74話 動き出す世界
彷徨っているのはどこか遠いところ、ボンヤリと覚えががあるような村……あそこに立っているのは、薄っすらと記憶にあるような男女……10歳の時に自分を捨てた父と母……?
夢にしてもそこは不気味な世界で、空も建物も人も、何もかもが極彩色のグルグルと渦巻く模様で描かれていた。
背中にゾクリと悪寒の走る感覚、何か触れてはならないものを見ているような……。
次に場面は移り変わった。
そこはハッキリと記憶のある場所、そこに立っていたのはカロン・ディアトリスと部下の研究員。
何かを話しているが、しっかりと聞き取ることは出来ない。
「……くの……付けは……く……るか……?」
「……とこ……調……う……」
自分はというと水か何か、とにかく液体の中に居て、呼吸はできるものの不可思議な感覚に襲われる。
(俺は一体……何を見てるんだ……?)
その次は思い出したくもない記憶が流れ込む、カロンを始めとしたディアトリス家に虐げられながら過ごした日々―
「ユーズ!」
誰かの声が聞こえる、自分を必要としてくれる声、ディアトリス家の者たちなどでは決して無い。
俺はその声が段々とハッキリ聞こえるようになっていった。
それに従い……。
「ユーズ!」
「……ヴェ……ヴェル?」
目を開けるとそこには自分を心配そうに見つめる少女が1人。
碧色の美しい瞳がじっとこちらを見つめている。
「ユーズ、良かった……」
まるで泣きそうな彼女、一体何があったのだろうと尋ねると、少し呆れたような返事をされた。
「ユーズはここ丸2日ずっと眠っていたんだぞ。本当に心配したんだ……」
「丸2日?」
「本当に覚えていないのか?」
レラジェを倒した後の最後の記憶、不気味な女が目の前に現れて……。
そして倒れてしまったところをヴェルたちに助けられたようだ。
「本当に危ないところだったんだからな。お医者様も原因が分からないと……」
「そっか。ごめん、心配かけて」
「いや……こうして目が覚めてくれてよかった」
あの時は死ぬことも覚悟してレラジェにトドメを刺した。
むしろよく生きていたものだ。
「! そういえばローディは!?」
自分のことよりも彼女のことが気がかりだ。
シルバ・ザンクアリやマックス・レイヴルズのように精神的なダメージを負って、ずっと入院する羽目になっているなんてことは……。
「あぁ、かなり消耗していたが命に別状は無いそうだ。精神状態も比較的安定している」
「そうか……」
ホッとして一息つく、彼女が無事でさえあればとりあえずは……。
「ローディもユーズのことは心配してたぞ。元気になったら早く顔を見せに行ってやったほうがいい」
「……」
あのようなやり取りの後で、今まで通りに俺たちはやっていけるだろうか?
心中にはその不安が渦巻いていた。
しかしそんな俺の心を見抜いていたのか、ヴェルが言った。
「大丈夫さ。何より私とローディの間では密約を交わしたからな。ユーズは今までと同じように振る舞えば何の問題もない」
彼女の屈託のない笑顔、俺の心は何度も彼女に救われている。
本当に彼女が隣にいてくれて良かった。
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とある場所のとある会議場
「一体何なんだ? おい。ついこないだも集まったばっかだってのに、緊急招集たぁ」
「黙っていろダンタリオン」
「あぁ!?」
前回の集まりと同じくいがみ合いを始めるダンタリオンとアスタロト。
「止めなさい。それよりも重要な話があります」
「あん? まだ全員揃ってねーぜ?」
互いに顔を見合わせる―正確には遠隔で影を映す魔法だが―8人と中央に鎮座する〈王〉、丁寧な口調の男が言う。
「レラジェが死にました。〈星読み〉の報告による確かな情報です」
「!」
「おいおい、何やってんだよあの野郎は」
「若造め。吾輩が新世界を建設した暁には、同じ種族のよしみで地位を約束してやろうと思っておったのに」
秘密結社の幹部の1人が死亡したことは中々に衝撃的だった、しかし仲間の幹部たちはそれほど事態を重く見てはいない。
「……それで、誰がやったんだ?」
「王立魔法騎士学園の学生、ユーズという男です」
「聞いたこともねーな。騎士団ですらねぇ学生にやられたってのか? どうなってんだよ全く……」
