝してみせます」
「ハハハ、相変わらずヴェルは強気だ。もしもユーズと当たったらどうする?」
少し悪戯っぽくレインさんは笑いながら問う。
それを聞くと少し考えてからヴェルは返事をした。
「その時は全力でぶつかろう。ユーズ、もし手加減したら……怒るぞ?」
「あぁ。約束するよ、手は抜かない」
彼女の機嫌を損ねるくらいなら、全力の彼女に試合でぶっ飛ばされた方がまだマシだ。
ちゃんと頑張らなくては。
「いよいよですもんね。とにかく怪我はしないで無事にやってくださいね。ヴェルもユーズも」
ローディがこちらに近づいてから言う。
危険な大会であることは承知しているが、俺もヴェルに怪我はしてほしくはない。
「……でも秘密結社のことを考えたら、そうそう楽に終えられるものでも無いだろうな」
ヴェルの言う通り、秘密結社への関わりを俺たちが持ちかねない以上、この聖列選争も気を抜けない大会となる。
「大丈夫さ。君たちなら必ず勝ち抜ける、僕が保証する」
「レイン兄さん、ありがとうございます」
いよいよ近づいてくる聖列選争、他に出場する皆はどんなことをしているのだろう?
アリウスは自室の椅子に座りながら一冊の本を読んでいた。
本のタイトルは"魔法とは何か―神から人に与えられし祝福を考える―"というものだった。
その本を静かに閉じ、代わりにアリウスはロケットを開いてそれを見つめる。
(アメリア……お兄ちゃんは必ず勝つからな。俺は聖選士の称号を得て、必ずお前が笑って生きることのできる世界を作る)
監督生だろうが聖選士だろうが何でも構わない、国を変えることができるなら―
国を変える決意、アリウスは改めて固く心に誓った。
「フンッ! フンッ!」
ハルクは激しく息を切らしながら鍛錬をしていた。
汗だくの筋骨隆々の身体にその汗が光る。
(ギリギリで手にした聖列選争への切符、決して無駄にはせん。待っていろよ我が好敵手! アリウス・ハイランド! 優勝するのは俺だ、このハルク・レオギルスだ!)
ハルクは第2中間試験を何とクラス1位で終え、金の星褒章を1つ獲得していた。
手持ちと合わせて出場資格ギリギリの状態、だがハルクは家柄を高めるという目標を達するため、全力で挑戦するつもりだ。
ドォン!という爆音。
メラメラと燃える的を目にしたシオンは、それを見てため息をつく。
「ま、こんなとこね……」
シオンも聖列選争に出場し、勝つために能力を磨いていた。
ますますその力は洗練され、かつてヴェルと争った中間試験の時より遥かにパワーアップしている。
(誰が出ようが、今の私に勝てる奴なんていない……! ヴェルエリーゼだろうが、ユーズだろうが、蹴散らして必ず優勝してみせるわよ)
大量に破壊された的という努力の証、一見天才的な彼女ではあったが、人よりも遥かに多くの鍛錬を積んで今の実力を得た。
負けるはずがないという自信はしっかりと努力に裏打ちされているのだ。
一方のセルシウス邸、パーティーも終え、すっかりと静寂を取り戻していた。
「……ふぅ。皆が騒いでいたな、やはり聖列選争に出るというのはそれだけの価値なのだな」
「お疲れさま、ヴェル」
パーティーでヴェルは主役級であったため、多くの客人に質問責めにあっていた。
彼女の器量も相まって、さながら聖列選争という舞台に出る大女優のようだ。
ユーズはそんな彼女に一杯の水を手渡す。
「ありがとうユーズ」
「いや、大変なんだなやっぱ」
「……そうだな」
セルシウス家という名門貴族の令嬢。
変わり者と称される一族でも、その注目度は高い。
彼女が色々と外部から感じるものは大きいのだろう。
「ヴェル……俺、頑張るから」
「え?」
「校長先生にはああしてヴェルが伝えたけど……俺は大切な人を守る、相手がどんな連中でも」
ヴェルがユーズの方を見る。
ハッキリと誓った彼の顔つきは、何かを覚悟した男の顔だった。
出会った頃より遥かに頼もしいそれに、ヴェルは思わず胸が鳴る。
「君を、君たちを守る。そのためなら俺は命だって……」
「!」
ユーズの真っ直ぐな言葉、だがヴェルは彼の唇に人差し指を当てて、それ以上はいけないと続く言葉を遮った。
そして……。
「!?」
気がつくとヴェルはユーズの顔を引き寄せて胸に抱いた。
初めて出会った時よりも少しだけ背の高くなった彼を抱き寄せると、この半年の重みを感じる。
「ゔ、ヴェル!?」
急にこんなことをされた狼狽えるユーズ、顔には赤みが差していた。
「ユーズ、そんなこと言わないでくれ……。君の覚悟は伝わる、けれど君がいなくなったら……幾ら守られたって嬉しくないんだ……」
ヴェルの偽らざる本音だった。
言葉を述べるごとにその手に力が入り、ユーズはその想いを感じていた。
「ごめん。でもそれくらい……俺は強く覚悟してるんだ。ありがとうヴェル」
ユーズはヴェルの想いが嬉しかった。
だからこそ秘密結社なんていう連中から絶対にヴェルを……そして大切な友達を守りたい。
「ユーズ……」
(私は君を失いたくない。けれど気づけば君はいつも誰かの為に無茶ばかりだ。いつ何が起きたって……)
ヴェルがユーズの戦いを思い返す、この前のレラジェとの戦闘だって一歩間違えば彼はこの世にいないくらい消耗していた。
「約束してくれ。君は自分自身のことも大事にすること、そうじゃないと……離さないからな」
「むぐ……」
彼女の胸に抱かれて声が出ない。
この状態はある意味幸福なのだが、ずっとこのままでも困る。
名残惜しいが彼女の提案を受け入れるべく俺は右手を上げて解放してくれるように合図する。
彼女に解放されると、俺は代わりに彼女の右手を両手で握った。
「分かった、約束するよ。俺は大切な人を守るし、自分自身も大事にする」
「……ありがとう。頼りにしているよ」
そう言ってみせるヴェルの笑顔。
彼女のこの笑顔だけは、これからも必ず守ってみせる。
絶対に。
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