76話 熱狂包む
聖列選争の開催が発表されてから、学園内はにわかに熱気を帯びていた。
特に授業が始まる前の短い休み時間にも、昼食の時の昼休憩中も、周りは聖列選争の話で持ちきりだった。
やれどんな競技をやるのかの予想や、昔に出場した人物の話や、ヨーゼル校長が出場した時のことなど―色々と盛り上がってはいたが、やはり一番の話題は1つだった。
「一体誰が出るんだろうな?」
「金の星褒章3つ分、だろ? そんなの決まってるようなもんじゃん」
教室で話をしている生徒はちらりとヴェルの方を見る。
ヴェルは気づいてないようだが、ホワイトクラスで聖列選争の話題となれば彼女に注目が集まるのは必然だった。
そして……。
「あいつも出場できるんだよな……」
「いいのか? 平民だぜ。しかもどうするんだもし優勝なんてしたら……」
「シッ! そんなの冗談でも言うなよ。最近のあいつは新聞にも取り上げられて調子に乗ってたからな……いっそボコボコにでもされた方が……」
結局のところ平民である俺は彼らにとっては忌々しいものであるのに間違いない。
特に"日刊王都"に載せられてから、風当たりの強い態度は更に表面化したように感じる。
しかし何というか、歓迎されていない状態で聖列選争に出たらどうなってしまうのか。
それを想像するだけで出場へのやる気が削がれていくように思う。
「ユーズ、次の授業が始まるぞ」
ヴェルに言われて気づく、次の授業は薬草学の実験だった。
いつものように辛気臭い専用の部屋で調合を生徒たちが行う。
「さて、先日の聖列選争開催のことで皆さんも楽しみかとは思いますが、それまでの期間も授業はしっかりとやりますので真剣に取り組むように」
ハルファス教頭は妙に浮ついてる学生に対して釘を差した。
机の上、生徒たちの前には黒い布で覆われた箱のようなものが置いてある。
「今日作るものは"昂揚薬"です。これを飲むと一定時間の間、精神的に昂揚する興奮作用をもたらします。飲み過ぎは危険な毒となりますが時に精神的苦痛を和らげる薬として使われることもあり、覚えておいて損は無いでしょう」
「その作り方ですが―まず皆さん、目の前に置いてある箱の布を取り外してください」
ハルファス教頭の指示に従って布を外したその時、教室内で女子生徒の悲鳴や、男子生徒の嫌悪感を伴う呻きが聞こえた。
それも無理はない、中の箱にはイボが沢山ついた大きく醜悪なカエルが入っていた。
しかも粘液を滲み出させており、ぬらぬらと光っている。
これでは生理的な嫌悪感を覚える人間は多いだろう。
「今日作る"昂揚薬"はそのカエルの粘液を利用します。ストレスを与えると粘液を出しますので手袋を嵌めて、ある程度の量を採取した後、3:1の割合で……」
その後の教頭の説明はあまり頭に入ってこなかった、何故こんな気色の悪いことを……。
と思っていたが、粘液を出すのは最初こそ気持ち悪かったものの、案外やってみると満足感を得られるものだった。
しかしこの"昂揚薬"なんてものは本当に飲んで大丈夫なのだろうか?
「教頭先生はああ言ってたけどさ、何か皆イマイチ集中できてなかったよね」
授業が終わった後、歩いている時にフエルが言う。
確かに生徒の1人が何を血迷ったのか、手袋なしでカエルを触りイボの出る火傷みたいなものを負っていた。
「今は聖列選争で皆も頭が一杯みたいですね」
「そんなに盛り上がるものなのか? 私は詳しくは知らないが……」
「何か噂によると王族の人たちも見に来るんだってさ。国王陛下が直々に観戦するなんて、よっぽどのことじゃないとあり得ないよ」
そういえばヨーゼル校長も国王陛下直々の願い……と先日に言っていた。
つまり国を挙げて行うほどの大イベントという意味にはなるだろう。
(ティルディス殿下……イルさんも来るのかな?)