「名前自体はひと月程前に王都の記事に載っていましたよ。氷の魔法という、未知の魔法を使います。くれぐれも油断せぬように」
ユーズにレラジェが敗北したという報告を終え、会議は終了する。
しかしこの事実を把握していたのは秘密結社側だけでは無かった。
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「よっ、お2人さん。久しぶり」
「ブラッド隊長? どうしてここに……」
病室のドアを開けて入ってきたのは、騎士団のブラッド隊長だった。
手にはお見舞い用の花束を携えている。
「どうやら騎士団からユーズに聞きたい話があるそうだ。それで私がさっき連絡をした」
「思ったより元気そうじゃないの青年」
椅子に座り、おもむろに酒瓶を開けて飲む隊長。
本当に騎士団の仕事で来たのか……と思いたくなるような、相変わらずのスタイルである。
「それで、聞きたい話ってなんですか?」
「おっ、ノリが良くて助かるねぇ。まぁズバリ聞くわ、青年はあのレラジェって奴のトドメは刺した?」
「……」
あの屋上での戦い、俺は晦冥を連続でレラジェに叩き込み、その身体を砕いた。
あの不気味な女が現れたことで意識を失ってしまったが……。
「正確に言えば死んだところは見てません。……ただ奴の身体はバラバラになった、生きているかどうか考えたら……死んでいる、と言った方が」
そもそも既にレラジェの発言からして奴は生存を諦めていた。
ほぼ間違いなくレラジェは死んだと言い切れるだろう。
「ふむふむ……ま、バラバラになったんなら確かにそうだわな。とは言っても連中が人間離れしてる以上、生きてるとも言えなくはない、か……」
「そういえば、ヴェルたちが来た時はどうなってたんだ?」
冷静に考えれば俺が気絶した後にやって来たヴェルたちならレラジェの死んだ形跡の1つくらい見つけてるのではないか、そう思って聞いた。
「私たちがあの結界が破れて中に入った時には既にユーズしかいなかったんだ。その他には何も」
「……」
ということはあの女が証拠を全て消していったのか?
しかしいずれにせよ女のことは伝えておかなければならない。
「1つ、報告しなきゃいけないことがあるんです」
「何? 大事なことでも思い出した?」
「はい。俺がレラジェを倒した時に、不気味な女が現れたんです」
「……不気味な女?」
空中に立つピンク色のロングヘアーをした女、眼は黒目と白目が逆で、風貌もさることながら、闇の結界の中に入っていたという不可思議さ。
それを伝えると隊長は肩と雰囲気を少し強張らせた。
「なるほどねぇ。で、その女が死んでるにせよ生きてるにせよ、レラジェを持ち去ったってわけか」
「結界の中に入れたこともそうだが、空中に立って突然現れて消えることもできるなんて……どういう存在なんだ?」
ヴェルの疑問は尤もだ。
しかしあれは決して幻などではない。
「そうだ、レラジェはその女のことを……〈星読み〉と呼んでた」
「〈星読み〉……?」
どういう意味かは分からないが……少なくともレラジェは面識があったのは確実だ。
ブラッド隊長は俺が話した内容を書き留めると椅子から立ち上がる。
「オーケーオーケー。病み上がりに悪かったな青年、色々と貴重な情報だったぜ」
「いえ俺に出来ることなら何でも……」
「とにかく今はゆっくりと休んで一刻も早く回復してくれ。早くまた君と屋敷に戻りたいよ」
「ヴェル……」
「ヒュウ♪ お熱いねぇ、そんじゃ邪魔者はたいさ〜ん」
最後にブラッド隊長らしい茶々を入れて病室から出ていく。
しかしレラジェとあの女は一体……何か水面下でもっと巨大な陰謀があるのではないか、そう直感が言っているような気がした。
________
「以上が騎士団からの報告です」
「フム……」
ヨーゼルが校長室で髭を撫でながら、ハルファスの持ってきた報告書を眺める。
「これがもし本当なら我々はユーズを頼らねばならん。最早秘密結社との戦いに彼の力は必要じゃ」
「ということは彼に秘密結社のことを話すと?」
「そうじゃ。そして国王陛下たっての希望たるあの祭典の前には彼に伝えておかねばなるまい……」
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