俺は唯一の王族の友人のことを考えていた。
彼の前でやるからにはあまり格好悪いところは見せたくないな、なんて……。
「次は天文学だよね」
天文学は休み明けから始まった新しい授業だ。
星自体の知識、さらに星の動きを予測したり、星の動きの影響による占星術など、様々なことを学ぶ。
しかしこれが中々曲者であり、特に担当教員であるエベノス先生がとにかく癖が強い。
「けふも天文学の授業を始む。汝らひしと集中して臨むべし」
(この言葉遣い……)
エベノス先生は大きな眼鏡をかけた老齢の先生で杖をついているが、やたらと古めかしい言葉遣いで常に話すため、こちらとしてはやりづらいことこの上ないのだ。
「……かの星、名を"ミドラーシュ"といふ。昔より何かとぶらふべく空を迷へり。その動き、いとわづらわく分からず。今にも謎は明らめられたらず、まさに星の神秘なり」
要するにこのミドラーシュと呼ばれる星は昔から動きが分からない、謎の星として扱われているらしい。
どうやら現代でもその謎は解けないようだ。
________
「ウフフ……オズバルド先生から用だなんて。一体何の話かしら?」
「用件は1つだ。1ヶ月後に開催する聖列選争、これに優勝してほしい」
学園内のある一室、普段は会議室として使っているその部屋ではオズバルドと、ある1人の生徒が話をしていた。
「報酬ならば後で私が出す、引き受けてくれるな? 深淵の海精前監督生、ジーナ・エルローズ」
オズバルドと話している生徒―ジーナ・エルローズは、黒の長髪に女性的な化粧、耳につけた5つのピアスと首輪、大柄な体格、鮮血のような口紅が特徴の青年だった。
「なるほど。でもどうしてアタシにそんな話を?」
「お前も知っているだろう! 天空の鷲獅子にいる平民の1年生、ユーズという奴のことを!」
「あぁ、グラジェクトにも出てたコね。日刊王都にも取り上げられてたような……」
オズバルドはドカッと座ると、葉巻に火を点けて続きを話す。
「奴は平民でありながら、私の記憶では既に聖列選争に出場する資格を持っている。どうする? もし奴が優勝でもすれば……最も優秀な学生と誉れある騎士の称号を平民が得ることになるのだぞ!? そんなことは王国で起きてはならんことだ」
「それでアタシにそのコの邪魔をさせようってワケですか? オズバルド先生」
「……お前の実力ならば万が一にも負けることはあるまい。この国と学園の名誉を守るためだ」
「けどアタシは、国と学園の名誉なんてどうでもいいわ」
「何が望みだ?」
「緊張感」
ジーナはニヤリとその不気味な笑顔を見せると、饒舌に語りだした。
「人間が最も人間らしい瞬間……それは命の危機すら感じるほどの緊張感を得た時ッ! 人間の本能が生き残りのための警鐘を鳴らす時ッ! そしてそれは戦いの中で得られる……アタシはそんな瞬間を心から求めてるの」
「……」
オズバルドは内心で冷や汗をかいていた。
このジーナ・エルローズという男は1年生、2年生の両方で監督生の称号を手にした実力者中の実力者。
まさしく学園で最強と言っても過言では無かった。
しかし本人が言うように誰かの言うことを聞くような人物でもない。
「それならばあの平民の相手をすれば十分に得られるだろう。口惜しいが、奴は学外任務にも参加している実力者だ」
「そこそこやるってワケね。でもそれだけじゃあ常識の範疇を超えないわ」
「これは機密事項だが……騎士団が手にした話によれば、奴は"魔族"を1人倒したという」
オズバルドが食い気味に話す、それを聞いたジーナは目を大きく開いて歓喜した。
「"魔族"ですって……? 本当に? そもそも今の世に魔族……?」
「騎士団の確かな情報筋だ。くれぐれも他言はするなよ。いずれにせよ……やつは只者ではないのだ」
「ウフフフフフフフフフフフフフフフフ」
ジーナは狂気的な笑みを浮かべ、ナイフを取り出したかと思うと自分の指を刺した。
「うわっ! 何をしている!」
「面白いわね。久しぶりに楽しめそうだわ、その話受けようじゃない」
ジーナはポタポタと血が垂れている指を口元に持っていき、鮮血をまるで口紅のように塗った。
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